ダイヤ改正当日 最後の「富士・はやぶさ」到着を迎える

 先日「各人自分の思い出のシーンを心に抱えていてばいいのであって、それを打ち消しかねないような景色は反って見ない方が良かったのではないか」などと書いていたくせに、結局見に行ってしまいました、という話。
 まず、例によってマスコミ報道を幾つかご紹介。

 半世紀の運行に幕 ブルトレ「富士・はやぶさ」
 東京ラスト「富士・はやぶさ」 強風で遅れ、ご苦労様
 「はやぶさ・富士」最終列車が終着、東京駅で最後の熱写

 このところいろいろ追いまくられていて、ブログのコメント返信も思うに任せず申し訳ないのですが、前回の記事を書いてから、14日に用事で出かける途中東京駅に寄り道できそうなことに気がつきました。しかもこの悪天候なので、きっと「富士」「はやぶさ」は遅延しているに違いなく、それもいろいろ好都合でした。
 というわけで、今さらですが写真を幾つかご紹介。といっても、「普通」の写真は、マスコミや鉄道趣味誌などの専門のカメラマンがちゃんとしたものを撮っていることでしょうから、小生が適当に撮ったニッチ的なものを幾つかご紹介したいと思います。
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8番線から9/10番線ホーム(「富士・はやぶさ」は10番線着)の新橋寄りを望む
混乱防止のため緑のロープが張られている

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既に最終「富士・はやぶさ」が発車したため、テープで「大分・熊本」が隠されている

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10番線で列車を待つ人垣
更に後方、東北・上越・長野新幹線のホーム(20番線)から
ブルトレを見下ろそうとする人の群れ

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本来「はやぶさ 東京」となるはずが何故か「熊本」になっている
おまけにずっと前に廃止された「みずほ」が半分見えている

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「富士・はやぶさ」到着後 9/10番線ホームを埋め尽くす人

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回送される客車最後尾 テールマークは「はやぶさ」
マナーを守ってフラッシュを焚かなかったらボけました

 折からの悪天候で、予想以上の90分も遅れておりましたが、文句を言う乗客はいなかったことでしょう。
 人出は多く、それを整理するため駅員のみならず警官まで来ていましたが、さほどの混乱はなかったようで勿怪の幸いでした。個別にはアレな人も目に付きましたが、詳述は避けます。
 なお上掲リンクに挙げた共同通信ニュースで、「列車が、ゆっくり止まると「ありがとう」と声が上がった」というのは厳密には間違いではないかという気がします。小生が聞いた範囲では、「声が上がった」のは、乗客を降ろして車庫へと引き上げていく時のことだったように思います。「声が上がる」ということについても多少思うことはありますが、これも詳述を避けます。

 新幹線ホームから写真を撮ろうとしている人が予想以上に多いのには驚きました。新幹線は本数が多いから、ホームに始終列車が止まっていて、20番線から10番線を見下ろすのは難しいだろうと思ったのですが、あの時間帯の新幹線の編成よりも、寝台特急の編成の方が長いので、うまいこと見えるんですね。それにしても、昨日今日で新幹線入場券の売上げはどれほどになったのでしょう。
 小生も新幹線ホームに行ってみようかと思ったのですが、地下鉄で東京まで来てJRの切符を買って乗ったため、自動販売機で新幹線の入場券が買えないという事態に陥り、窓口が混んでいたので諦めざるを得ませんでした。こんなシステムだったかな? 東京の新幹線ホームへ入場券を買って入ったのは、随分前、山陽新幹線を最後にJR全線完乗を達成された(確かグランドひかりのグリーン車に博多から乗り通して来た)畏友たんび氏を、ホームで万歳三唱して迎えに行った時以来だったので、どうも思い出せません。
 新幹線ホームではないですが、隣の8番線から撮った写真が多いのは、やはり九州行き寝台特急は隣のホームから覗き見るのが伝統・・・あ、『点と線』の時はまだ雑多な客車寄せ集めで、ブルトレじゃなかったっけか。とまれ、これで定期の九州直通旅客列車はなくなったわけで、関門トンネル開通以来の(東海道・山陽本線を直通して全線走破する列車とすれば明治以来の)歴史に終止符が打たれたわけです。

 列車の廃止に至った要因については、東雲氏が分析を試みておられるのでそちらに譲ります。

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父親に肩車してもらって、進入する「富士・はやぶさ」最終列車を見つめる子供
彼はこのことを将来思い出すだろうか?

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by bokukoui | 2009-03-16 23:59 | 鉄道(時事関係) | Trackback | Comments(2)

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Commented by 無名 at 2009-03-22 10:41 x
小生の母親にブルトレの思い出を聞くと、
「佐世保に仕事で行くときに使った。」
とのことでした。
70年代までは米軍関係の仕事の人も多く横須賀、福生(立川)、佐世保を回る人が多かったようです。
Commented by bokukoui at 2009-03-22 23:47
70年代までがブルトレの全盛期だったというべきかも知れません。
佐世保行きのブルトレは比較的早くになくなりましたが、あれは競合交通機関の発達以上に、佐世保の沈下によるものの気もします。
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