後輩が「鳩山首相を暗殺して歴史に名を残したい」と電話してきました

 題名からするとなんだか林先生の「精神科Q&A」みたいですが、そして実際そんな一面もあるのですが、この記事は一応、先日の当ブログ記事「それでも、オタク達は『自民党』を選んだ」の補足みたいなものです。



「鳩山首相を暗殺して歴史に名を残したいんです」

 これは黄金週間が終わる頃の某日、体調を崩して寝ていた小生に、日付が変わる頃電話をかけてきた後輩A君が、開口一番暗い声で発した台詞です。

 小生は「ちょっと待て」とA君に告げ、ベッドから手を伸ばして、枕元に積んである雑多な本を引っかき回し、全国の高校で広く使われていて定評ある某社の、『日本史B』の教科書を見つけました。
 しばし近代の頁をめくった小生は、A君にこう言いました。

「駄目だね。中岡艮一も佐郷屋留雄も教科書に載ってないよ。安重根は載ってるけど」

 その後、この定評ある教科書の編纂に関わられたさる先生にこの話を申し上げたところ、暗殺犯は所詮暗殺犯だしね、まあ逆に渡辺錠太郎みたいに暗殺されて教科書に名前載った人もいるけど、などと仰ってから、歴史教科書に名前を残す裏技を教えて下さいました。
岩倉使節団の写真が載ってるよね。あれのキャプションに名前が出ている山口尚芳は、教科書に名前を載せる程かと毎度話題になるんだけど、『一人おいて』と書き換えても行数変わらないし、そのままになってる。つまり、大物と一緒に写真に写っておくことだ」

 閑話休題、小生は更に意気消沈したらしいA君に、思いつくままこんな解説をしました。戦前の日本の首相は計29人いる。そのうち在職中暗殺されたのは3人、奇跡的に暗殺の危機を逃れたのが1人、辞職後暗殺されたのが3人、辞職後死刑になったのが2人、辞職後自殺したのが1人。首相になる前暗殺されかけたのも2人いるし、戦前の日本の首相は結構リスキーなポストであった。もっとも19世紀末から20世紀初頭は大統領・王や皇帝の暗殺も世界的に多かったが、そんなわけでただ暗殺しただけでは歴史に名は残らない。やはり安重根のような背景事情などがないと駄目である。
 すると電話口の向こうでA君はやや元気を取り戻し、勢い込んで喋り出しました。

「それを言うなら韓国の大統領の方がもっと凄いですよ! 暗殺もいるし、辞任後死刑判決がお約束だし、自殺も・・・」

 小生はA君の言葉をぴしゃりと遮ってこう言いました。

「君はしょっちゅう自殺しそうな声で電話してくるくせに、いつもいつも韓国の悪口を言うとなると急に元気になるね?」

 この辺でA君が何者かについて説明しておきます。A君は、小生の中学・高校(一貫校)・大学を通じての後輩で、しかも中学と大学では所属するサークルでの後輩でもありました。そもそも、中学の鉄道研で後輩として入ってきたのが縁の初めで(一貫校なのに何故か当時「高校鉄道研」はなかった)、その当時から今まで、十数年ものつきあいになります(四捨五入すれば二十年です)。大学ではA君は工学部に進みましたが、その後思うところあって法科大学院に進みました(大学とロースクールは別な大学です)。そして卒業して司法試験を受験しましたが、意の如くならず、現在司法浪人中です。
 で、このA君は、絵に描いたような「オタク」であります。そも彼は天文少年だったと聞きますが、小生と彼の出会いが鉄研であったように、そこから鉄道趣味に進んだのでした(乗り・模型)。それと並行して、佐藤大輔の架空戦記当たりからミリタリー方面にも足を踏み入れていました(WW2海軍中心)。高校進学前後頃から、所謂狭義の「オタク」、今でいうアキバ系へ進出したようで、小生のうろ覚えの記憶では、A君はレイアース→エヴァンゲリオン→Leaf→key→月姫→君望→August と、苔も付かぬ転がりっぷりを示してきました。資金の投入先もこの分野がメインとなり、同人誌即売会に通うと同時に、「萌え」系のトレーディングカードゲームにも相当の資金投下を行って足繁くカードゲームのゲーム会場に足を運び、またマンガやアニメの趣味はよく知りませんが、一頃『ローゼンメイデン』にははまっていた、そんな人物です。

 そしてA君は、「オタク」にまま見られる、コミュニケーションの困難さ故の生きづらさを人一倍抱えています。彼がそのようになった理由について小生はかなりの程度推測できますが、あまりに個人的なことなので(一応本記事執筆に際し、A君から氏名住所レベルの個人情報以外は何を書いても良いとの諒解は得ていますが)詳細は控えておきます。読者の皆様におかれましては、本記事1行目から2行目にかけての記述から、含意を汲み取っていただければとお願いする次第です。

 そういうわけで、ただでさえ司法浪人中のA君が生きづらいことは理解できますが、かといって小生は彼のこのような言動に、長年のこととて慣れているとはいえ、げんなりする感情を抱くことには変わりありません。そのげんなり感にはいろいろなものが重なっていますが、一つには自分の生きづらさをヘイトスピーチで相殺しようとすることへの嫌悪感、そして美少女ゲームや鉄道やミリタリーのような彼の趣味は、そのような生きづらさを緩和する上でヘイトスピーチを凌ぐことが、彼の場合出来なかったのだなあというやるせなさです。
 そしてまた、A君の抱える大きな生きづらさを考慮した際、彼が実際に韓国人の方に迷惑をかけるような行動をしていないのであるから、彼がそのような感情を抱くことは、どれほど問題なのだろうとも考えてしまいます。いやしかし、この弥縫策は決して良い結果に繋がらない、そう思って小生は、A君に如上の切り返しを敢えてしたのでした。

 A君が他者とのコミュニケーションの困難さに苦しむ理由は、小生は長年のつきあいによってある程度推測がついています。

 まず第一に、彼が世界を「敵」と「味方」に截然と分けてしまう発想の持ち主だということです。コミュニケーションの困難さに苦しむ者にとって、まず自分を受け入れてくれそうな者を「味方」と見なし、そうでない者を「敵」としてしまうのは、長期的にはコミュニケーションの困難性をより悪化させてしまいそうですが、当面の待避策としては批判ばかりも出来ないかも知れません。取りあえず取れるところからコミュニケーションを取っていけば、やがては事態も改善されるだろう。小生にもそう思っていた時代があり、さてこそA君を大学でもサークルに受け入れた(でも、中学でも大学でも、後継人事の決定権を事実上握っていた小生は、A君をサークルの責任ある地位には決して就けないように留意していました)のでした。
 A君がオタク趣味に耽溺したのも、コミュニケーションの相手を探して、という側面があったようにも思われます。

 ところが結果的に、事態は改善されませんでした。それは、A君の敵味方峻別回路があまりに厳しく、その結果、「『味方』は自分と同じ価値観であり、自分が面白いと思うものは同じように面白がるはず」と思い込んでしまっていたからでした。
 これがもたらすのは、オタク仲間からもA君が敬遠され呆れられることが多いという事態です。有体に言えば、彼のオタク談義は面白くないことが多いのです。他人が何を面白がっているのかを考慮することなく発言するからですね。しかもA君としては、それは「味方」への精一杯のサーヴィスのつもりだというから、事態はますます困難になります。上に挙げた、小生が日本近代史を語っているところに突然韓国現代史を持ち出すのも、その一例――これはマシな方――です。
 上に掲げたA君の台詞にある「それを言うなら」というのは、彼の口癖の一つです。彼としては、「味方」へのサーヴィスとして、相手が面白がってくれそうな話柄を持ち出したつもりなのですが、しかしこの言葉を枕に付けられますと、自分だってこのテーマについてはよく知っているぞ、的な対抗意識のようなものを感じなくもありません。

 A君の口癖として小生が耳に馴染んでいるものとしては、電話口で彼が出会った困難な諸状況を延々と愚痴ったのち、「~と思うんですけど、私の言ってることは変ですか?」と締めくくるものでした。困難な状況とは、例えばバイト先で同僚にいじめられたとか、カードの集いでトラブルがあったとか、ロースクールの教授に自分の答案を一蹴されたとか、まあそんなこといろいろです。
 で、この言葉の裏面には明らかに「私は悪くない。悪いのは『敵』だ。そうですよね?」というA君の叫びが隠されています。強固な「敵」「味方」峻別回路を維持する上では、自分の「正しさ」を信じ続けることが必要になるためでしょうか、A君にはたいへん権威主義的なところがあります。もっとも彼の求める「権威」の源泉は、今ひとつ小生もよく分からない所があります。
 取りあえず、A君が法曹に進もうと決意したことも、その表れではないかと小生は考えています。それ以前の彼は、国家公務員一種を目指していた頃がありましたが、彼の周囲は、社会の諸利害の調整役である官僚ほどコミュニケーションが困難な彼に向かない職業はない、と口を揃えて諫めたものの、効果はありませんでした。彼はその後、国家公務員一種の志望理由をこう漏らしました。

「小学生の頃自分をいじめた奴らを、権力を握っていじめ返すんです」
 
 「偉くなって見返す」くらいなら分かりますが、これを聞いた周囲の者(少なくとも小生)は慄然としました。

 そんなA君から、しばしば「どうすればコミュニケーションとかうまくいくんでしょう」と相談されるようになったのは、もうかれこれ十年近くも前からのことでしょうか。小生とて社交的とは対極的な人間ですから、有効なアドバイス役かはかなり疑問です。ただ、彼を比較的長期に知っていること、ある意味コミュニケーションが得手ではない「オタク」気質の者ということでは、妥当かもしれません。
 小生が無い知恵と乏しい経験から考えたのは、要するに人の話を聞けばいいのではないか、自分から余計なことを喋って自爆するよりも、まず相手を立てればいいのではないか、ということでした。特に「オタク」仲間ですと、喋りたがりが多いからそれは簡単なはずで、相手が話したことが面白ければ自分もそれを聞いて覚え、自分の知識充実と共に今後の関係に役立てれば良く、詰まらなければ放っときゃいい。大要そんなことを彼に言いました――かれこれ十年近く。
 つまり、遺憾ながら小生の助言は、ほとんど功を奏さなかったのです。

 それは、A君の敵味方峻別思考と権威主義的なところとが悪い具合にくっついて、他者の異なる価値観を受け入れる余裕がなかったからではないか、などと小生は思います。
 その結果として、A君は「オタク」歴が長く、その分野も結構広いにも関わらず、彼の話が「面白い」と認められないのではないか、と小生は思うのです。知識それ自体は多くても、その結びつけ方が硬直的で、さらに知識のアウトプットの際に、相手の価値観を考慮せず(だって「味方」は同じ価値観の筈なんだから)、むしろ自分だって知っているんだ的な、言い換えれば権威主義的ヒエラルキーで上にあろうとするような(相手はそんなこと考えてないのに)発言をしてしまい、却って相手の不興を買う結果に終わるわけです。
 それでは黙って聞いていればいいではないか、と小生は彼にアドバイスを試みたわけですが、A君曰く、喋っていないと不安でたまらないのだそうです。これもまた、敵味方を峻別する権威主義のもたらした面があるかも知れない、とも思われます。

 A君の起こしたトラブルを語れば、付き合いが長いのでいくらでも具体例は挙げられます。しかし、それはむやみと煩瑣になるだけですから止めておきます。代わりに、A君と小生とをよく知っている労働収容所組合氏のブログ記事を引用しておきます。
有明の劈頭に立ちて感慨無し
(中略)
 今日は7時過ぎに国際展示場に着いて企業の列に並んだ。並んだのは良いのだが、Aさんの気さくな一面を見て少々驚いた。隣の人に気安く話しかけていたのだ。そこまでは良い。
 問題は話の内容だが、どうにも自身のことが多いようで困惑した。自身に関連することを話すのは別に問題ないのだが、どちらかと言うと「典型的な馬鹿女の愚痴」に近いものを感じ、話し相手の方の心情を慮り伏し目がちになることしばしであった。詳細はAさんの全く個人的な部分に触れるので言わないが、簡単に言えば「ブログに書いてろ」という内容だ。

 苦言を呈するつもりはないが、あの場所は曲がりなりにも「オタクの祭典」である。であればこそ、まず発するべきは「お宅はどちらですか」ではないのだろうか。Aさんの話し相手になって下さった素晴らしい方が、寛容なガノタでギアスを見るような平均的なオタクで、最近は昼過ぎから来て島を中心に回ることや、ギャグ系も好きだがむしろ好きな作品ではエロ土人を買う割合が高まっていることなどがわかったのは、彼が友人に頼まれて向かうなのはブースへの岐路の直前であった。
 私が知りたいのは隣のお宅の夕飯であって隣家の不幸ではないので、Aさんに反応に困る身の上話をされてもションボリするばかりだ。逆にAさんは身の上話がしたくて堪らないのだろうが……

 それはともかく私は電通のブースに行って、シャナとナギの抱き枕カバーとシャナとひぐらしのカレンダー(テレカのようなものでカレンダーとしての機能は誰も期待していないゆえ今年度の物でも何ら問題ない)を締めて9000円で買った。さらに八月のブースに行き一式を買い、計14500円を支出した。そして予定通り待ち合わせに失敗し、電源不要を回ってから帰った。
 心配はしていないが、結局これが自腹だということになったとしたら高い授業料だったと思って諦めよう。しかし今日本当に払った授業料は1万円や2万円ではなく、一期一会の相手に対する申し訳なさである。相手もそれなりに長いオタクのようであるから大丈夫だとは思うが、眼前で繰り広げられていたのはまさに「オタクへの偏見」が具現化したような救いのない状況であった。そして私が聖書の編纂者であれば間違いなく「ヨブ記Ⅱ」として組み込んだであろう。
(中略)
 それにしてもAさんは、自分(引用註:労働収容所組合氏)が長年かかって体得した煽り・嫌がらせの技法をまるで何の苦もなくナチュラルにやってのける。もし意識してやっていないのだとしたら才能であり、また私の非才を思い知らされる次第だ。


 長々と身近な人物についての話を書いて参りましたが、一応この記事は先日の「それでも、オタク達は『自民党』を選んだ」(以下「前記事」と略記)の補足であり、ようやくそこに辿り着きます。
 上に引用したブログで、いみじくも労働収容所組合氏がA君の振る舞いを「まさに『オタクへの偏見』が具現化したような救いのない状況」と指摘されましたように、A君はオタクの一般例とはとても言えないとしても、その特殊さは「オタク」的なものの持つ問題点を特徴的に表した、一つの貴重な実例ではないか、と小生は思っています。敵と味方に世界を分けたがり、断片的な知識をうまく一本の筋に纏められず、自分の価値観が正義だと思って、権威主義的に正当性を主張する、そんなところです。
 ああ、A君も自民党大好きでした。半年ばかり前、小生は彼の司法試験対策にと思い、知人の法曹関係者某氏(A君も全く知らない人ではない)と彼が会う機会をセッティングしましたが、しかしその時A君は某氏に司法試験勉強術を聞くよりも、「ぼくのかんがえたじみんとうふっかつだいさくせん」を説くことに忙しかったのでした。ところで小生の知る限り、某氏は基本的にノンポリだったと思いますが、あまり自民党に好意的でもなかったと記憶しております。はてさて。

 A君のことはちょっと措いて、二、三、前記事の補足らしいことを書いておきます。
 前記事にトラックバックいただいた憑かれた大学隠棲氏の、かねてから説かれている「兼業オタク」の重要性を指摘する議論は、それ自体まったく異論はありません。しかし、兼業によって様々な分野の知識や考え方を纏めて、自分なりの立場を出せるというのは、現状において多数派といえるかは疑問です。小生が感じたような、規制反対運動の頓珍漢さを生んでいるのは、諸分野をつなげる軸がないことに起因しているでしょう。
 憑かれた大学隠棲氏の指摘「今見られるのは『オタクの政治』ではなく『政治のオタク』である。かつかなりヌルヲタ」もまたその通りだろうと思いますが、ヌルオタなのでちゃんと軸が出来ていないのです。何でそう選んだか、という選択の理由が、そもそも合理性を諸情報の集積から判断するという過程を経ていないのです。

 そういった「オタク」問題点を考える上では、メイド趣味業界の重鎮である鏡塵さまのブログ「アルクトゥルスの25度下」の、以下の記事に示唆されるところも大きかったと、ここで御礼旁々ご紹介させていただきます。

「にゃんにゃんぴっぴにゃんぴっぴ、なの」
「愛冠ですかそうですか」

 これこそ多分野にまたがる思考の面白さを十全に発揮した例と思います。そういった、諸事実をつなげていく精神よりも、バラバラのセグメントをつまみ食いに消費する方が、「オタク」の大衆化の引き替えに起こったことはあると思います。大衆化を一概に否定するのも愚かですから、この二つのあり方の間の架橋が出来れば良かったのですが・・・狭義の「オタク」業界がある種、世代間の作法の継承に失敗した(その責はむしろ上の世代が大きいかも)とは言えるかも知れません。不幸なことですが、今からでも遅くもないと思いたいです。

 あと、自分のブログの過去記事で、もう一つ参照していただければと思うのは、「『建国記念の日』に思う 『条件付き愛情』的な『愛国心』」です。敵味方に分けた上での排他的な攻撃精神と愛とは異なることをご理解いただきたく。余談ですが、自分で書いておきながらこの記事の存在をすっかり忘れていた小生、『つぼみ vol.6』と一緒に買い込んだ『こどものじかん 8巻』を読んで「条件付き愛情」を思い出し、前記事でこれをリンクし忘れていたことに気がついたのでした。

 最後に、そんな非常に付き合いづらそうなA君と、なぜ小生は関係を断たないのか、ということですが、それは長年の付き合いがある、という最大の理由や、どうも彼が小生のほか愚痴る人間がいないらしく、流石に可哀想という同情心(しかしもしかすると、A君が小生にもっぱら電話してくるのは、金欠のA君が携帯電話ではなく自宅の電話を使い、長話をしても発覚しないという条件を満たすのが小生のみという地理的理由かも知れません。同じ市内なのです)もあり、その背景には、自分とA君の差は紙一重とまでは行かずともトタン一枚くらいでしか無いかも知れない、という思いもあります。
 しかしまた最近思うに至ったのは、これだけの示唆を与えてくれるA君の存在は、小生にとっていわば「神が与え給うた試練」ではないかということです。その「神」が何なのかはよく分かりません。多分ヤハウェやアッラーや大日如来や天照大神のようなメジャーどころではなさそうです。アタオコロイノナあたりでしょうか。

 これが試練である証拠には、「鳩山~」にはじまるその夜、小生はA君が電話口で時に泣きながら苦衷を訴えるのを聞くこと4時間に及び、その後小生は再び熱を発して二日間寝込みました。まだまだ修行が足りないようです。
 で、また念のために書いておきますと、A君みたいな人がいるからといってオタクは駄目だ、表現規制反対運動なんかやるだけ無駄だ、なんてつもりはさらさらありません。むしろ逆です。A君のような人の人権を擁護してこそ、この社会はよりよいものになるのです。ここで手を引くことこそ、むしろ敵味方に世界を分かってしまう発想に近いでしょう。

 例によって全然纏まっておらず、余計話が拡散する一方ですが、それもまた修行中の身故ご海容下さい。なにがしか参考になるところは有ろうかと思います。有り体に言えば、さすがに小生もA君から愚痴られたものを一人で消化できず、再保険みたいに他に付けを回しているだけとも言えますが・・・。

※A君のその後の状況については以下の記事をご参照下さい。
もっとも、読む意味があるかは書いた人間にも分かりません→

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by bokukoui | 2010-05-22 23:59 | 思い付き