アメリカ軍のディーゼル機関車に関する覚書

 先日、ツイッター上で伺ったお話が、図らずも当ブログの以前の記事と関わっていたことが判明したため、以下に備忘として記録しておきます。

 まず発端のツイートを。
@Kojimamo 名鉄へ行ったアメリカ軍のディーゼル電気機関車の詳細が載っているHPがありました。 US ARMY 8500の来た頃 http://bit.ly/moRc9m 伊勢湾台風の復旧列車を引く8589の画像とかよく残っていたなぁ・・・。すごい。(5月24日)
 ここで紹介されているリンク先の記事は

 ・白井昭「US ARMY 8500の来た頃」

 です。占領期にアメリカ軍が持ち込み、その後国鉄や名鉄に払い下げられた電気式ディーゼル機関車についての記事です。国鉄ではDD12形、名鉄では8500形として活躍した、GE製の機関車でした。筆者の白井氏は、鉄道好きなら周知の、大井川鉄道の蒸機復活などで活躍された方で、名鉄に長く勤められた方ですので、その昔話は大変興味深いものがあります。
 特に一読して小生が唸ったのは、本形式に対する白井氏の高い評価です。
■8500形の評価

 実際に8500形を使ってみた結果は、大いなる成功であった。故障だらけの国産DLに対して丈夫、キャタピラエンジンなどのパーツも完備。荒い使い方でラジエータの半壊やギアケースの欠油ミスなども続発したが、よく使用に耐えた。また、GEの低圧トラクションモーター(重ね巻き)は優秀で、とにかく丈夫なことに感心した。
 軸重が小さいことも線路状態のよくない外地や臨港線などの使用に向いており、軸重が大きいことから入線できる線区が制限された国鉄DD13形に比べ、万能型の設計であった。
 補修の面でも、大井川鐵道井川線の国産35tDLなどとは対極にあった。設計面ではエンジン、発電機、トラクションモーターと3重装備にも関わらず、限られたスペースと重量内にコンパクトに納めているが、国産では今の技術でも困難だと思う。その原点は、キャタピラエンジンをはじめ、パーツの優秀さにあった。
 8500形は、日本のDL技術史上で一紀元を画したが、結局日本でGM、GEの技術が普及することはなく、現在まで高価で国際性の低いDLで終わってしまった。
 小生は内燃機関系の鉄道車輌には正直とんと疎いのですが、以前坂上茂樹『鉄道車輌工業と自動車工業』(日本経済評論社)を読み、「国鉄一家」方式という一元的な開発体制が、結果的には日本のディーゼル機関鉄道車輌の技術的停滞をもたらした、という厳しい評価を読んで蒙を啓かれたこともあり(考えてみれば、JR化した途端にカミンズのエンジンがあれほど買われたのは・・・)、それに相通じる所を感じ、ついつい国産化の達成ということで高く評価してしまいがちな日本の技術史(勿論それ自体は大きな成果ではありますが)についてより冷静な国際的比較を踏まえた評価が必要なことを痛感しました。蒸気機関車についても同様のことが言えるわけですが。

 で、これが当ブログの過去の記事とどう関係するのかといいますと、小生が先年アメリカに行って、オレンジエンパイア鉄道博物館で何の気なしに撮影した機関車が、実はこの8500形の仲間だということに、この白井氏の記事を読んで初めて気がついたという体たらくでして。
 これは当ブログの「お気楽アメリカ紀行(3)~オレンジエンパイア鉄道博物館・その2」中の、アメリカ空軍の機関車です。写真を以下に再掲しておきます。この写真はクリックすると拡大表示します。
f0030574_10163825.jpg
 で、小生が憮然とせざるを得なかったのは、折角アメリカまで見に行ったくせに、見たものの意味をちっとも理解していなかったと云うことで、これは馬鹿馬鹿しい限りと反省しました。電車にもっぱらかまけていて、内燃ものにまで事前にも後でも調べなかったので・・・。いやはや。
 日本に持ち込まれた類似の機関車は、アメリカ陸軍の所有だったようですが、オレンジエンパイア鉄道博物館で保存されているのは、ペイントを見る限りアメリカ空軍の保有機だったようです。陸軍以外にも軍用で使われていたものと見えますが、もっとも日本が戦争に負けた時点では、アメリカに「空軍」はまだ無いはずですので、もと陸軍機が空軍独立に伴って所属を替えたのかも知れません(アメリカ空軍は陸軍航空隊が前身だったはず)。いろいろ追及することはありそうですね。

 それはさておき、その他本件に関する @Kojimamo さんのツイートを以下にご紹介させていただきます。
@Kojimamo @akatsuki3rd @bokukoui @harima1330057 国鉄DD12形スキーの皆さんなら高確率で釣られる画像集ウィキメディア・コモンズにあるゼネラル社の44トンDLの画像集です http://bit.ly/iYZKfB みんなDD12形の兄弟です。(5月25日)
@Kojimamo 国鉄DD12形スキーに捧ぐHP http://bit.ly/lvtbyn 大陸で産まれた軍育ちの機関車がフィリピン経由で極東の島国へやって来た。やがて国鉄色を纏い、東海道線の保土ヶ谷駅での入換に精を出し、一日の仕事が終わるとやれやれと一人で茅ヶ崎の機関庫へ帰って行くのである。(5月25日)
@Kojimamo 大陸で産まれた軍育ちの機関車が戸塚付近でEF60?とすれ違う画  これ何気にすごい画像ですよw分かる人向けw http://bit.ly/lt0CTB(5月25日)
@Kojimamo 国鉄DD12形に燃える男なら神棚に飾るべき本レイルNo.70 ■DD12ものがたり http://bit.ly/knZ7RD これがあればあなたの凸形DLへの愛が深まる事間違いなし!(5月25日)
 なお、DD12形で検索してみたところ、「国鉄DD12形はGE44tonnerではない!」(☆ワン・トエンティー☆1/120ワールドへ☆さん)という記事が見つかり、DD12形は44トン機でなく類型の47トン機なのだということです。『レイル』本誌の記事を一読したいですね。神保町で探してみるか。
 また、GE製である8500形への白井氏の高い評価についてはこのようなご指摘を、同じくツイッター上で磯部祥行さんからいただきました。
@tenereisobe 面白い指摘だけれど、8500を作ったGEは、当時、GM-EMDのような大型機関車を作ることはできなかったんだよね。1930~1940年代の最先端はGM-EMD。アルコもがんばった。(5月26日)
@tenereisobe 個人的には対向ピストンエンジンのフェアバンクス・モースが興味深い。意外なところでマイクロエースが随分前に模型化している。(5月26日)
@tenereisobe GEはUボートでようやく陽の目を見たけれど、結局はそのコンセプトをパクったEMDに凌駕されてる。GEは1990年代になってようやくEMDに追いつきはじめ、追い越せたのはつい最近のこと。(5月26日)
 なるほど、確かにアメリカのディーゼル機はEMDの方がメジャーですね。アメリカの鉄道マニアの中には、EMDを愛するあまりGMの自動車しか乗らないという人がいる、という話を昔どこぞで読んだ覚えが。もっとも電車マニアの間では、GMが電車買収→廃業→バス化でアメリカの電車を滅ぼしたんじゃないかという陰謀論があったりします(こちらなどご参照下さい)。

 とまあ、目で見ていても頭で分かっていないと意味がない、という教訓でした。まあ、あとで気がついただけ良かったということで、内燃ものの方も今後はもうちょっと目配りしていきたいと思います。ご教示いただいた皆様に感謝します。
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by bokukoui | 2011-05-26 23:59 | 鉄道(歴史方面) | Trackback(1) | Comments(0)

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