「『田母神俊雄=真贋論争』を決着する」評 蛇足的まとめ

 この記事は、

 『諸君!』秦郁彦・西尾幹二「『田母神俊雄=真贋論争』を決着する」
 秦郁彦・西尾幹二「『田母神俊雄=真贋論争』を決着する」評 続き


 の蛇足的なまとめというか、おまけのようなものです。

※追記:更に続きの記事として、以下のものがあります。
 「『諸君!』秦郁彦・西尾幹二対談の評論への西尾氏の批判について」

※更に追記:以上一連の記事が、西尾氏の著書に引用されました。
 「『西尾幹二のブログ論壇』をご恵贈いただく~ぜんざいの塩」

 もっと前に書き足しておく予定だったのですが、諸事多忙且つ体調不良などが相俟って先送りになっているうちに、時機を逸してしまった感もありますが、まあ一応。コメント返信も遅れまして申し訳ありません。

 さて、上掲2記事で、西尾氏のことを延々批判してきましたが、最後に何故このような声が出てきてしまっていて、しかもそれがそれなりの支持を受けているのか、ということについても少し考えてみたいと思います。
 で、西尾氏のブログに寄せられた「歴史というものを年代暗記ではなく、物語として捉える楽しみがある」という声が参考になるのではないかと思うのですが、学校教育における歴史が一般に暗記中心でつまらないと言われ、一方史料の検討というような話は「普通の」人には縁がなく、さてこそパッと見「面白い」方に引かれてしまうことはあるんだろうなと思います(といって、ある程度の暗記はやはり基礎として必要なことも確かですが)。
 別に歴史学に限ったことじゃないでしょうが、学問が発展すればするだけ、外からは分かりにくくなってしまうことはあるでしょう。歴史の場合でも、細かい研究(もちろんそれはきちんとした史料の研究に基づく)を踏まえた通史を示す、それも面白く分かりやすく、というのはたいそう難しいことと思います。秦先生のような「大御所」な先生がそういった仕事をして下さることを期待してしまうのですが、そして実際秦先生はそれに成功された方と思います。ですが、それでも尚影響力はこの程度にとどまっているもので・・・。

 かといって、そういった面白く分かりやすそうなことばかり発表するここばかりが重要とするのは本末転倒です。やはり、事実関係をきちんと検証して積み上げていくことがもっとも根幹となることです。
 話が逸れますが、世間一般で「秦郁彦」といった場合のイメージとしてありそうなのは、「教科書訴訟で国側の証人だった人」「戦史本をいろいろ書いてる人」「南京事件の有名な本を書いてる人」といったところではないかと思われますが、大学で日本近代史をやっていると、秦郁彦といえば『日本陸海軍総合事典』『戦前期日本官僚制の制度・組織・人事』など、多くの人がお世話になる辞典の編纂者としてもっとも親しまれていると思います。みんながみんな盧溝橋事件の研究などをしているわけではありませんので。いや、『諸君!』はまだいいのですが、書店で平積みになっている『正論』『WiLL』とかの題名を見ると、日本近現代史とは南京の死体の数を数えることと誤解している人がいるのではないかという懸念にとらわれることがあるので・・・。
 話が逸れましたが、基本的な事実関係をきちんと抑えてまとめるということが歴史の基盤であるということは、秦先生の仕事からも分かるということです。

 では、その基盤を守りつつ、かつ今回のような不幸な事態を避けるためにはどうすればいいのか、といえば、歴史教育で「史料」(文書に限らなくても)に触れるという経験をして、その扱い方のごくごく基本的なところだけでもちょこっと触れる、という教育を取り入れては・・・というのはもう前にも書きましたね。この対談のきっかけになったアパグループの顕彰(懸賞)「論文」について書いた時も、更に以前、戸井田とおる議員の問題発言から史料について書いた時も、結論としては同じことになっています。しかし、同じことをしつこく言い続けることも大事だろうと思っております。「歴史を大切にする」ことは決して自分の思いを人に押し付けることではないですし、また史料を読んで読み取るという練習自体は、社会のどの局面でもなにがしか役に立たないこともないでしょう。
 で、学校現場でそれのできる先生が足りない、そんな面倒なことをやってる暇は先生にはない、というもっともな問題がありますが、ここは全国の日本史の院生を全国の学校でティーチング・アシスタントとして臨時に働かせればよいのです。こうすることで研究と普及とがつながり、かつ歴史研究者養成の層の厚みも増すということで。
 ・・・こういう政策実現のためのロビイング団体結成は夢ですが。でもその圧力団体が歴史のためになることは、教科書だの南京だの慰安婦だので請願を出してきた如何なる団体とも、全く桁違いのことになるのです。
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by bokukoui | 2009-03-13 23:19 | 歴史雑談