続レポ・「マンガの性表現規制問題徹底討論」および雑感

 存外に長くなって、更新にも時間がかかっておりますが(追記:完成したのが当初アップしてから1ヶ月以上もかかって済みません)、「レポ・月刊『創』プレゼンツ『マンガの性表現規制問題徹底討論』」の続きです。

 承前の記事で述べたころまでに既に22時を回っており、ここで会場から質問や発言を募ることとなりました。実際の応答では質問の内容が幅広い場合後回しにして他の質問と応答を先にした場合もありましたが、以下のレポでは個々の質問や意見・それへのパネラーの発言を、適宜編集して個別に対応した形で書こうと思います。



 というわけでフロアに意見が求められましたが、こういう時に良くありがちなことで、先陣切ってぱっと手を挙げる人はいませんでしたので、折角の機会だし、民主党の都議からの話もあったし、とこそこそ挙手。例の『リュウ』読者投稿欄の、都条例問題の元凶を民主党と河野太郎に求めた奇妙な編集者コメントについて大野編集長に問いただします。質問中「明らかにネトウヨだ!」と野次っていた人もいましたね(他にも本件について問いただす意図をお持ちの方もおられたようでしたので、先に手を挙げてみたということもあります)。
 大野編集長曰くは、校了間際で急いで見ているので、余程の差別表現のようなもの以外はスルーしてしまうもののようです。個人的にはこれは、明らかな誤植レベルの間違いとは思いますが、作業上はやむを得ないことでしょうね。書いたのは編集者か下請けのライターか、不分明なようですが、全ての編集関係者が編集長と同じ意図を持っているべきというのも偏った発想ですから、ある程度の幅は許容されるべきでしょう。
 壇上の司会の篠田氏がこの質問を嫌がっておられるご様子でしたし(苦笑)、大野編集長にお答えいただいた御礼を述べて引き下がります。篠田氏は、そして会場の少なからぬ人もそうだったかも知れませんが、枝葉末節にこだわって本題から外れたものと思われたのでしょう。その面はもちろん認めますが、反面『非実在青少年読本』を作るような編集部であっても、基本的な事実関係の認識が薄弱であっては、『非実在青少年読本』で示されたような表現者の声も、その読者に届く力を減殺しかねないとも思うのです。というのは建前で、単純に『リュウ』愛読者として大野編集長とお話がしてみたかったのが最大の理由です(笑)それで質問があれかよと思われるでしょうが、これがツンデレという奴で?

 さて、本題に戻って、次の質問をされたのは女性の方でした。小生には質問の趣旨がちょっと分かりにくかったのですが、要はマンガの世界ではなぜ映画のような細かいレーティングがないのか、ということだったと思います。
 これに対して壇上のパネラーが交々答えますが、その中でも成年マーク(黄色い楕円)と有害図書指定が混乱してきたり、ちょっとごたつきます。成年マークはマークが付いているのでそもそも子供向きじゃないよ、と自分で示しているわけで、そうでない図書の中から子供向きじゃないのを当局が有害 / 不健全図書と指定するので、両者は別物です・・・が、永山氏曰く、宮崎県は最初っから成年マークをつけているものを有害指定したことがあるそうで、混乱してるのはマンガ家や編集者や読者ばかりではないのでした。それだけ制度と運用に問題があるとも言えます。
 それはともかく、レーティングについて藤本氏は、マンガはどの雑誌に載るかでそもそもレーティングがされている、レーティングが厳しいのはアメリカだけで、欧州の場合はビニールパックするだけと指摘します。ダニエル兼光氏は、欧米の基準はどこでも一律に可否を決めるが、日本は分野ごとに違って(兼光氏の説では、戦前の検閲以来、一般誌は厳しく、専門誌は緩めという違いがあるといいます)いて、そのためゲームなどの新たな分野は基準が異なっていることを指摘します。
 また長岡氏は、成年コミックというレーティングはどこかの審査団体が有料で行っているのではなく、現場の自主的な判断に任されていることを特徴として挙げ、これは正しいことと思うと述べました。然るに2004年、この現場の自主規制だった制度が、「指定図書」として都の下請的な役割になってしまったことを、重大な問題と指摘しました。ちなみにこれと逆に、都が書物を推奨する制度もあるそうですが、出版会はこれも反対しているとのこと。

 次いで質問に立たれたのは、この手のイベントでは毎度お馴染みのエロマンガ家・元山本直樹アシスタントの、山本夜羽音氏でした。質問がともすれば自分語りにともすれば流れ(夜羽音氏は小菅の拘置所で山本直樹氏の漫画を読んで感動し、エロマンガ家になったんだそうな)、壇上の永山氏から「何が言いたいんだ」と突っ込まれ、司会の篠田氏に「まとめて下さい」などと言われてましたが、要するに今後個々人として何が出来るか、何をすべきかということでした。夜羽音氏は、ロビイング等というのは敷居が高く、なかなか出来ないのではとのことも言われていたかと思います。
 これに対し永山氏が、今回の件では、ロビイング活動なんかしないと思っていたようなマンガ家が地元の議員に会いに行ったりしていて、これは立派なロビイング活動だと指摘。兼光氏も有権者が自己の代表である議員に自分の希望をぶつけることは当然であり、楽ではないにしても決して敷居の高いことではないと指摘しました。
 ここで永山氏の紹介したエピソードによれば、都に参考人で招致された時、規制推進派の前田雅英氏がため息混じりに「他の問題もみなこれくらい関心を持ってくれればいいのに」と漏らしたとか。

 ロビイングの話が出たところで、今回も反対運動で大いにご活躍された山口貴士弁護士が登場。
 山口氏は、議員に手紙を書いたりする人の裾野が広がったことを指摘、その結果として今回の反対運動でも活躍したコンテンツ文化研究会も出来たのだと述べました(コンテンツ文化研究会は元々、山口弁護士が関わった表現規制反対の署名活動のボランティアの中から、「ふるいにかけられて」残った人が中心になったそうです)。このような人が珍しくなくなるだろうし、それは望ましいことと指摘されました。
 篠田氏が90年代の有害コミック規制問題と比べ、運動の裾野が広がったと述べ、兼光氏がそれにはマンガの地位向上もあると指摘されましたが、山口氏はネットによってロビイングが容易になったことを挙げておられました。
 ここで話題に出たコンテンツ研の杉野氏が挨拶、このような運動を今後もずっと続けていくことが大事で、そして新たな人が出て自分も引退できるようになりたい(笑)と述べられました。

 次なる質問に移ります。
 この質問者の方は、今回大きく集まった運動の力が今後分断されないかが心配で、そのためにも一般向けに問題を気づいて貰うにはどうすればいいのか、と質問されました。
 これに対し山口弁護士が、今回の運動の広がりを女性の力に求め、子を持つ母のネットワークは大変強く、それがマンガに関心もない人も巻き込んだことを指摘されました。今回の突破口はBLにあったというのです。
 またダニエル兼光氏は、ただ反対というのではなく、相手に合わせて反対論の主張を組み立てられるように、議論のスキルを上げて欲しい、ということを述べました。

 その次に手を挙げたのは昼間たかし氏でしたが、氏の問いと議論は後回しになったので、先にその次の方の質問を。その問いをされた方もフリーライターと名乗られましたが、お名前を失念してしまいました。
 その方の質問は、都議会で今回の条例案が否決される直前、自公が提出した修正案に、民主党で賛成する人もいたのではないか、との趣旨でした。
 これに西沢都議が答えて、今回の修正案に関してはなかったと思う、決議当日になって出された修正案だったが、見た瞬間「何だこれ?」ただの言い換えに過ぎないと感じた、こんな案に乗っかろうとした人はいないと思う、と述べられました。とはいえ今後の新たな修正案の登場では、懸念はあるとのことでしたが、詳細はやはり政治的に述べかねるとのようでした。

 ここで昼間氏の問いに戻ります。氏はまず、今回のイベントが纏めに終始し先が見えないことを批判、具体的な対策を語る必要を訴えます。喫緊の課題としては、BLや『チャンピオンREDいちご』のような存在は規制派に取り上げられやすく、これにどう対応するかだと主張されました。
 これに対し永山氏は問題になりそうなものはある、と認め、ゾーニングについて議論は分かれるだろうと述べた上で、自身の思いを語られます。中学生が背伸びをしてBLを読んでいるようなことはあるだろう(山本氏が「読んでました(笑)」と合いの手)、こっそり楽しんでいたものを取り上げることは切ないが、「切ない」では説得力がない、女性の方からも提言して欲しい、と。
 そこで篠田氏が、それはゾーニングは仕方ないということか、と問うたのに対し永山氏は、仕方ないが、ゾーニングマンセー(会場笑)ではない、有り体に言えば自分も子どもの頃エロ本を読んでオナニーしていた、子供がそれを取り上げられたらと思うと切ない、と語ります。そこへ山本氏が、取り上げられたら次を探しに行くんだよ、と言い、永山氏が次第にハードルが上がっていくと応えたところに、兼光氏がアメリカでは18禁な本は酒を買うよりも難しい、銃は簡単なのに、と指摘します。
 そしてこの一連の議論を締めくくるように、永山氏は親の世代が“片目をつぶって見る”・・・のが良いか、と発言しました。

 そこで話題は次に転じて、藤本氏がコンビニでお酒を買おうとして年齢確認を要求されて腹が立った、と機械的な対応を批判され(壇上で「それは藤本さん、20歳以下と間違われたと自慢したいので?」とツッコミが入って会場は爆笑でした)、多民族国家のアメリカでは頃合いが分からないから「滅茶苦茶な」レーティングも必要かも知れないが、日本では要らないだろう、と主張します。そこへ兼光氏が、アメリカのレーティングは多民族国家のためではなく、一言で言えば弁護士のせいだと指摘しました。
 で、話を戻して藤本氏、BLについては書店で区分配置されている。しかし『チャンピオンREDいちご』は、この場だから言うが、正直やりすぎだと思う、と発言されます。そして、一時少女コミックの性描写が問題になったが、問題になった結果現状では収まっており、お互いの配慮でうまくやっていけると思うし、そうあるべき。どうしようもない時に最低限のラインを引くべき、と主張されました。
※そもそもこの一連の話題を提起した昼間たかし氏が、この会場からツィッターに流した「BLには触れず「REDいちご」には問題があると語った藤本さんに疑問」というコメントは、この藤本氏の発言に宛てたものでしょうか。

 ついで兼光氏が説くところは、表現規制の推進派も反対派も数としてはマイノリティであり、中間の多数をどう説得するかである。アメコミのように子供向けと大人向けの二極化してしまうことがもっとも恐ろしく、そのようになって欲しくない、とのことでした。そしてレーティングを施しても買うのは親の責任で、それが面倒で行政に任せることがもっとも恐ろしいことである、雑誌による読者の区分が現在存在しているが、一般への周知が足りないことが問題で、また出版側も表紙と中身が乖離している「騙し討ち」のようなものを作らないようにすべき、と述べられました。
 また長岡氏は、今回の条例案については「賛成派」というのはなく、先に条例案が出来てからPTAなどが動き出したことを指摘しました。これは、90年代には都が規制する気はなかったのに警察の圧力で規制をしていたのが、石原都政になって変わったもので、警察が役所の組織に入ってきて規制を進め、もはや「賛成派」は要らなくなっているのだと述べられました。

 で、そろそろこの話題の纏めに入ってくるのですが、まず山本氏が親が子供に手間を掛けるべきと思う(道徳論だが)、「横着こくな」と発言。藤本氏も、「親が子供に何を見せていいか分からないから行政が出てくる」などと発言する役人もいる、と指摘した上で、図書館協会が「子育ては第一に親の仕事」と表明していることに感動した(どの機会で表明したのかはメモし忘れました)と述べられました。
 再度、山本氏が発言し、隠しておいたのに子供が「森山塔」作品を探し出して読んでいた話をされます。聞いてみたら小学校4年の頃から読んでいて、絵柄から父の作品と分かったそうです。娘さんが読んでいたことは、リアルタイムでは分からなかったそうですが、でもその娘さんも「立派な大人になりました」と。そして「みんなそうやってた(子供の頃隠れて読んでた)でしょう?」まったくです。
 それにしても、規制推進派はそのようなことに思いが至らない、というような話の筋で、大野編集長が、みんな山岸涼子「天人唐草」を読めばいい、と発言してここの話題は一応の区切りとなります(時間も押してたと思います)。「天人唐草」の内容は各人検索して周知されたし。

 で、その次の方の質問なのですが、これはメモを取り損ねたので省略させていただきます。質問者の方には申し訳ありません。
 次いで手を挙げられたのは、コンピュータソフトウェア倫理機構の服部氏という方でした。服部氏曰く、我々は海外に負けた(ゲーム『レイプレイ』騒動で)、マンガはそれに比べ読む世代が上なので議論が深まった、しかし海外には日本の文化を嫌う人もいて、そのために反対する人もいる、とのことでした。
 これに対し兼光氏は、『レイプレイ』騒動は日本のゲーム全体を知らないために起きたものであり、マンガなどについても同様で、エロマンガなどは少数派の「病気」であって簡単に駆除できると思われているのだ、と指摘しました。それに対しては、日本のマンガ文化の裾野の広さ、欲望と現実を読者が使い分けていることを世界に知らせ、作者にも何故この作品を描いているのかの説明を意識すること、などを業界全体の問題として取り組むべきだと述べられました。藤本氏も、オタク文化を嫌っている海外の人は一部で、しかし否定的なところばかりを規制推進派に利用されているのだと指摘します。

 その次に手を挙げた方は女性でしたが、質問ではなく意見を述べられました。その意見とは、BLを描いている女性達は、自分たちの描いているものが性的表現であることに自覚的になって欲しい、ということでした。BLの女性作家はそう言われると、「自分たちの作品は男の描いた物と違って愛がある」などと主張するそうで・・・。
 そしてその次、時間の関係で最後となったフロアからの発言者の方も、質問ではなく指摘をされましたが、それはアメリカのジャパンエキスポで、日本の美少女ゲームは輸出されており受容もされているとの旨でした。

 時間も予定を大幅に過ぎていましたので、この辺で締めに入ることとなり、今後の展開について主に西沢都議より発言がありました。
 西沢都議曰く、次の都議会は9月中旬なので、8月中にも新たな条例案が出てくると思う、それによって議論が加速するだろうし、民主党内でも議論してすりあわせたい、是非その動向を見て欲しい、表現の問題は票や金にならないと思われていたのが実際はそうではなかった、とのことでした。
 司会の篠田氏が、今回の都条例の件は広い裾野となったことが大事であり、この熱気をもう一度盛り上げた旨を発言し、そして最後に山口弁護士が、運動は継続が大事であり、続けることで強くなる、末永くがんばりましょうとしめくくりました。

 さてさて、何よりイベントから一月も経ってメモ起こししてるなんて、あんまり意味もなさそうですね(苦笑)。これは暑さにやられていたとかいろいろ理由もありますが、昨今はネット関係の技術発展により、Uストリーム中継だのツイッターだのによってメモ起こし記事を書く意味が薄れたんじゃないかと、書いている当人が途中でやる気なくなった、というのが大きいところです。
 しかし、ちょっと経ってから気がついたのですが、どうもこのイベントに関してネット上でいろいろ取り沙汰されたことがあったようで(参考:カマヤン氏のブログの8月4日付け記事のコメント欄及び8月9日付け記事のコメント欄など。どこぞに震源地があるんでしょうがそこまで調べてはいない)、斯様に片言隻句が一人歩きしてしまうような状況であれば、聊かの価値はあるかも知れません。って『創』本誌にこのイベントの概要が載ったらしいので、やっぱないか・・・

 とまれ、繰り言は措いておいて、片言隻句でなくこのイベント全体を今になって振り返って思うのは、ひとくちにマンガが好きで表現規制に反対しているといっても、様々な立場や見解があるということでしょうか。現在に至る流れについて、藤本氏と長岡氏などとでは結構見解の差もあるようで、また今後問題になってきそうなBLなんかへの眼差しも違いそうで、これらのことは一見イベントのまとまりを悪くしているような、纏めにくくなっている(だから片言隻句への注目がより強くなるのかも知れません)とも言えますが、むしろそれをちゃんと分かっておくことが大事なんじゃないかと。そして本源的には、様々な立場からマンガを愛する人がいるということは、まさしく日本のマンガ文化の豊饒さを反映するものに他なりませんから、すぐ「裏切り者」なんて言い出さないで、その豊饒さを尊びたいと思います。
 そして、ダニエル兼光氏が縷々強調しておられたように、その豊饒さを広く世界に(日本でもまだまだ認識されていませんけど)知らしめることは、長期的にこのような問題に取り組む上では大事なことと思います。以前ソルジェニーツィンが「文学に無知な者が文学に権力を恣にする」と検閲制度に反対した話を当ブログで書いた覚えがありますが、それに倣えば「マンガ(ネット、ゲームなども同じ)に無知な者がマンガに権力を恣にする」ことの不合理さの改善に繋がるからです。
 もっとも同時に、「知識の普及とそれに基づく合理的な議論」ということで解決する問題ではそもそもない、感情的な「安全・安心」の希求(それは決してゴールに辿り着かないでしょう)もまた存在するので、それもまた考えに入れておかなければならないのでしょう。

 とまあ、イベントとしては必ずしも纏まりが良くはなかったかも知れませんが、それはそれで意味もあったと思うし、また個人的には大いに楽しみました。といいますのも、『COMICリュウ』大野編集長を問い詰めたり、イベント後に『非実在青少年読本』にサインしてもらったりと、イベントの本旨を外れたところで好き勝手やっていたわけで・・・
 ま、その辺の話は、まさにこのイベント前日に発売されていた『リュウ』9月号の別冊附録の感想と一緒に、続きの記事を設けます。もういい加減記事の日付とアップの日がずれすぎているので。

※遅れに遅れましたが、「続きの記事」的なものが完成しました。
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by bokukoui | 2010-07-23 17:53 | 漫画