『諸君!』秦郁彦・西尾幹二「『田母神俊雄=真贋論争』を決着する」

※註(2009.3.24.補足):この記事に続く関係記事は以下の通り。
秦郁彦・西尾幹二「『田母神俊雄=真贋論争』を決着する」評 続き」
『田母神俊雄=真贋論争』を決着する」評 蛇足的まとめ
『諸君!』秦郁彦・西尾幹二対談評への西尾氏のコメントについて

※註(2010.12.31.補足):この一連の記事が西尾氏の著書に引用されました。
『西尾幹二のブログ論壇』をご恵贈いただく~ぜんざいの塩

 先日新聞の社会面を見ていて、文藝春秋社の雑誌『諸君!』が休刊するということを知り、驚きました。創刊40年になる保守系のオピニオン誌で、かなり有名な雑誌ですから。更に、昨今の世相からすれば、『諸君!』の論調は世間に対する受けはむしろ良い(少なくとも逆風はない)はずなのでは、という疑問が浮かびました。
 時事ドットコム「雑誌「諸君!」休刊へ=文芸春秋」によると、「最高部数は2006年の8万5000部、最近は6万4000部程度」だそうで、実売はもっと少ないにせよ、40年の歴史で比較的最近に最高記録を立てたにしては、見切りを付けるのが何とも早い感がしますが・・・

 そんなわけで、『諸君!』のことが気になっていた昨日、駅構内の書店で3月1日発売の同誌4月号を見つけて手に取ったのですが、表紙に刷り込まれていた記事の表題に目を剥きました。煽り文句を含めて表題を書くと、

 重鎮・直接対決! 捨て身の問題提起か、ただの目立ちたがりか
「田母神俊雄=真贋論争」を決着する

 というものでありまして、つい先日、田母神氏の「論文」が掲載されたアパグループの冊子『謀略に!翻弄された近現代 誇れる国、日本。』についての記事を書いた身としましては、やはりこれは読まねばと感じたのでした。更にいえば、ネット上ではこの冊子に関する評論は小生の記事の他まとまったものは少なく、小生の記事がネット上では最も重要なものと自負しております。なんとなれば、googleで件の冊子のフルタイトルを入れて検索すると、小生の記事がトップになるので(笑) 以下に証拠画像を掲げておきます。
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 当のアパグループに検索ランキング争いで革命的勝利を収めるとは、コミンテルンの陰謀に違いありません。

 閑話休題、その場で『諸君!』を一読した結果、これはあまりに酷い――もちろん西尾氏が、です――と感じ、日本近代史を学ぶものとしては一言書いておいた方が良いのではないかと思い、ここに記事を立てるに至った次第です。秦先生の著作には、高校時代『第二次大戦航空史話』を読んでソ連の女性飛行士の話で萌・・・もとい、研究の際の参考文献としてお世話になった恩義もありますので、ネット上では数としては多そうな西尾支持の声と違ったものを打ち出していきます。
 え? ではその場で『諸君!』買ったのかって? いや、図書館で該当ページをコピーしまして・・・なるほど、休刊になるわけだ。

 まず、ネット上での、この対談についての反応を、ざっと検索して見つかった範囲で挙げてみます。数的には西尾支持がずっと多いようです。

・西尾幹二のインターネット日録 ↑対談の一方の当事者・西尾氏のブログ。(一)は記事の背景で、(二)(三)が読者からの反応。当然読者の声は西尾支持ばかり。
・書道家ABC版「西尾幹二氏、秦郁彦氏の偽善「歴史家」の素性を看破する」
・syuunのSYUUN的こころ
 ↑タイトルから分かるように、同じ内容の文章が2箇所のブログに。はて?
・TEL QUEL JAPON「『諸君』4月号:重鎮・直接対決(1)」 / 「同(2)」
・#やまさんのブログ「歴史はストーリー」
・Apes! Not Monkeys! はてな別館「「田母神俊雄=真贋論争」を決着する」
 ↑南京事件などの解説で有名な方のブログですね。当然この中で唯一、秦氏支持。

※追記(2009.3.8.)
 検索し直したら、秦氏の方を支持するブログ記事が幾つか見つかりました。西尾支持の方が「ずっと多い」というわけではなかったようです。失礼。
・元木昌彦のマスコミ業界回遊日誌 3月3日付記事
・人生朝露「『田母神塾』(田母神俊雄著 双葉社) 」
追記ここまで
※更に追記(2009.3.24.)
 コメント欄でご指摘いただいた記事へのリンクを追加で張っておきます。
・M.FUKUSHIMAの単刀直入
 これらの意見の多くは、秦・西尾対談の中で挙げられた、個々の歴史的トピックについて触れているものが多いようです。「書道家ABC版」「syuunのSYUUN的こころ」「TEL QUEL JAPON」「Apes! Not Monkeys! はてな別館」などがその傾向が特に強いと言えます。後は全体について大雑把に触れている感じです。

 小生はこれらの切り口とは少し異なった点から、主として西尾氏の言論を批判してみたいと思います。といいますのも、小生のこの対談を一読した際の感想は、議論が全く噛み合ってない、ということでした。西尾氏が「これが正しいのだ!」と叫ぶのを、秦氏は「あー、うざいなあ」という感じでいなしている、そんな印象です。
 曲がりなりにも日本近代史の勉強をしてきた身として、秦氏の発言は至極当たり前に感じられました。それに噛みついている西尾氏の言動は、歴史を論ずるということ自体を根本から分かっていない、と書くのが傲岸であるとするならば、歴史でない何かを論じようとしている、そのようにしか読み取れませんでした。であれば議論が噛み合わないのも当然です。雑誌の煽り文句で、広告にも掲載された秦氏の言葉が「西尾さん、自分の領分に帰りなさい」というのも、歴史でない話をしたいなら歴史でないところでやれ、という謂ということだろうと思います。
 しかし、ネットで見つけた上掲のいくつかのブログを読むと、歴史でないものを「真の」歴史と思い込んでいるブログが少なくないことに気がつきます。小生は、これこそがこの対談の最大の問題であろうと思います。つまり、歴史の「何を」論じているかではなくて、歴史を「いかに」論じているか、そちらが肝心なところだと。

 ので、以下では個別具体的な歴史トピックよりも、方法論の方に焦点を当てて読んでいきたいと思います。まあ、そうする理由はもう一つあって、個別のトピックを検討するにはそれなりに史料に当たるべきですがそんな暇はないし面倒だし、第一個別に突っ込んでいたら、ツッコミどころが多くて対談全文を引用せねばならず、『諸君!』編集部に怒られます。



 それでは、なるべく引用が少なくなるように留意しつつ、頭から対談を読んでいきましょう。
 なお、当ブログではこれまで長めの引用にはblockquoteタグを使ってきましたが、これを使うと一行の長さが短くなって上下スクロールを余分に要求されるため、今回は青=西尾氏黒=秦氏と色分けしてやってみようと思います。携帯電話で見たら地の文は黒なので、地の文と区別が付きにくくなる怖れがありますが、こんな長いものを携帯電話で読む読者層は基本的に想定していないので、ご諒承下さい。強調は引用者が施したもので、「・・・」は省略を、「……」は原文中の3点リーダーそのままを示します。

 表題に「田母神」云々とうたいつつ、西尾氏が『諸君!』3月号や『Will』4月号に発表したらしい論説が議論の始まりになっています。そのアウトラインは西尾氏がご本人のブログで書かれています(元の記事は読んでませんが、このアウトラインで充分分かりそうです)。
 で、その中で半藤一利、保阪正康、北岡伸一、五百旗頭眞の諸氏と共に秦先生を「進歩的文化人」として喧嘩を売った(対談中では「あえて批判の俎上に載せた」と言ってますが・・・)西尾氏、「自虐的国家観」を覆そうと「新しい歴史教科書」の運動などしてきたので、田母神「論文」に感銘を受けたと言い、こう続けます。

西尾 ・・・秦さんのような信頼すべき歴史家が、田母神氏の主張を一刀両断のもとに斬り捨てさらたことは意外であり、心外でした。

 田母神論文の全体的な趣旨や提言については、私もさしたる違和感はありません。だが、田母神氏が自説を補強するために挙げているさまざまな文献は、いわゆる“陰謀史観”と呼ばれるたぐいの、根拠のあやふやなものばかりです。こうした雑駁な読書をベースにした論脈であることを考えると、結論がいかに立派であっても支持する気にはなれません。
 そのあたりは、じつは西尾さんも薄々気づいておられる。三月号論文のなかでは「論文にさまざまな不備がある」ことを認めたうえで、「書き手が文章書きを仕事としていた人でない以上、一般国民の眼にはとるに足らぬこと」であるという。しかし、私は歴史研究者ですから、依拠した文献の質を「とるに足らぬこと」だとは、全く思わない。


 ここから西尾氏が「陰謀史観」という言葉に飛びつき、「基本的に『陰謀』はあったというのが私の考え」と言い出し、真珠湾攻撃の「ルーズベルト大統領陰謀説」に話が移っていきますが、その部分は省略します。西尾氏の持ち出す文献の質を秦氏は問い、「アメリカでは何年かおきに、『ルーズベルト陰謀説』を主張する“リビジョニスト(修正主義者)”の本が出るんです。新進のもの書きが名を売るために、もっとも手っ取り早いテーマだからです」と指摘したのに対し、西尾氏は中西輝政の孫引きでビアード・モーゲンスターン・トーランドの名を挙げ(3人とも歴史の専門家ではないような・・・)、更に「カナダのオタワ大学の歴史学の教授」を持ち出しています。
 この西尾氏の挙げた“陰謀史観”に対し、秦先生はこう批判します。

 こういうものは日米関係にも決してよい影響は与えません。一部の人々のあいだで、田母神氏が英雄扱いされているのは、論文自体ではなく、おそらく彼のお笑いタレント的な要素が受けたからでしょう。本人も「笑いをとる」のを心がけていると語っています。

西尾 日米関係に悪影響云々は政治家が言うべき言葉で、歴史家の言葉ではありません。田母神さんを侮辱するのはやめていただきたい。軍人には名誉が大事なのです。彼の論文には一種の文学的な説得力もある。細かいことはどうでもいいんでね。

 やはり、そうはいかんのですよ。田母神さんは私の著書からも引用しているが、趣旨を全く逆に取り違えている。一事が万事この調子です。西尾さんも著述家だから、誤引用される不愉快さはおわかりでしょう。プロのもの書きではないとはいえ、自衛隊空幕長は大きな社会的責任を負う立場です。なんでも言いたい放題というわけにはいかない。・・・

 細かいことはどうでもいい、と言い放つ西尾氏。これこそが問題の根源と小生は考えます。
 議論はこの後、再び真珠湾陰謀論に戻りますので一部省略。

西尾 ・・・そこ(引用註:真珠湾を日本に攻撃させたという「陰謀」)はルーズベルトの異常なる人間性がからんでくるのです。歴史は史実の枠だけでは説明できない。関係した人間たちの心理的な背景、製革や志向性、人間性というものにも目が向けられなければならない。とくにルーズベルトの異常人格は少年期からあらわれております。大学生のころ、彼は暗号で日記を書いていたということも判明しています。彼が結婚したときも、求愛の言葉を暗号で日記につけていた。ある種の異常人格なのです。(中略)

 いろいろな推測は可能ですが、従来の定説的解釈を覆すだけの証拠はありません。心理的な要素というのは結局、証拠がないでしょう。

西尾 証拠なんかないですよ。

 だから、それは多様で自由な論争に任せておけばいい。しかし、重要なのは、ここまでは言えるという確定した史実なんですよ。

西尾 いや、大きな歴史の流れを解釈するとき、“ここまではいえる”などと制限を設けたら、結局、ほとんどなにもいえないという結論になってしまいます。

 そんなことはないでしょう。日本とアメリカが開戦したというのは紛れもない歴史的事実です。

西尾 それはもちろんです。

 開戦決意の背後には無数の人間がかかわっている。その一人ひとりがどういう心理状態であったか、生い立ちまで遡って議論したら混沌に陥ってしまうのではないですか。

西尾 そんなことはない。ルーズベルトは決定的に重要な人物です。

 ならばチャーチルやヒトラーなど、他の中心人物の分析も必要になります。

西尾 そうそう、チャーチルやヒトラーについても分析しなきゃいけない。もちろんスターリンも。

 だれができますか、それだけの心理分析を、しかも公平に――。

 西尾先生、ルーズベルトを異常人格呼ばわりした挙げ句、「証拠なんかない」と開き直ってしまいます。推測も議論も良いけど、史料から検証可能な歴史的事実がその前提、とする秦先生の指摘を全く分かっていません。史料に縛られたら何も言えない、というつもりでしょうか。
 この後は、近代ヨーロッパ特有という「裁きの意志」というものを西尾氏が持ち出して、東京裁判を大上段に批判しますが、秦氏は適当にあしらいます。そのあたりは「Apes! Not Monkeys! はてな別館」さんの記事が手短にまとめていて宜しいかと。
 更にその後は、「コミンテルンの陰謀」話に移ります。西尾氏が、開戦時のアメリカ財務次官補であったホワイトなる人物がコミンテルンのスパイだったと、「ヴェノナ文書」なるものを示して主張します。一部だけ抜粋します。

西尾 ・・・ルーズベルト政権が、コミンテルンの謀略に影響されていたことは、日米戦争の発端における大きな不幸のひとつで、これを度外視してあの戦争の歴史は書けないと、私は考えますが、同じ前提に立つ田母神論文について、秦さんは、「“風が吹けば桶屋が儲かる”式の妄想を連ねた話」(『週刊新潮』2008年11月13日号)と一蹴しています。

 いまでもその考えは変わりません。工作員が、実際、どれだけ歴史の流れに影響を与えられるか、という問題もあります。

 この後暫く、「ヴェノナ文書」について西尾氏が説明し、だからホワイトはソ連のスパイだったのだ、と主張します。しかしそれについて秦先生は、

 それは非常に漠然としてますね。もうちょっと具体的じゃないと。いや、ヴェノナ文書は私もひと通り見ています。だけど決定的証拠は何もないんです。だから、アメリカ政府はホワイトがスパイだったとは断定していない。しかもホワイトは日本語が読めないんです。対日専門家にはなり得ないですよ。

西尾 ホワイトらに関して、ご覧のように大河のごとく文献が溢れているのに、今さら否定は出来ないでしょう。日本語が読めるとか読めないの話は関係ない。重要なのはハル・ノートの原案を巧妙に示し、ソ連側の意向を伝えていたことです。

 だが、ルーズベルト政権には日本勤務の経験もあり、日本語が読め、日本の各界に人脈を持つ国務省の外交官が何人もいる。バランタインもジョン・エマーソンもそうです。ホワイトという素人に対日問題を任せなければならぬ理由はないのです。・・・

 その後もホワイトを巡る話が続きますが、省略します。秦氏が漠然としていて決定的証拠がない(アメリカ政府も断定していない)、というのに対し西尾氏は、ホワイトソ連のスパイだったと主張します。

西尾 ホワイトの隠密行動は一貫してソ連の利益のためにあった。自身がどういう役割を果たしたかは謎ですけれども、これだけ書かれていますからね、何もなかったということはいえない。申し上げたいのは、無罪であったとは断定できないということですよ。

 いや、歴史学の専門家的見地からいえばですね、その程度の推測はほとんど価値がないんですよ。

西尾 その歴史学の専門家的見地というのを私は信用してないと言ってるんです。各種の研究書にたくさん書かれている彼のスパイ行動を「ほとんど価値がない」というのは、それこそ「歴史学の専門家的見地」からいっても、言い過ぎでしょう。

 確実な証明がなくてもですか。

西尾 それを証明するのが歴史家の仕事じゃないですか。歴史は秦さん流儀の証明だけで決められるもんじゃないんですよ。外国と戦争したのだから国内だけいくら調べても本当のことは分からない。それではルーズベルトの心理分析など成り立ちません。

 推測はたくさんの人がやっています。私もそれはそれなりに面白いとは思いますよ。

西尾 いや、それが歴史の核心なんですよ。秦さんたち歴史研究者のやっていることは歴史じゃない。歴史の断片にすぎない。現代の歴史研究の主要な舞台は軍事情報や国内政治から、外交や国際政治に移っているんですよ。

 推測は、歴史におけるサイドワークと位置づけるべきじゃないですか。いまや歴史愛好家は世にあふれていて、テレビでも「新説!? 日本ミステリー」とか「日本史サスペンス劇場」なんて番組を毎週のようにやっています。それぞれ、たとえば「坂本龍馬はフリーメーソンだった」とか「平清盛はペルシャ人だった」とか、想像を逞しくしていますよ。賛成派と反対派が、それぞれもっともらしい理屈をいって……。しかし、そういうものまで「歴史」に入れていくと、もう収拾つかなくなりませんかね。両論併記すべしという人もいるが、私は断固反対ですね。

西尾 お願いですから、そういう珍説と一緒にするのはやめてください。張作霖爆殺事件に関して、田母神論文は「少なくとも日本軍がやったとは断定できなくなった。……最近ではコミンテルンの仕業という説が極めて有力になってきている」と抑えた見解を述べている。この主張に対しても、秦さんは「『上杉謙信は実は女だった』というのと同じくらいの珍説」(『週刊朝日』2008年11月28日号)とにべもない。これはいかん。こんな断定の仕方は酷い。可能性としては、爆破計画が別々にあって、河本大作大佐らが先に実行した、あるいはソ連と秘かに手を組んで実行したというケースもありえるし、もともと河本大佐らがソ連のシンパサイザーだったかもしれない。大体、河本大佐が何者であったかは、いまでもわからないわけですから。

 河本大作が何者か、隅々までわかってますよ。

西尾 わかってませんよ、そんなこと。

 どうして?

西尾 彼の心の中まではわからないじゃないですか。共産主義への忠誠心は深く秘匿されていて、アメリカ政府の中枢や近衛内閣の近辺にあったと同様に、関東軍の中にもあった可能性は否定できません。(中略)『正論』(2006年4月号)にも、産経新聞のモスクワ支局長によるロシアの歴史作家、ドミトリー・P・プロポロフへのインタビューが出ていますが、プロボロフは「張作霖の爆殺は、ソ連の特務機関が行ったのはほぼ間違いない」と断定していますよ。

 あのインタビューでは、プロポロフ自身が第一次史料を見たのではなく、だれかに聞いたという話でしょう。それを定説と両論併記にしろなんてとんでもないですよ。歴史が定説になるまでには何千人という人が何万時間という時間をかけて議論を深め、史実を詰めて、そして結論に達するわけですから。

 文中出てくる、「『上杉謙信は実は女だった』というのと同じくらいの珍説」(『週刊朝日』2008年11月28日号)の雑誌記事は、「ホドロフスキの記録帳」さんのブログにアップされていますので、そちらをご参照下さい。
 西尾先生、ヒートアップしてきます。確実な証明がないと秦先生に指摘されると、「それを証明するのが歴史家の仕事じゃないですか」と逆ギレ(としか思えない)します。自分の説だから自分で証明するのが筋の筈ですが。もはや河本大作までコミンテルンのスパイにされてしまいそうです(何で田中義一は首相を辞めたのでしょうか)。「彼の心の中まではわからない」と西尾先生はいいますが、先程のルーズベルトの所で「心理的な要素」については「証拠なんかない」と言い放っています。つまり言いたい放題ですね。ですから表に見えた行動で判断せねばならん(それを前提にしてしか真理は推測できない)のですが、河本大佐の行動については、秦先生の言うように研究があってわかっているのです。
 西尾先生は、「歴史学の専門家的見地」を否定している割には歴史家に証明を求めたり、「現代の歴史研究の主要な舞台は・・・」とか述べていますが、しかし外交史って歴史の華だったと思いますけど・・・ことに近代は。政治史から社会史とかへと広がっていたんじゃないかと。

 さて、ここから更に、この議論の山場と思われる箇所を引用したいのですが、もう既に充分長くて、これ以上引用すると一つの記事の許容量を越えることは間違いないので、ここで一端切り、続きは別記事に回します。

※追記:この記事に続く関係記事は以下の通り。
秦郁彦・西尾幹二「『田母神俊雄=真贋論争』を決着する」評 続き」
『田母神俊雄=真贋論争』を決着する」評 蛇足的まとめ
『諸君!』秦郁彦・西尾幹二対談評への西尾氏のコメントについて
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by bokukoui | 2009-03-05 23:59 | 歴史雑談