古澤克大プロデュース 「革命的非モテ同盟~プリン体増殖ドクトリン」

 このブログでは、表題を一行で収めるようにしているので(ブラウザによってははみ出ている場合もあるかも知れませんが)、これ以上表題を長くできませんが、もしきちんと記事の表題をつけるなら、「古澤克大プロデュース 『革命的非モテ同盟~プリン体増殖ドクトリン』見物雑記~両毛線が20分ヘッドだったら赤木智弘氏は幸せになれたか」あたりにしていたと思います。
 というわけで、本記事は Asagaya/Loft A で去る29日行われた、革命的非モテ同盟・古澤克大書記長によるイベントについての記録みたいな何かです。イベントの概要について、書記長のブログから引用しておきましょう。
古澤克大プロデュース
「革命的非モテ同盟~プリン体増殖ドクトリン」
出演
赤木智弘(フリーライター)
増山麗奈(画家)
昼間たかし(ジャーナリスト)
大塚麻恵(女優)
増田俊樹(映画監督)
古澤克大(プリン体27)

概要
あの革命的非モテ同盟による香ばしいニュース群のスピードメニュー化。
女優、言論人、映画人、アーティストが正月ボケに鉄槌を下す!!

非モテについてかなりガチでトークバトルをする予定です。すごい濃厚な時間にしたいと思いますのでぜひお越し下さい。!!
 読んでみても何だかよく分からないイベントではありますが、まあ訳の分からない、内容がありそうでないようなスローガンの作成は古澤書記長の得意とするところですので、奇異とするには当たらないかも知れません。小生は書記長に前々日、急遽電話で呼び出され、ものすごく用事が立て込んでいたのですが、やむなく駆けつけました。なにせ書記長、このイベントについて、友人に対しても前々日にしか連絡せず、あまつさえ自分のブログに記事を立てたのも同じ日で・・・この不手際の理由は、この記事の最後で明らかにします。

 とまれ、木曜日の阿佐ヶ谷ロフトAには、このような看板が立っておりました。
f0030574_152350.jpg
阿佐ヶ谷ロフトAのこの日の看板

 ところで「プリン体増殖ドクトリン」とは何ぞやと書記長に問うたところ、「飲みながら打ち合わせていていて、『プリン体』って何か怪しい響きだよね~、と決まり、その後話が逸れて『ロシア軍のドクトリンは・・・』とミリタリー話を始めたら、ドクトリンというのがかっこよさげと言われて決めた」らしいです。大体書記長が碌でもないことをやらかすのは、飲み会の勢いで決めたことが多いような気がしますが・・・一昨年の「アキバ解放デモ」とか。まあ書記長は確かにビールがお好きですし、それを評してラーゲリ緒方氏(革非同機関誌『KAMPANIA Vol.1』の Cauchy緒方氏)曰く「書記長は重ビール主義者だ」と言っていたくらいなので、それはそれでいいのかも知れませんが、「非モテ」とは関係ないし、大体この日の話にも関係がなかったような。

 で、今日の本題の話ですが、この集まった面々がどういう繋がりかといいますと、元々去年増田監督がプロデューサーを務めた映画「窓辺のほんきーとーく」のトークショー「ロスジェネ世代の愛と性を探る」に、昼間氏の司会のもと赤木・増山両氏が呼ばれ、そこでの議論が白熱して到底時間内に収まらず、その続きをやろうという企画が元々あったそうです。
 ここに書記長がどう関係するかという話ですが、元々いろいろ知り合いだったにせよ、確か映画にエキストラで出てたんだったけ? 昨年末にコミケで、革非同のブースにて女優の大塚麻恵さんが、「メイド服」(絶対領域有)で売り子をして下さったのも、この縁だったかと思います。ちなみにその時、ブースで売り子をする大塚さんと書記長の様子を、携帯電話で撮影している胡乱な中年男がおり、さては「ヲチャ」かと思ったら増田監督だった、なんてことがあったとか。
 というわけで、今日の企画は、まず赤木←→増山の対立軸があって、赤木側に古澤書記長、増山側に昼間氏が加わって議論を進め、第2部からは増田監督と大塚さんも加わるという展開の予定だったようです。赤木・増山両氏のこの席へ臨む意図は、それぞれのブログにありますのでそちらをご参照ください・・・と思いましたが、そんなに長くもないので引用させていただきます。
○赤木氏
 以前にのトークショーで不完全燃焼に終わった増山さんとの対談が再び。
 私がどんなことを言うかといえば、多分「お金がなければ恋愛はできない」ということを言います。結論だけを言ってしまうと、資本主義社会においては「お金=社会性」だからです。
 まぁ、そんな感じで。
(引用註:原文ママ)
○増山さん
赤木智弘さんとマジバトルをする予定です。
モタざるものモテるものも助け合える世界をつくれんもんかなー。
というかみんなメディアのモテル モテない報道にだまされ過ぎ!
良いじゃないか,モテなくて!というある種の覚悟は素晴らしいのだが、
別に女に持てる為にあの手この手を尽くして行く必要もないのだが、
正社員や家族の居る人を憎むっていうのは、どうかと。
確かに正社員の連合が御手洗なんかとつるんで「ワークシェアリングは安易な賃下げでは・・」と言ってるのを聞くと、確かに赤木さんの言う事も納得するけれど。
あー論理的に攻撃されそうだから、もう少しいろいろ調べて明日闘えるようにしておこう。
私は赤木さんのエッセイとか鋭くて好きな部分もあるけど、
未だに「希望は戦争(男が重宝されるから)」なんて
容認できないよね。イヤだよ戦争は!
 今回は、上でも書きましたが、書記長自身によるネット上の宣伝が行き届いていたとは言えず、開演時に集まっていた聴衆は20人かそこらだったでしょうか。聴衆の中には書記長のデモでもお馴染みの Gonzalezさんが開演前に駆けつけておられ、面白い画像を見せていただきました。youtubeにでもアップされればまた取り上げたいと思います。結局、延べ人数で来場者は四十数人程度だったようです。結構顔見知りが多かったような気がします。

 さてさて、では議論の中身本体はどうなったのでしょうか。
 先に結論を書けば、議論はあっちこっちに拡散しまくってまとめるのがなかなか困難(特に第2部が)でした。しかしそれは必ずしも悪いことではなく、「モテない僻み」で一蹴されがちな「非モテ」が、話の持って行き方次第では僻み以上の話にはなるということでもあります(革非同の同人誌『KAMPANIA』に赤木氏が寄稿された内容も、それに通じることでした)。ただ、そこをどう話を延ばしていくか、というところで、そこはあらかじめ決めていなかったのか、やはり責任は書記長に帰せられるところがあるんじゃないかと思います。
 というわけで、今回のレポは従来のような逐語的なものではなく、大雑把に議論の構図のうち思い出せることのみを略述するという形にとどめさせていただきます。第1部の一部トピックについては、比較的議論の筋が明確(論者が事前に準備していたのでしょう)なので、そこはある程度細かく書きますが、全部をその調子で書けるほど記録もないし、土台手間もかかるので、その辺ご諒承下さい。
f0030574_2474122.jpg
出演者一同(第2部開始時の様子)
左から古澤、増山、赤木、大塚、増田、昼間の諸氏(敬称略)

 まずは第1部、最初は「モテと貧乏」という流れで、自動車の話が。これは以前のトークショーで、赤木氏が「車がないとモテない」という発言をしたのがきっかけだったそうです。

赤木氏「車がないとモテないというのは、高級車とかではなく、車がないと人間としての生活が出来ないという地方の問題。自分は実家暮らしの時自転車に乗っていたが、それでは知り合いと会うことも出来ないし、ロードサードの店舗に買い物に行くのも不便」
 ここで客席から Gonzalezさんが手を挙げて発言、「自分は赤木さんの住んでいた佐野の隣の足利出身だが、あの辺では車がなくて平日の昼間に男が自転車に乗っていると、まず不審者かキチガイ扱いされる」

 「モテ」の象徴になるように、夢やあこがれの対象だった性格と、すっかり普及してそれが前提となってしまった性格(特に地方で)と、今の自動車はその二面性を持っています。前車を運転することは快楽ですが、後者を運転することは苦役でしかありません。「非モテ」を論じるのに往々空論的な話になってしまいがちな傾向がありますので、こういう物的な話はそれより意味がありますし、話が広く発展していくきっかけにもなります。小生も車と「モテ非モテ」の関係については、ブログで書いたりしたこともありました。

 ですが、その後壇上の議論は以下のような経緯を辿りました。
増山さん「車がないといけない、金がかかるというけど、いくらいる?」
赤木氏「車持ったことないから知らない」
 ここで書記長が「買うのに百何十万、維持費が年間数十万」と発言し、いや中古の軽ならそんなにかからん、書記長は何の話をしているのだと突っ込まれ(どうも5ナンバーの新車くらいのつもりらしい)、しまいに革非同公用車のベンツ話に逸れていきました。
「(北関東のような所では)車がないと社会に入れない。自分のように一度上京してしまうと、地域との縁が切れてしまう」
 という、赤木氏の重要な指摘もあったのですが。

 話を戻そうと昼間氏、「『非モテ』といって女の子の注目を集めたいのか?」と、質問を振り、赤木氏「古澤氏は知らんが自分はそんなことはない」と切り返します。
増山さん「赤木氏は地元で学校に通っていた頃、モテたいとは思わなかったのか」
赤木氏「そんな余裕はない、家で悩んでいるので精一杯」
昼間氏「でも東京に出たら変わりませんか」
赤木氏「変わる。自分も一時は彼女がいた」
 赤木氏の彼女についてはこれ以上追求はされませんでしたが、
「自分は『非モテ』とは一度も言ったことことはない。車云々は一般論」
 つまり、自分は「非モテ」ではないと言いたかったようです。で、赤木氏のこの自己認識のお陰か、このイベントの当初の構図自体があとでひっくりかえってしまうのですが・・・

 この後増山さんが、赤木氏が唱える承認の問題について問い、赤木氏は現在の地位を得て、最近東京にも出てきて、人とコミュニケーションできるようになった、佐野にいてはダメだったと語ります。
昼間氏「では丸山真男をひっぱたくより、地方の男に『東京に出ろ』と言うことではないか」
 これに対し増山さんが、東京一極集中がこれ以上進むのも問題だし、これからは地方で農業なんてことも、という意見を述べたところに、古澤書記長が地方の保守性を指摘したり、なんて一幕も。

 次いで、赤木氏の「恋愛も経済問題だと思う」という発言から増山さんと議論が。
 それに対し増山さんが「生活にお金はいるが、恋愛で大事なのは心を開くこと。赤木さんは、あれで恋愛できない、これで恋愛できないと言ってばかり。仮性包茎みたい。ムケないと」
 そして、二人で暮らした方が生活費は安上がりだから貧乏人こそ恋愛すべきである、と語る増山さんに対し、赤木氏は別れた時のリスクが高い、ネットで人を探して契約してルームシェアする方が安全であると主張、増山さんに「考えすぎ」と突っ込まれていました。
増山さん「赤木さんはどれくらいなら恋愛できるのか」
赤木氏「普通の生活をしていること。車を持って貧困ではない、年収200万以上くらい。子供が出来ることも考えると、先の見通しがないと。だからセーフティネットが必要」

 この辺から話は「非モテ」に戻ってきます。
増山さん「非モテの、恋愛の土俵から降りる、というのは賛成。芸能人のニュース的な『レンアイ』より、ダイレクトに生きたい。そこは賛成するが、その後の目標は?」
赤木氏「自分も非モテが何を目指すのか分からない」
 赤木←→増山が対立軸の筈だったのに、両氏が一致して古澤書記長に向かいます。
書記長「独身寮と共済組合」
 会場、ややがっくり感が。

 それから増山さんが書記長に「モテのルールに囚われすぎている」とお説教し、「見た目ばかりで判断するのはダメ」と反論する書記長に、「それは常識的な身だしなみで、人を外見で云々以前の問題」とぴしゃり。(小生のメモに「鼻毛の話」という謎の言葉が記されているのですが、はて何だったっけか?)
 更に赤木氏も書記長に対し、「何故非モテの人は、モテたいのかどうかと聞くと『モテたくはないけど・・・』と言いよどむのか」と迫ります。言い淀む書記長。
 かくて、当初の古澤=赤木vs.増山=昼間の構図は、古澤vs.赤木=増山=昼間になってしまい、書記長は集中砲火を浴びるのでした。
 昼間氏これを評し「赤木氏は男にモテるが、古澤氏は・・・?」と発言。
 私見では、書記長もやはり「モテ」ていると思います。突っ込みを入れずにはいられなくなるという形で。

 第1部の最後に、赤木氏が再度恋愛と経済の関係を提起します。増山さんの生活もお金があるから成り立っていると発言。
増山さん「すべて金に換算するのは(赤木氏の)悪い癖。一番大事なのは人間関係。年越し派遣村の人にも何人か取材したが、やはり人間関係が切れて落ち込んでいっている。
 だらしない人というのは一定数いる。そういう人を受け入れるキャパシティがコミュニティにあったが、それが失われた」
 繋がりを重視する増山さんに対し、「非モテ」(非コミュに近い)側から反発が。
古澤書記長「コミュニケーション能力がないからハブられて死ね、というのは新自由主義と同じ」
赤木氏「だからセーフティネットが必要。増山さんは『自己責任』側寄り」

 ここの対立こそ、赤木←→増山の最大のポイントであろうかと思います。
 貧困や格差などの問題に、繋がりを求めてやってきた(そして今も行っている)増山さんの活動自体を赤木氏は評価しつつ、そういった活動で救われるじゃないか、と困っている人に向かって言うことの問題を指摘します。それでは、困っている人は活動で救われるべきで社会の問題がそのままに覆い隠されてしまうという謂と思います。困っていない多くの人々は、活動で救われればいいと問題を片付けた気になってしまい、活動で救われない人はこぼれ落ちます。だからこそ、国が面倒を見なければならない、そういった趣旨かと思います。
 一方増山さんは、繋がりを作っていく活動の意義を見いだされているわけですが、議論がやや噛み合わないような感もあり、なかなかこの両者の溝は埋まりそうにありませんでした。増山さんは赤木氏の回答に満足せず、やや苛立ったのか、「赤木さんは幸せになりたくないのか」などと発言されていました。

 以上の話を理解する上では、このブログで以前お伝えした、新宿ロフトプラスワンで行われた、宮台真司・東浩紀・切通理作・雨宮処凛らの諸氏が出演したイベント「秋葉原通り魔事件──絶望する社会に希望はあるか」及び、過去の赤木氏が登場した阿佐ヶ谷ロフトのイベント「ロフトA メディア時評~世界のアキバのいま」で指摘されたことが参考になると思われます。
 ロフトプラスワンのイベントでは、「包摂」が解決の処方箋として示され、貧しくとも楽しく生きる生き方が大事(増山さんの活動もその路線に繋がるものでしょう)とされる一方、「包摂が大事、気楽に生きればよいといっても、それによって格差などの問題をそのままにしてしまって良いのか。包摂と同時にそういった問題の解決も図る、二方面作戦が必要ではないか」(切通理作氏)という指摘もされていました。

 で、以下私見ですが、赤木氏は所謂「自己責任論」を強く否定するため、国が責任を持って社会政策により生活を保障し格差を是正する(団塊世代から氷河期世代に所得移転する)べきであると主張しておられます。つまり、自分は何も悪いことはしていないのに苦しい目に遭っているのはおかしい、という思いが背後にあるのでしょう。それが、増山さんのような意見を否定することに繋がるのでしょう。
 もちろん小生も所謂「自己責任」論に与するものでは全くありません。しかし、だからといってそれは自分で行動を起こす可能性を否定することと同値ではないと思います。赤木氏は大変峻厳なものの考え方をされるように思われ、そしてそれゆえに氏の意見が鋭く人の心を打ち、今日氏の名を高からしめたのだと思いますが、その峻厳さが、罪なくして困窮した者は天に救われるべきという思いになり、自己責任論の肯定に繋がりかねない実践活動への冷淡な見方(そして増山さんと乖離)を招いたのではないかと、勝手ながら考えた次第です。
 これは、以前の阿佐ヶ谷ロフトのイベントで、ご自身の意見を「諦めの論理」「他の状況が変わることで変わるしかない」と述べておられたことにも通じます。同イベントの質問コーナーでもやはりこれに繋がる指摘がありました。
 このような、天が誤っているから天が変わるべきであって、自分の行動に意義はないという考え方が、周囲の状況がどうあっても、自己の幸福追求を周囲と共同して行うべきである、という増山さんのような立場からは、苛立ちを引き起こされるものだったとは容易に想像が出来ます。だから、「赤木さんは幸せになりたくないのか」という発言が出て来るのでしょう。

 さて、以上が第1部で出た話で、以後増田監督と大塚さんを壇上に迎えて、更に混沌と第2部に突き進むのですが、残念ながら第2部はろくすっぽメモを取っておりません。ただ、議論の大きな枠は、第1部で大体の所は出てきていたと思います。
 ですので、もう既に充分にこの記事は長すぎますし、以下はごく簡単に、記憶にあるいくつかのことを書きますと・・・

・大塚さんの、貧乏だけど明るく生きてきた、という話に会場感動。特に増田監督が。
・映画の話がいろいろと。
・小向美奈子逮捕に関連して、芸能界の売春はあるのか、ということについて。増田監督が衝撃的内容を延々語られましたが、ここに記すのは控えておきます。

・赤木←→増山論争のもう一つの大きな軸として、戦争について。
 旦那さんがガザで取材中の増山さん、「希望は、戦争」と戦争を持ち出すことを厳しく批判。赤木氏、戦争は最後のゴールであって、その手前でとどまれば良い、といった趣旨の返答。一応それでその場はまとまってしまった感じ(個人的には以前、赤木氏に戦争についてお伺いした際の印象、赤木氏の"戦争"はスウィフト的レトリックのように見えるがそうとも言い切れない、というのは払拭されませんでしたが・・・)
・元自衛官の書記長が横で茶々を入れる。
・ちなみに、赤木氏の見たことのあるガンダムは、ゼータとダブルオーだけだそうです。

・会場からの声を拾うコーナーで、聞き覚えのある声の人が長々と質問(意見開陳)。昼間氏、「夜羽音先生、話長いから最後にして下さい」とあしらう――山本夜羽音先生が来ていたんですね。
・その夜羽音先生、赤木氏には初代ガンダムを見るべきと唱え、書記長には山本直樹作品(題名失念)で「美人は頼めばやらせてくれる」という一節があることを強調。この含意を汲み取るべきだと主張。
・そこで増田監督が書記長をそそのかして大塚さんに「お願い」させようとするも、書記長の頼み方がなっておらず一蹴される。
・グダグダ展開の中、書記長がキャバクラ話や「女は金で買える」的暴言を吐いたためか、壇上で書記長を見る大塚さんの目つきが怖い。「汚いものを見るような」という修辞が現実であることを実感。いやー女優さんはすごいな(演技でなく本気だったら・・・)。後で伺ったら、赤木さんの発言を書記長がしばしば制止したのが良くないと思われたそうです。

 とまあ、グダグダなりにいろいろ話題が出て盛り上がりました。
 そうそう、運営費の足しにと、出演者がものを持ち寄って福袋を作ったりもしました。それは書いた本などを入れたり、増山さんは似顔絵色紙を描いて下さったり、というものだったのですが、赤木氏の持ってきたものが・・・
f0030574_1038548.jpg
赤木氏、美少女ゲーム『AIR』を寄贈
(この写真はクリックすると拡大します)

 古本の場合、著名人の蔵書だったものは「手沢本」などと呼ばれて価値がついたりしますが、「手沢エロゲー」という概念はまだ存在しなさそうです。 
 赤木氏曰く、話題作なのでやってみたそうですが、ケータイ小説同様感動のガジェットをばらまいておけば感動させられるという感想を抱かれ、以後ケータイ小説を許せるようになったそうです。

 イベント自体は、人数はさほど多くなかったとはいえ、参加者の満足度はそれなりにあったと思います。「非モテ」からの話の広げ方もいろいろできたわけで、ただ話しきれる時間がなかったからまた、という感もあり、またやればという感を抱かれた方もいたようです。出演者の方もそう思われたのであれば、結構成功だったといえるでしょう。
 もっとも、書記長自身は終了後失敗だったと頭を抱えていて、つまり入りがあまり多くなくて赤字が出たら次はしにくい、ということだったようです(正式な決算は聞いていませんが、大体トントンだった模様)。多少の赤字は宣伝費と考えれば必ずしも不合理ではないと思うのですが。
 増田監督曰く、書記長は「百人は動員します」と事前に豪語していたそうですが、ブログの記事アップがイベント前々日で、友人に電話を回したのも同じ頃というのでは・・・
 で、議論の途中で書記長が集中砲火を受けたり、動員が予想より振るわなかった、最大の要因は書記長の準備不足にあったと思うのですが、その最も有力な原因と推測されるのは、現在書記長が Hearts of Iron 2 に嵌っているからだろうな、やっぱり。
[PR]

by bokukoui | 2009-01-31 23:47 | 出来事