久保田正志『日本の軍事革命』 紹介と感想

 随分以前のこと、このブログでジェフリー・パーカー『長篠合戦の世界史 ヨーロッパ軍事革命の衝撃1500~1800年』取り上げたことがありました。更にそれ以前に、サイトの方のネタにしていたのですが、そちらの方でこんなことを書きました。
 軍事革命 military revolution というのは、多くの方にとって馴染みの無い言葉でしょう。これは近代初期、軍事技術の革新(火器の登場)によって戦争の方法が変化し、それに対応した軍事力の肥大に対応する中で近代国家がその態勢を整えていったという考え方です。その軍事革命について、もっともよく纏まった概要を示しているのが本書です。原題はずばり The Military Revolution で、ヨーロッパを中心に軍事革命が世界各地にどのような影響を与え広まっていったかまでも述べられ、その一環で日本の戦国時代も出てくるため、上のような邦題がつけられたようです。しかし、戦国史の専門家曰く、長篠合戦はヨーロッパ式火力優先軍隊とは全然違うので、長篠の信長が軍事革命の担い手であるかのごとき本書の記述は誤りであるそうです。これは著者のパーカー教授の責任というよりは、彼に日本史のレクチャーをした人々の勘違いによるもののようですが。訳者の大久保桂子氏は西洋近世史の方なので、その辺りに気が付かなかったのか、中央公論社の『世界の歴史』の中、大久保氏が軍事革命についての説明を述べた箇所でこの誤謬を繰り返してしまっているのは、誤解の再生産に繋がる恐れがあります。(後略)
 自分で書くのも何ですが、パーカーの本の意義と、日本について触れている箇所についての問題点を手短に指摘した文章ということで、ここに再録させていただきました。
 で、この誤解の再生産を食い止める本が、遂に出たのです。

久保田正志『日本の軍事革命』(錦正社)

 帯の文句が、そのまま本書の狙いを示しています。
 繰り返すと、ヨーロッパ史でいわれる軍事革命とは、戦場に火器が導入されることにより、戦術や城塞が変化し、結果巨大な軍隊を恒常的に維持するという要請から国家の体制が整備され、近代化に繋がったということです。それが日本ではどうだったのでしょうか。
 パーカーは『長篠合戦の世界史』の中で日本における軍事革命について、火縄銃の導入と築城技術の変化について述べていますが、社会に及ぼした影響についてはヨーロッパのようには述べていません。また日本にもたらした変化についても、長篠合戦の所謂「三段撃ち」が最近疑問視されているように、首を傾げるところがあります。どうやらパーカーは、「日本の軍事革命は中断した」という考えのようですが(本書p.6)、その見方は妥当なのでしょうか(単純なヨーロッパの図式の当てはめかも知れません)。そういった側面を検証しているのが、本書の内容です。

 以下に目次の概要を掲げます。
序章 軍事革命論と本書の問題意識
第一章 日本の槍戦術の推移と特徴
―ヨーロッパの戦例との比較から―
第二章 銃兵の訓練と常備兵化
第三章 近世初期までの日本での大砲使用
第四章 鉄砲による山城の弱体化と城郭立地の変遷
第五章 鉄砲の普及による野戦の決定力の上昇と
大名勢力圏の拡大の促進
第六章 兵農分離の進展とその要因
第七章 近世初期の日本の兵站・輜重隊の整備とその限界
―ヨーロッパとの比較から―
第八章 近世城郭築城に関わる作業量の増大と大名財政
第九章 大名における軍事要員雇用態様の変化と財政
終章 本書の結論・日本の軍事革命の態様について
 と、火器の導入によって日本に起こった野戦・築城・兵站といった戦術の変化をヨーロッパとの相違に注目しつつ追い、社会に与えた影響がどう違ったかを指摘しています。
 その具体的な様相は本書を読んでいただければよいので、詳細ははしょりますが、「馬」が鍵になります。日本の馬が小柄で弱体だったため、野戦では騎兵の脅威がないから歩兵は一斉射撃で弾幕を張って騎兵突撃を阻止する必要がなく、むしろ狙撃の個人プレーに走ります(首を取ったら恩賞、という伝統的システムにもその方が適合的)。一方馬が弱いので大砲を運べず(馭法も未発達)、城郭は対鉄砲戦のみに特化して砲撃戦を考えない形になりました。兵站についても具体的な検討がなされています。
 鉄砲の導入で兵士の死傷率は上がっても、ヨーロッパのような要塞が出来なかったので、日本では戦争の決着はむしろ速まりました。そして成長した大勢力は、住民を根こそぎ動員しなくても、精鋭だけ選りすぐっても十分な兵力になったため、兵農分離がすすみ、江戸時代の身分制に繋がったと結論づけています。

 軍事の歴史はこれまで、その範囲の専門家(マニア)内部の議論にとどまりがちでしたが、ヨーロッパの軍事革命論は、軍事の変化が社会や国家のあり方に大きな変化を与えたことを指摘し、軍事史をそれまでの狭い垣根の中から解き放ったといいます。本書もまた、狭い垣根――それは日本の戦国時代の場合、軍事専門家(マニア)内という垣根だけでなく、「大河ドラマ的」とでもいうべき通俗的歴史観という、社会や経済を捨象した英雄物語的な、「戦国無双」的な垣根もあると思いますが――から戦国時代の歴史を解き放ち、世界との比較をも可能にする、大変重要な一冊と思います。
 本書の主張では、日本の軍事革命は、中断というよりむしろ「必要最小限の範囲で革命を終えた」(p.255)としています。とすれば、「軍事革命」を経ていた江戸時代の評価についても、特にその"近代性"を考える上での視座を与えてくれるかも知れません。更に、火器のような技術が他の文化圏に受け入れられた時、既存の社会をどのように変えるか、かつその技術の使い方がどのように変わるか、という技術導入と社会の関係についても、考える手がかりを数多く与えてくれるでしょう。
 例を一つあげれば、馬というネックが軍事革命期における日本の大砲導入を妨げたといいますが、明治以降の近代軍でも、やはり馬がネックとなって輸送などに大きな問題が起こっています。著者の久保田氏は比較軍事史研究者と称しておられますが、比較の軸は東西に限らず、時間軸にも応用できるでしょう(実際、久保田氏は戊辰戦争に焦点を当てて次回作を予定しておられるそうです)。

 誉めるばかりも何なので、苦情も一つ二つ。
 本書では軍記を史料として数多く用い、その中に記された数字を収集して統計的な分析を加えている箇所が多くあります。ですが、これは中世史にはとんと疎い者の思い過ごしなのかも知れませんが、果たして単純に軍記の数字をそのような利用をして良いのか、ということです。これはなかなか難しいことだろうとは思いますが、史料のさらなる検討は今後進められるべきだろうと思います。
 また本書では、鉄砲導入後の日本の城郭の変化について、「完全隔絶型」と「不完全隔絶型」という新たな区分を導入しています。それは鉄砲対策として、水による障害が城を周囲と隔絶しているかどうかに拠る(p.83)由ですが、定義の解説そのものはさらりと流してしまっていて、どうもイメージがつかみにくい難があります。特定非営利活動法人・城塞史跡協会の理事長をつとめ、数多くの城を巡っておられる久保田氏であれば、具体例に則して、図・写真など活用して明確に定義を説明していただきたかったところです。
 これに限らず、軍事の理論のようなことについて説明する場合は、図式による説明を導入することが定義を明確にする上でも有効なことが多かろうと思います。もちろん、本書の場合は新たな視角を切り開いたものである以上、まだ図式を早々に固める段階ではないとはいえるかも知れません。

 しかし、些少な問題は措いてもなお、この本は大変面白い本です。お値段もハードカバーの立派な装丁(栞の紐付き)で272ページ3400円と、この種の本としては比較的安価ですし、歴史好きには強く本書をお勧め致します。日本の軍事革命を取りかかりに、様々な方向に議論を発展させる起点になりうる本でしょう。英雄譚的なものを求める向きには「実も蓋もない」と受け取られるかも知れませんが、それだけにむしろ、読み手の力をも同時に問われる一冊であろうかと思います。
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by bokukoui | 2009-02-08 21:54 | 歴史雑談