古澤克大書記長「火力の歴史的発展と現代のRMA」合評会記録

 少し前に当ブログで、久保田正志『日本の軍事革命』(錦正社)の紹介と感想を述べた記事を書きました。詳細はそちらに書いてあるのでご参照いただければ幸いですが、軍事革命 military revolution というのは、近世初期における西欧での軍事技術の革新が、国家の様相や社会のあり方、世界情勢の変化をもたらしたという見方です。その全体像を伝えている書物として著名なのがジェフリー・パーカー(大久保桂子訳)『長篠合戦の世界史 ヨーロッパ軍事革命の衝撃1500~1800年』(同文舘)ですが、本書で戦国時代の日本に触れた箇所があるものの、その記述は疑問点が多く、そこで日本の戦国時代を西欧の軍事革命と比較して論じたのが『日本の軍事革命』というわけでした。
 さて、軍事革命と似て非なる概念に、「軍事における革命 Revolution in Military Affairs(RMA)」というものがあります(どうもこちらを「軍事革命」と呼ぶ場合もあるようです)。これは近年の情報技術の進歩が軍事に与えた影響を指す言葉で、イラク戦争などを通じて注目が高まっているそうです。

 で、昨日お伝えしたバレンタイン粉砕デモの主催者であるところの「革命的非モテ同盟」古澤克大書記長は、軍事に深い関心を持つ元自衛隊員であり、大学ではRMAを題材にした卒業論文を執筆されました。しかもその論文の前半は、パーカーの著書を大いに活用して書かれています。
 昨年末にそれはネット上に公開されて、それなりの反響を呼んだようです。以下にリンクを張っておきます。

 火力の歴史的発展と現代のRMA―間接アプローチを超えて―1
 火力の歴史的発展と現代のRMA―間接アプローチを超えて―2

 ネット上の反響については、それぞれの記事に付いた「はてなブックマーク」(1のブックマーク2のブックマーク)でも雰囲気は察せられますが、軍事系ブログの大手であるというところの以下の記事が、もっとも目立ったものと思われます。

 週刊オブイェクト「『81式』氏の卒業論文」

 古澤書記長の卒論は、元々2007年度末に提出されたものですが、書記長は提出後から間もなく、小生のような周囲の友人に、論文を読んで感想を聞かせて欲しい、ということをしばしば漏らされていました。そこで昨年4月頃、デモなどで付き合いのある書記長の友人でかつ軍事や戦史に興味を持っている有志を集め、書記長の卒論について合評会を行うこととなりました。
 合評会を行ったメンバーは、東大戦史研関係者が多いですが、その他にも自衛隊時代以来の氏の戦友、革非同の活動を通じて氏と知り合った東大生や予備自衛官(東大と自衛隊は「非モテ」という点でどうも共通点があるようで・・・)の方々が集まり、大変充実した会となりました。(もっともここに集まった戦史研員は4年生以上の連中なので、現在の会員に本件について問い合わせても「?」ですので、その旨ご諒承下さい)
 なお、古澤書記長の卒論ネット公開当時、この合評会において中心的役割を果たした労働収容所組合氏が、ご自分のブログで簡単な感想を記しておられますので、是非そちらもご参照下さい。

 よく食べ、よく部下を罷免し、あまり動じない「野砲の夢」

 この合評会の記録は、書記長の卒論本文と一緒に、東京大学戦史研究会会報第52号に「古澤書記長の『軍事における革命(RMA)』論」と題して収録され、昨年の五月祭・駒場祭並びに夏のコミケットにて一般に頒布されました。しかしその会報は品切れになってしまい、昨年末に書記長が卒論本文をネットにアップした後増刷も検討されたのですが、諸般の事情により中止のやむなきに至ったもので、このままお蔵入りにするのももったいないと、ここで公開するに至ったものです。なお、卒論本文公開から合評会記録公開まで2ヶ月も間が開いたのは、いろいろ事情もありますが、記録の最終原稿を収めたUSBメモリが行方不明になっていたからです(苦笑)。
 当初は、古澤書記長のブログにこの記事をアップすることも検討されましたが、記事そのもののまとめた文責は最終的に墨東公安委員会にあることなどから、当ブログに掲載することとなりました。

 それでは、前口上が長すぎるのも興ざめですので、合評会の記録本文に入ります。



○参加者

発表者席から時計回りで
古澤克大〔古〕
・Kirov山田〔K〕
墨東公安委員会〔墨〕書記担当
・無名〔無〕
・異界洋香奈〔異〕
・坂東α〔坂〕※やや遅刻
労働収容所組合〔労〕
・siberia〔s〕
・DM〔D〕司会担当
・Mig28〔M〕
・ヨブ〔ヨ〕
※参加者の名前はHN。

 以下の記録は、完全なものではありません。往々問いに対し回答者たる古澤書記長の回答が明確でない場合がありますが、これは書記長の回答が曖昧であった場合(多くがそうなのですが)、当初の質問者以外からも次々と声が飛び、議論の流れを追うのが困難になって記録が残せなかったことに起因しております。そのような箇所では、○印のあとに議論の概要を思い出せる限り書き出してまとめておきました。またそのような状況でしたので、多くの方の細かな発言が大部分落ちてしまっていることをご諒承下さい。

○まず、古澤書記長より卒論の骨子について説明。

第1章・・・パーカーとホールをまとめただけ。
第2章・・・第1次大戦のエポック・メイキングについて強調したい。モルトケはどうでもよい。ベイリーから影響を受けた。立体戦の重要さ。
両大戦とも国家総力戦であり、戦術は散兵戦。これで一線が画され、その本質は現代まで変わっていない。
第3章・・・RMA、コンピュータとネットワークが発達すると、火力が集中しやすくなり、タイムラグが減るため、火力は実質的に増大する。ではそれにどう対応するかといえば、火力から逃げなければならない。その手段がゲリラ化。分散した部隊の集結はコンピュータの発達で容易になる。

○以下、質疑応答。

D:この論文のポイントは、第3章第2節「情報化された軍隊」で述べられているように、情報RMAといえど現状では第1次大戦のドクトリンと本質的変化はない、革命というからには指揮統帥という部分が変わらなければならない、ということでよいか?
古:藤島明宏氏の議論を元にしているが、陸戦が海戦に似るというよりゲリラ化する、個々のユニットが小さいので、質的に艦隊とは違うと考えた。
D:第3章第3節「火力戦とゲリラ戦」の現状認識をベースに、中村好寿『軍事革命(RMA)』の内容を批判したということか。

労:将来の戦闘というが、どの程度の将来を想定しているのか。
古:四半世紀程度将来を想定している。
労:技術的な根拠はあるのか。どの程度の技術水準を想定しているのか。現在の弾道学に於いても長距離射撃は難しいことで、その精度は高くない。
古:GPSがある。

坂:今までRMAの面で同等の軍隊同士の激突はない。RMAへの対抗もあるのではないか。
無:GPSというが、人工衛星に対する攻撃や妨害などが考えられるのではないか。
労:一方的にRMAの攻撃的側面ばかり取り上げるのは疑問である。防衛の方も発達する筈。
古:RMA的進化というのは攻撃側に有利になるものと考える。同等の科学力では先に手を出した方が有利になるのでは。
労:将来、攻勢作戦・防勢作戦というタイムラグを伴うフェイズは無くなるという考えか。
古:そうだ。リアルタイムで流動的。

坂:作戦級以上の規模の機動はどうなるのか。
古:長射程ミサイルについては、基本的には大きく変わらないと考える。とすれば遠距離の機動は本質的には変わらない。
労:では「遠距離」の定義が変わるのか。
古:長距離射撃の野砲は、155ミリ砲が射程30キロ、というのは変わらないと思う。
墨:この論文での「長距離」の定義がはじめて分かった。こういった語の定義が載っていないのでわからない。このような作戦構想の説明に当たっては、模式図を載せて説明して欲しい。
D:射程といえば、この論文の「射程」がそもそも分からない。この論文が扱う範囲はどこまでなのか。「長距離」はどこまでか、「立体」とは何か。
無:なぜ野砲なのか、空軍支援ではないのか。
D:火力を普遍化・抽象化し、プラットフォームを問わず好きに火力を投射できるので縦深に打撃を与えられるというのなら、野砲の射程に限定されないのではないか。プラットフォームに拘束されないから「抽象化」ではないのか。
労:火力の抽象化の定義を明確化して欲しい。後方は火力の抽象化でどうなるのか。
古:後方は変わらないので考えていない。
労:それはおかしい。同等程度の軍隊が対峙する場合に通じるのか。
 また、古澤氏の想定する状況の場合、兵力の密度が低下し作戦正面当たりの火力投入量も下がるのではないか。決戦を敵に強要することが出来なくなるのではないか。

○「火力の抽象化」を巡って書記長に対し批判が囂々。書記長の言う「多目的同時打撃」によって対応不能に追い込むという意見に対し、冷戦期のオケアン演習(註:1970年、ソ連が対艦ミサイルで飽和攻撃を実験した演習)を例として上げる声、さらに書記長の話を聞いていると戦争というよりブログのコメント欄が炎上したりサーバーがDoS攻撃を受けたりする話を聞いているようだとの声。飽和型(「祭り」)軍隊ということかと批判が続出。更に結局敵中で独自に行動する集団、特殊部隊と同じことではないかとの声が上がる。

M:火力リソースの配分は誰が行うのか。
ヨ:第3章第3節「火力戦とゲリラ戦」のフラットな軍隊とは、結局軍の全員が特殊部隊となることなのか。
D:フラットなネットワーク型組織というが、ネットワークが麻痺させられたら組織の形態に関係なくアウトではないか。
 ピラミッド型組織で情報化(いわゆるRMA化)した軍隊は、イラク戦争で第三世界の正規軍に対し圧倒的優位に立った。しかし、対RMA化軍隊としてフラット化した軍隊では、イラク軍のような軍隊に対し、今までのピラミッド型組織と同じ攻撃力を発揮できるのか。
古:リソースの配分に関する方法論にイノベーションが起きれば大丈夫ではないか。

○書記長の安易な返答に再び多人数が反論を、それこそ飽和攻撃状態で浴びせる。リソースの投入はどうやって決めるのかと問い詰められる書記長。

古:司令部が判断して、何時どこにリソースを配分するか決める。P2P的システムを使って配分を決める。
無:セブンイレブンで店長ではなくバイトに商品の発注をさせているようなものか。
墨:しかしその例では中枢があるではないか。一体どうやって火力の配分を決めるのか。
古:高値で発注したところが(火力の支援を)受ける。
墨:その例はおかしい。高値とは何なのか。そんな通貨的存在があるとは思えない。
無:軍における中抜きは既に行われている。個々の攻撃は現場指揮官の協議で決めている。
古:作戦目標の決定も現場に任せるようにすれば。
無:それでは獲物のあるところしか攻めなくなる。功績が挙がるところ、掠奪できるところなど。

労:問題は中間管理職の話だと思う。中間管理職というのはそもそも軍隊によって作られた物。組織とはすべてネットワークなのであり、ピラミッド型が硬直していてフラット型がよい、とは限らない。ネットワークを構成するベクトルの問題。完全なフラット化とはむしろ、組織≒ネットワークの破壊ではないか。フラット化するとベクトルが無くなる。
古:コンピュータによる処理で一人の指揮官の裁量で出来ることが増えた。とは単位数が増やせるということ。
K:コンピュータ次第とは、まるでTRPGの『パラノイア』ではないか。
労:「単位数を増やす」といっても指揮するのは人間。コンピュータシステムの設計者のことを考えていない。また、情報化によって実質的な物のコストが切り下げられなければ、情報化する意味がない。
 古澤氏の議論では、RMAの結果決勝点への兵力集中はやめになって、散発的な殴り合いになるということか。集中的な投入の方が効率が良いのではないか。
古:RMAによって決勝点を掴む。
坂:ではRMA化された軍隊同士の戦いはどんな状況を想定しているのか。

○あまりにコンピュータ化に寄りかかった書記長の論に再び場が湧く。書記長の想定する将来戦闘とは米中全面戦争などというよりも、自衛隊がPKOで小規模戦闘に巻き込まれるような状況、大石英司の小説(註:『環太平洋戦争』)みたいだと批判が寄せられる。

D:RMA同士の戦いは、衛星破壊など戦略的弱点を突くことになるのか。
労:敵戦力の破壊なのか地域確保なのか、イメージが掴みにくい。歩兵がただの情報プラットフォームになるのなら、歩兵は戦場に何をしに行くのか。
 また、より上位の司令部は何を志向しているのか。
無:歩兵の目的は占領にある。それをバラバラにして情報プラットフォームにしてしまう意味はあるのか。特殊部隊で十分ではないか。
古:相手も同じことをしてくると、ポインターの数の勝負になるのではないか。
無:全員を特殊部隊にするということは、出来るはずがない。

労:軍における歩兵の比率が下がっているというトレンドの上に、書記長の話を位置づけて良いか。
古:現実そうだと思う。
労:では歩兵は何をする人なのか。米軍で歩兵の任務は27あるとする説があったが、その多くの任務を捨てて索敵に集中するのか。
古:歩兵は索敵と火力のプラットフォームの最小単位である。
無:歩兵は存在することで相手を拘束することが重要ではないか。偵察と特殊部隊だけ、というのは、アメリカが志向している方向のようではあるが・・・。
労:情報コストを下げても、物流はどうするのか。
古:情報化で効率化、最適化を図る。
労:物流を最適化したら、そこを攻撃されるのではないか。
墨:現実的には、効率の良い物流にはハブがある。書記長の説と矛盾。
労:輸送コストの最適化を考えるのは、組み合わせ爆発が起こり非常に難しい。

労:仮に書記長の考えるRMAの戦場をウォーゲームにしてみるとしたら、どのようなルールにするのか。
 双方の軍隊が最適化したら、そこはもはや最適点ではないのではないか。全く互角の最適化された軍隊が全く同一の条件で戦う単純なモデルを考えれば、確率的には先に一撃与えた方が一方的に有利な結果になり易い(註:補遺参照)ので、撃たれた方は速やかに離脱を図るのではないか。
無:書記長の論理は、軍隊というより、軍事会社の論理である。

D:「革命」というが、何を以て革命とするのか。論文で設定した問いに答えていない。RMA的革命は達成されたのか未達なのか。もし達成されていないなら、RMA化された軍隊同士の話(註:第3章第3節「火力戦とゲリラ戦」後半「そしてまた、そのような情報化し分散化した部隊による戦争が行われた場合、~」の段落)は理論的可能性の域を出ない(現実的可能性のほとんどない)雲を掴むような話に過ぎないのではないか。
 また革命が成し遂げられたのであれば、第3章第3節「火力戦とゲリラ戦」(註:「戦線にたよった防御が不可能となった情報化された軍隊の戦争というものは究極的に立体化した三次元的な戦争と言える。その意味では第1次世界大戦的な思考の上に作り上げられてきた現代戦の理論が形を変えて発展したと言える」)は矛盾している。現に存在する「いわゆるRMA化軍」というのは、「革命」ではなく「進化」に過ぎない、C4ISRもフォース・マルチプライヤーに過ぎない、ということになるから。
墨:第1章で挙げた軍事革命は、革命の比較参照例なのか。だとすれば書いた意義が理解できる。
古:そこから書こうとしたがうまくいかなかった。
労:革命にこだわるのはプロイセン的ではない(笑)
古:情報化による効率上昇だけでは、evolution にとどまる。
墨:社会が変わらなければ革命と言えないのではないか。軍事革命は軍事上の変革が国家体制の変化につながった。RMAは軍事システム内部の変革に過ぎないのか。
D:「いわゆるRMA」としか書記長は書いていない。「いわゆるRMA化された軍隊」と「RMA化された軍隊」とはどう違うのか。
古:現在RMAと言っている軍隊が「いわゆるRMA化された軍隊」。軍隊の組織構造、ドクトリンが変わればRMAになる。

○以下、「革命」の定義を巡り議論紛糾。紛糾したけど書記長の「RMA」(革命)の構成要件に納得する声は無し。
 時間もだいぶかかったので、ここでひとまず総括とし、参加者が一人づつ自分の見解を述べることに。


無:一言で言えば机上の空論。恐怖の支配する戦場での組織のフラット化とは、組織が解体するだけ。志気が保てない。ゲリラは金、恐怖、信仰などで縛られているから存在している。志気が充分高いことを前提にしているという時点で、あまりにも自衛隊員的発想。
異:まるでゲームの話をしているよう。或いは軍事会社の販促パンフレットのような内容。学問とは違った才能は感じる。
坂:ゲリラ戦ははじめようと思ってはじめたもんじゃない。もともとそこにいた地元民であるとか、傭兵であるとか。
労:軍隊について述べたものとしては具体性がない。組織の話なのかドクトリンの話なのか分からない。
 ゲリラ戦と正規軍は同一視できない。ゲリラは確率的存在(湧くかどうか分からない)だが、正規軍は必ずそこに存在する。
 ひとくちにいってナンセンス。組織には目的が存在する。むしろ目的抜きに組織は存在しない。
s:戦争についてどう考えているのか分からない。戦争が合目的的な現象なら、その目的は何なのか。またPMCならともかく、国家間戦争への適応可能性はあるのか。
M:ゲリラ戦は正規戦が出来ない場合に行うものであって、最終的には正規軍に成長することが目標となるのではないか。正規軍がわざわざゲリラに回帰することに違和感を感じる。
 また、第1次大戦後、下士官への指揮権委譲が問題になり、様々な改革が行われている。書記長の場合は指揮権委譲をどこまで認めるのか。
ヨ:全員が特殊部隊になれるのか。
 furukatsu式RMAというのはネットの炎上と同じような形のものなら、統制が取れないのではないか。
K:『パラノイア』でググって欲しい。書記長の論文が成り立つのは、こぼTRPG『パラノイア』のアルファ・コンプレックスの世界。コンピュータによる完璧な情報処理と監視、処罰が自動的に行われるアルファ・コンプレックスが理想になる。
墨:内容の話はだいたい出たので、論文の形について。この論文を学問のどのような文脈に位置づけたいのかが分からない。先行研究のどのような点に問題があると考え、それについて書記長はどんな自説を述べたいのか。2ちゃんのスレッドを典拠にしているのもどうかと思うが、そのような位置づけなくしてはそれこそ「ぼくのかんがえたさいきょうRMAかぐんたい」である。
労:「RMAの社会学」とすればよい(笑)。
墨:模式図による図式化が必要。
D:ポリティカルサイエンスでも史学でもない。何を満たせば革命になるのか。
 ポリティカルサイエンスなら因果関係(「仮説-実証」式のフォーマット)を示すべき。
労:統計で因果関係を示すことは出来ない。モデルを作り、それを検証する。ゲームを作れるかと言ったのは、モデルをちゃんと作れということ。モデルが呈示できるなら、ゲームが作れるはず。
D:学部の論文としては十分だろうが、前文でRMAの定義、論文の定義域、射程、先行研究に対してこの論文はどのようにあるのかを示すべき。


 以上、3時間余にわたる議論でした。卒業論文の審査では、これだけの人数と時間で質問されるということは中々ないでしょう。その後懇親会の席を設け、そこでも活発な議論が交わされました。
 更に、議事録をまとめる際に補遺として寄せられた意見、そして労働収容所組合氏による解説記事へと続きますが、長いのでここで一端切ります。続きは「古澤書記長『火力の歴史的発展と現代のRMA』合評会 補遺と解説」へどうぞ。

○特に意味のないインターミッション画像
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田中圭一『神罰』(イースト・プレス)p.104

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by bokukoui | 2009-02-15 22:12 | 出来事 | Trackback | Comments(2)

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Commented by 坂東α at 2009-02-27 18:54 x
自分の最後の発言について補足しておくと,
「何故”歩兵”が分散して戦闘するのか,目的も過程も分らない.地盤が強固にあってそこでしか補給も支援も受けられない地元ゲリラや義勇兵(傭兵)ならともかく,どうしてRMA化された正規軍がそこにバラバラに布陣し,戦線を維持しなければならんのか」といった話だった様に思います.
Commented by bokukoui at 2009-03-01 22:30
補足ありがとうございます。
書記長の説は、時々ですが、目先の技術にとらわれてそれを支える経済的あるいは社会的な基盤を閑却しがちな傾向がありそうです。
むしろそれは軍事以外の時により目立つと思いますが、それにしても、「週刊オブイェクト」はなぜ、あんなに書記長の所説を賞賛したんでしょうね。
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