「生きた靖国の神様」

 先日、このところ会っていない研究室でかつて一緒だった友人から手紙が送られてきて、はじめてこのような施設の開設を知りました。準備作業に関っていたようです。

 しょうけい館(戦傷病者史料館)

 靖国や昭和館のすぐ近傍です。3月21日開館だそうで、関心のある向きは是非どうぞ。

 ところで、表題の言葉は『日本残酷物語5』から引用したものです。1923年に戦傷病者(当時の言葉で言えば「廃兵」)たちが恩給などの待遇改善を求めて示威運動を行った時の、プラカードの文句の一つだそうです。運動の結果改善はされましたが、それでも同書によれば戦後も「五体健全な旧軍人の恩給額が、傷痍軍人のそれをはるかに上回っている」とあります(この本は「物語」であり、どこまで事実関係が正確かは分かりかねますが)。
 ともあれ、「靖国」と比べると戦傷病者、傷痍軍人は余り語られてこなかったように思われます。それは、実も蓋もないことを言えば、死んでしまった人ならば生きている者が勝手に何をどう「追悼」や「顕彰」しようと文句を言いに来る心配はありませんが、傷痍軍人は今ここに生きている人々であったから――のように思われてなりません。そして、傷痍軍人の史料館が今頃になって開館するのも、生きている存在であった傷痍軍人がほぼ過去のものとなってしまうような時期となったから、なのではないかと思いたくもなるのです。
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by bokukoui | 2006-03-05 23:59 | 歴史雑談 | Trackback | Comments(3)

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Commented by spade at 2006-03-06 00:54 x
それもあるかもしれないが、傷痍軍人に関しては騙りも多分にいたのではないかと思われるのですよ。傷痍軍人の方に敬意を払いこそすれ悪意はありませんが、私の愛する蛇腹楽器が傷痍軍人のイメージと結びつきがちなのは勘弁願いたいのが本音です。
Commented by 労働収容所 at 2006-03-06 01:18 x
恩給の額は在職年数と退職時の俸給で決まるようなので、無事に定年退職した者と入隊して早々と(戦地勤務は恩給計算上数倍時間の扱いのようですが)負傷し除隊した者では差が出るのでしょう。傷病兵には通常の恩給以外に別途支給されるはずですが、昨今のような無駄に長生きするご時世では相対的に少なすぎるということになるのかもしれません。
ただ総務省の説明を読んだ限りでは、もっとも少ない傷病年金を受け取った際でも通常の恩給よりも高くなる計算になるはずなのですが、何か色々あるのでしょうか。

余計な茶々を入れる人物がすべて故人になった後でモノを語るのは愉快なことだと思っていましたが、そのような人物は何時の世も存在し、それらが故人になるのを待っていたらこちらが先に死んでしまうと思われるので待つのをやめました。
「時が熱狂と偏見を和らげ、理性が虚偽からその仮面を剥ぎ取る暁」とは何時訪れるのでしょうか。私は自分が生きている間にそれを見る希望を持てません。
Commented by bokukoui at 2006-03-07 01:21
>スペード16氏
傷痍軍人を騙った連中は戦前からおりましたが、かといって、それを口実に傷痍軍人を語ってこなかったとすれば、まことに悲惨な話です。
あと、アコーディオンから傷痍軍人を連想する年齢ではお互いないような気もしますが。

>ラーゲリ緒方氏
制度の問題は不勉強なので、恩給をやっている研究室の人に聞いてみようと思います。
時は、或いは存在しなかった熱狂や偏見を後から創造してのけることもあるでしょう。「愉快にモノを語る」ときは訪れないでしょうが、そもそもモノを語ることの価値が、「愉快さ」に浸りきらないところから生まれるのだとも考えられます。
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