「宇治電ビル」(近日解体予定)を見に大阪へ行く

 初手からなんですが、本記事の表題には誇張があります。小生は目下、某学会の大会で大阪に来ておりますが、そのついでに表題の宇治電ビルを見に行ったまでです。某学会も大変面白く、今後の研究にいろいろ参考になりましたが、それを詳細に書いている暇はありませんで、代わりに宇治電ビルのご紹介などをしてみようかと思います。
 ところで宇治電とは、戦前の日本の五大電力の一つ・宇治川電気のことで、社名のように宇治川の水力発電に端を発し、関西地区を地盤とした会社で、一時は現在の山陽電鉄を支配下に収めていたりもしました。もっとも関西では、大阪・京都・神戸は電気事業が市営化されており、郊外は電鉄会社が電力供給区域を有していて、関東の東京電灯・中部の東邦電力ほどの圧倒的支配力を発揮することは出来ませんでした。五大電力の三番手といったところです。
 そんな宇治電が1937年に建てた9階建ての本社ビルがこの宇治電ビルで、電力国家管理が行われて宇治電が解散に追い込まれてのち、関西電力が発足するとその所有になりました。現在は関電の関係の不動産会社が所有しているようです。宇治電が消えてもその名を現在に伝える存在でしたが、残念ながら取り壊して再開発することが決定したそうです。昭和初期の鉄筋コンクリート建築なんてまだまだ頑丈そうなのですが、今時地上9階では駄目ということでしょうか。

 というわけで、現在電鉄業から電力業に研究の手を広げつつある小生、開業した京阪中之島新線や阪神なんば線はいつでも乗れると無視して、学会開始前のひとときに急いで見に行って、写真を撮ってきました。以下にご紹介。今回の記事の写真は、基本的にクリックすると拡大表示します。
 ビルの所在地は上掲リンクにありますが、大阪駅から南東方向に徒歩15分くらいの所にあります。曽根先警察署の先を右に折れ、太融寺の前を通って南下すると、大通りの向こうに宇治電ビルが見えてきます。
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新御堂筋のランプの向こうに姿を見せる宇治電ビル

 正面の白っぽいタイル張りのビルが宇治電ビルです。この写真でも、宇治電ビルにはなにやらレリーフが取り付けられていることがお分かりいただけようかと思います。



 宇治電ビルは高さが9階ありますので、全景を撮るにはかなり下がらなければなりません。しかし周囲も立て込んでいるのでそれは難しく、おまけに正面の道路には新御堂筋のランプがあるのでますます大変です。
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宇治電ビルの全景

 信号機とランプが邪魔ですが、全景を写した写真ではこれが一番マシでした。周辺のビルにでも登らないかぎりこれ以上は無理です。
 更に接近。
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宇治電ビルの正面を斜めから望む

 なかなかシャープでスマートな感じのビルで、70年前のものとは思えないくらいです。それでいて、レリーフやベランダが程よいチャームポイントになっています。
 ビルに更に接近して、道路から見た感じを。
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宇治電ビルを通りから見る(1)

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宇治電ビルを通りから見る(2)

 このビルのチャームポイントは、やはりまずレリーフですね。
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宇治電ビルのレリーフ 雷雲と女神
(この写真は拡大表示しません)

 雷というところが電力会社らしいですが、それで雨が降って水力発電、という意味もあるのでしょう。そして女神は電球を持っているようです。
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真下からレリーフを望む

 ビルのそばに立ち、真上のレリーフを見上げると、女神様と目が逢った気がふとしました。

 もう一つのチャームポイントは、ビルの入口の看板です。
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入口の「宇治電ビルデイング」の文字
(この写真は拡大表示しません)

 これは味がありますね。それにしても、戦前なら「宇治電ビルヂング」とでも書きそうな気がしますが、当初から「ビルデイ(ィ)ング」だったなら、表記からして先進的ですね。
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「ン」の点や「デ」の点の支え方
(この写真は拡大表示しません)

 切り抜き文字はこんな風に支えられていました。

 それでは、ビルの周りを一周してみましょう。ビルの向かって左側面の道に入り込んでみます。
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宇治電ビルの脇の路地
(この写真は拡大表示しません)

 ここは道が更に狭く、建物も密集していますので、ますますビルの姿を見るのは難しくなっています。そんな中で何とか撮ったのが以下の一枚。
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宇治電ビルの側面を電柱越しに見上げる

 電柱が邪魔な一枚ですが、しかし電力会社のビルと思えばこれも一興と言うべきかも知れません。・・・あ、でもこの辺の配電事業は宇治電じゃなくて大阪市営か。

 さて、この宇治電ビルの裏手には、ごくありきたりな感じのモルタル仕上げの建物が建っていますが、その名前は「宇治電ビルガレージ」です。このビルの駐車場なのでしょうが、建築時期は違っているのでしょうね。
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宇治電ビル裏手の宇治電ビルガレージ
(この写真は拡大表示しません)

 肝心の看板の文字が読みづらくてすみません。
 ガレージの裏には更に建物が建て込んでいますので、半周してビルの反対側の路地に進みます。するとそこは、ガレージの出入り口がありました。
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宇治電ビルとガレージ
(この写真は拡大表示しません)

 白っぽい建物がガレージで、宇治電ビルはやや茶色っぽく写っています。光線の関係でちょっと色が変ですが、これが宇治電ビルの裏手です。
 裏手から宇治電ビルを見上げるとこんな様子です。
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宇治電ビルの裏手(1)

 窓の大きさが異なっているのが、ちょっとアクセントになっています。
 余談ですが、このビルの裏手の駐車場入口は以下のような感じなのですが、
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宇治電ビルの裏手(2)

 なんだかやけに有刺鉄線や忍び返しの棘が頑丈です。近所のビルはここまで頑丈ではないし、まさか「電力戦」(五大電力間の需要家争奪戦)だけにライバルの日本電力の攻撃を恐れたのか(笑)。1937年当時はカルテルの電力連盟があったので、既に派手な需要家争奪戦は過去のものではありましたが。
 閑話休題、このあたりから宇治電ビルを見上げてみました。
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宇治電ビルを見上げる

 さて、これで大体一周したので、あと細かいところを補足。
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地下1階のための明かり取り窓
(この写真は拡大表示しません)

 これはビル正面に戻って、そこにある明かり取り窓(多分)を撮ったもの。できればビルの中からもこの窓の様子を見たいのですが、シャッターが閉められて立ち入りは叶わず。地下の飲食店はまだ営業しているようですが。
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換気口とタイルの様子
(この写真は拡大表示しません)

 これもビル正面に開けられていた換気口(多分)とそこをふさぐ金具です。単純な並行に並んだ棒ではなく、ジグザグに折れたデザインになっていて、細かいところにもこだわっています。電力会社のビルだけに雷風でしょうか。
 また、これでタイルの様子もお分かりいただけようかと思います。昭和初期のビルには、スクラッチタイルといってタイルの表面に溝を彫った意匠のものが多く見受けられ、例えば東大の安田講堂とか震災後の建物(これらは大正末ですが)なんかもそうなっています。もっとも東大のは、彫った溝が表面にそのまま出ている、煉瓦のような地肌のタイルですが、宇治電ビルのタイルは、溝を彫った上に厚く釉薬をかけた(ペンキを上から塗ったのではないと思う)感じで、一見白っぽく、しかし微妙な肌合いのある、凝ったものです。

 以上長々とお送りしてきましたが、70年前のものとは思えないほど一見シャープな装いでいて、細部を見ていけば手間をかけられた昔の意匠が伺える(昭和12年4月竣工だそうで、まもなく日中戦争が勃発して鉄筋コンクリートの巨大ビルは資材統制で建てられなくなってしまいます)味わいのある建物です。取り壊しは大変残念で、関電の歴史上のみならず関西財界史上重要な建物と思うですが・・・松永安左エ門や小林一三など多士済々の五大電力の経営者中、宇治電の林安繁は一番地味のような気もするので(苦笑)、そのへんが保存のために注目されなかった理由なのでしょうか。
 とりあえず、近代史にご関心があって訪問の機会のある方は、取り壊し前にぜひ御一見を。

※追記
 夜の宇治電ビルの姿をおまけに(デジカメが古いので画質はいまいちですが)
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※更に追記
 コメント欄でご指摘いただいた誤記を訂正しました。
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by bokukoui | 2009-11-14 23:59 | 歴史雑談