岩手・宮城内陸地震から一年 そして人を悼むことについて若干

 20名を超える死者・行方不明者を出した、岩手・宮城内陸地震から一年が過ぎました。つい先日になって漸く遺体の発見された方がおられたそうですが、今なお発見されない方もあり、また復興については今なお、という状況のようです。

 地震発生の日付は2008年6月14日ですが、昨年もこの日付で地震と追悼記事を書いておりますように、地震当日は一日出かけていて何も知らず、翌日になって知人からの連絡で岸由一郎さんの遭難を知ってびっくりしたという経緯があり、小生としてはこの日付で書く方が何となくしっくりします。
 今思い起こすに、岸さん遭難の連絡を受けた時も出かけていましたが、それはちょうど、自分も出くわした通り魔事件から一週間後の秋葉原に行っていた折でした。その時は、電話で聞いただけで何ともピンと来ないというか、全く実感が湧かないというか、不思議な感じでした。

 岸さんの人となりなどについては、リンクを張った小生の昨年の記事やウィキペディアをご参照下さい。
 事件から一年の時を経て、幸いにというか、鉄道に関するブーム?は根強く続いているというか、拡散しつつもそれなりに落ち着いて続いているような感じです。JR東日本の鉄道博物館の成功に嫉妬したのか、JR東海も対抗して博物館を作るそうで、このような状況でこそ岸さんのように、詳しくてかつ子供や普通の人に面白さを説明するのに長けた人材が必要なのに・・・(もっとも商業主義的色彩の強い鉄道博物館と、岸さんの思想・活動とは乖離している面があり、もし岸さん存命の場合それが表面化した可能性は否定できません)。
 小生はことによると来月、くりはら田園鉄道の跡地に足を運ぶ機会がありそうなので、その際に岸さんが志した事業の現況(地震でこれも一頓挫という話も漏れ聞きましたが)を見ることが出来れば、と思います。


 このような追悼の言葉は昨年も書きましたし、また小生もこれに補足してまだまだ詳しく書くことは出来ます。しかし、書いていてふと思うのですが、自分にこのようなことを書く資格があるのかと思うこともあります。

 このブログの前回の記事は秋葉原事件一周年についてでしたが、そこで書ききれなかった「追悼」のことについて、岸さん個人の追悼とは離れてしまいますが、地震と通り魔と連続して考えると頭の中でもやもやすることがあって、何か形にしたいと思います。論理的でもない思いつきですが。







 全く個人的なとりとめもない思念であることをご諒承下さい。

















 なにさま岸さんの遭難の連絡を最初に受けた時と場所ゆえに、ついつい秋葉原の事件と関連させて考えてしまうのですが。
 小生は秋葉原の事件の際、人が刺されたところや、轢かれて倒れているところや、道路に広がった血だまりを見たりしているのですが、それで何か精神的な強いショックを受けていたような記憶がありません。同じ時間、極めて近い距離で起こった人の死傷より、遠く離れた場所で起こった、時間的にもずれた状況で伝聞した知り合いの死の方が、より感情の上に何か、それはその時点でのショックとはまた違う、じわじわとあるところまで深まって、その後浅くなりつつもずっと続いている、そんなもののような気がするのですが、そのようなものを残した気がします。

 秋葉原事件一周年を伝えた日経新聞の記事では、見出しに「人ごとではない」と大書されていましたが、これは追悼に訪れた人の言葉でした。確か遠くから夜行バスで来た人とか説明があったような気がします(いま新聞の現物がないので記憶に頼って書いております)。それを読んで、所用をやりくりしてまで追悼に秋葉原には行くことはなかった小生はいたく感心しつつも、同時に多少違和感のようなものを感じもしました。
 追悼に訪れた方を批判するわけではないのですが、やはり「ひとごと」は「ひとごと」ではないか、そう思います。自分自身や関係ある人が巻き込まれた、或いは経済的などの強い影響を被った、というような人に較べればもちろん「ひとごと」なのであって、そこで「ひとごとでない」と主張するとはどういうことなのか、と考えてしまいます。
 しかしもちろん、それは「ひとごと」であるから発言すべきではない、ということではありません。多くの出来事はほとんどの人にとって「ひとごと」ですし、大部分の国民を巻き込むような事態は巨大すぎてかえって全体像はあらゆる人にとっての「ひとごと」になります。
 大事なことは、小生が思うには、「ひとごと」は「ひとごと」であって、しかしそれを認めた上で、社会の一員としてできること、なすべきことはあるのではないか、ということです。それはそれで、社会的な追悼としての大切な意味を持つと思います。身近な人を失ったことへの個人的感情の追悼と、社会的な追悼を混同してしまわないことは、大事なことです。あまりぴったりした例ではないかも知れませんが、休刊になった雑誌『諸君!』末期の、秦郁彦先生と西尾幹二氏との対談の時、秦先生が西尾氏を「死んだ人を盾にとるのこそ、不遜だと私は思います」というような事態が起こってしまいます。
 もちろん、「人ごとではない」と新聞の取材に応えられた方も、その言葉自体は修辞の綾であって、社会的な追悼として秋葉原に来られたのだと思います。


 しかしこのようなことを書いていると、一般論としてはもっと整然と論じられると思いますが、こと今回の件についてはうまくまとまりません。自分は無関係というにはあまりに深い関係を有しているけれども、当事者を名乗るにはあまりに周縁にいる、そんな中途半端さを感じます。完全に遠くのこととして一言で済ませるわけにはいかず、かといって心余りて言葉足らぬ当事者でもなく、では中間だからといって饒舌になれるわけでもなく。


 どうにももやもやは、今年の段階では片付けられなさそうです。 
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by bokukoui | 2009-06-15 23:59 | 思い付き | Trackback | Comments(0)

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