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さよなら交通博物館 建物の解体状況(1)
 ここしばらく、論文はじめ山積する所用に追われ、追われていると心身共に碌でもない状況になり、すると所用がますます片付かないという悪循環にはまっておりましたが、つまりよくあることというわけです。そうこうしているうちに月も変わって寒くなってきました。
 で、居並ぶ所用に無理矢理区切りをつけて、以下に話題を一つ。

 もう三年半も経ってしまったのですが、2006年5月に神田にあった交通博物館が閉館しました。閉館後、南側に建っていた別館は比較的早くに撤去されましたが、本館は入口には閉館を告げる看板を掲げたまま、あまり変わらぬまま建っておりました。小生はふとしたご縁で、閉館二年余後の交通博物館の中に入れていただいたことがありますが、なにせヘリコプターがまだ釣ってあったくらいでした。
 しかし鉄道博物館も開館して早2年、とうとう交通博物館本館の解体が始まりました。小生は時折秋葉原に足を運びますが(最近は史料撮影用にデジカメの新調を検討中)、その際の曖昧な記憶では、先月頃まではあまり変化がなかったのが、先月後半頃だったかに建物の一部に仮囲いが施され、解体工事が本格化したようです。
 やや手遅れの感もありますが、交通博物館の最後の姿を記録しておきたいと思います。
交通博物館本館をお茶の水方から望む かすかに「交通博物館」のロゴの跡が残る
(この写真はクリックすると拡大表示します)


 かつての入口のあったあたりから、順に見ていきましょう。
入口や券売機のあったあたり

 このへんはすっかり囲われてしまっています。

 交通博物館を閉館にした理由の一つに、建物が古すぎてエレベーターがないのが、現代の公共施設として問題ということを聞いた覚えがありますが、従って交通博物館で上の階に行くには階段を使うしかありませんでした。その階段は、建物から半ば飛び出したガラス張りの階段室になっていて、外見上も中からも、交通博物館の特徴となっていたものでした。上に挙げた写真にも、西側の階段のガラス張りの様子が写っています。
 そして、階段はもう一カ所東側にもあって、というか、入場してすぐのところにあるこちらの階段の方がよく使われていたと思うのですが、そこは早くも解体され、このようになっていました。
解体された西側の階段室
(この写真はクリックすると拡大表示します)

 ガラス張りの外装は完全に撤去され、半円形に飛び出していた踊り場も一部解体されて、中の鉄筋が糸のように垂れ下がっています。建物の外見が大きく変化し、やはりなにがしか寂しさを感じざるを得ませんでした。
解体された階段室を反対側から望む
(この写真はクリックすると拡大表示します)

 階段室の横手の、2階にある扉は、先に撤去された別館に続くものですね。

建築計画の看板
(この写真はクリックすると拡大表示します)

 建築計画の看板が立っていました。要するにJRはここに商業ビルを建てて一儲けを企むために、エレベーター未整備等を理由に大宮に博物館を追い払った・・・というのは邪推に過ぎるでしょうが。ビルは来年6月着工予定、2012年12月完成予定ですので、来年の早いうちに交通博物館の建物は取り払われてしまうのでしょう。

南側から望む建物の外観

 ここはまだそれほど解体工事の手は及んでいないようです。

西側の階段室付近
(この写真はクリックすると拡大表示します)

 最初に掲げた写真と同じ付近です。こちらの階段室はまだ原状のまま残っています。

一部撤去されたと見られる周辺
(この写真はクリックすると拡大表示します)

 一つ上の写真の、右手の壁面付近を拡大しました。一部続いていた建物が撤去されたのでしょうか。また、足場が大量に積んであることからすると、この辺もまもなく囲われてしまうのでしょうか。
 また、ここらへんでは、煉瓦積みの中央線の高架橋の下でも工事をやっていました。元々高架下を利用して交通博物館は設けられ、専用の建物ができてからも倉庫として使われていましたので、交通博物館の倉庫だった高架下を、移転に伴って改修しているのかと思われます。

館内になおも残る展示の名残

 最後に、塀の隙間からよくよく覗き込んでみたところ、閉館時の展示の名残がまだ残されていることが分かりました。これは6枚目の写真「南側から望む建物の外観」に写っている開口部から建物内部を望遠で撮影したものです。

 あまり楽しい話題でもないですが、今後も機会を見て状況をお伝えできればと考えております。

※追記:翌月の状況はこちらをご参照下さい。

※更に追記:その後の状況は以下の記事をご参照下さい。
 さよなら交通博物館 建物の解体状況(3)
by bokukoui | 2009-11-08 23:59 | [特設]さよなら交通博物館 | Trackback(1) | Comments(4)
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Tracked from 障害報告@webry at 2009-11-09 23:47
タイトル : ここは酷い傍観者ですね
春の戴冠読み終わった 辻邦生はヒャッハーな現世を醒めた目で見ている傍観者が 豊穣な精神世界に入ることである種の救いを得る、というパターンが多い 西行花伝なんかは明確にそういう感じだったよね ヒャッハー部分を読むだけでも歴史小説として元が取れるわけだが 精神世界の面はまた歳をとってから考えようと思う 春の戴冠はメディチ家の羽振りのよかったフィレンツェの最盛期を舞台に ボッティチェリを友人が主人公で、回想録の形で語る物語である つうかメディチ派の有力な商人の家で叔父は有力な政治......more
Commented by めかちゅーん at 2009-11-11 10:24 x
当館はル・コルビジェに師事した方の設計とも聞いていますので、こういった趣のある、また思い出深い建物が消えるのは寂しいですね。

余談ですが、先日大阪に行った際、交通科学博物館を覗いたのですが、誉をはじめとして旧交通博物館展示物が結構あったのが驚きでした。(所蔵:鉄道博物館となっていましたが)
Commented by bokukoui at 2009-11-12 00:02
>めかちゅーん様
仰るとおり寂しいですね。昔のコンクリート建築は、真面目に作っているという面では今のものより立派ともいえますので、改修して残す道が無かったかと思うのですが・・・

交通科学館に誉があったとは! 来週学会で行くので見に行ってきます。
Commented by 箕輪伝蔵 at 2009-12-02 20:56 x
アールデコ調(?)の雰囲気が感じられるいい建物でした。過去形が残念ですが・・・。
前身の駅も含めて、このような遺産を失うのは、残念なことです。郵政本社以上に・・・。
Commented by bokukoui at 2009-12-03 13:46
>箕輪伝蔵さま
コメントありがとうございます。
何というか、このあたりの建物は、今に通じるスマートさがあったためにかえって目立たず、損をしてしまった建物かも知れませんね。最近取り上げた宇治電ビル(http://bokukoui.exblog.jp/12317442/)もそうですが。
国鉄本社もそういえばなくなりましたし。
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