速水螺旋人『靴ずれ戦線 1』略感~「螺子の囁き」完全収録を祝して「火箭図」も

 なかなか物事が思うように進まないのは相変わらずで、発売日から随分経ってしまいましたが、表題の漫画の簡単な感想など。

速水螺旋人

 当ブログで以前、毎号でもありませんがしばしばレポを載せていた、現在休刊中なるも来年3月復刊予定の『月刊COMICリュウ』に連載の、速水螺旋人先生の漫画『靴ずれ戦線』が、めでたくこのたび単行本にまとまりました。おまけに、『靴ずれ戦線』以前に『リュウ』で連載していたイラストコラム「螺子の囁き」も完全収録という、嬉しいおまけ付きです。


 『靴ずれ戦線』の概要を、速水先生のブログの告知記事から引用させていただけば、
(前略)第二次大戦の東部戦線を舞台にソ連の魔女ワーシェンカとお目付けナージャのコンビがあっちこっちの戦場に行ったりきたり。そこにロシアのお化けたちが絡んでくるというお話。面白いので是非是非。「靴ずれ戦線」の前に連載していたメカコラム「螺子の囁き」も全部載っています。お得! ・・・・・・でも字がチマチマしすぎていて読みづらいというご意見も頂いてまして、リュウコミックの中だと大きめのA5版にしてもらったのだけど、ううん。でもじっくり見れば大丈夫ですよ!(後略)




 ちなみに、引用元の速水先生のブログには、『靴ずれ戦線』中に引用される軍歌の紹介もあるので、ご関心のある方は是非どうぞ。そして余計なお世話ではありますが、この日付の記事のコメント欄での速水先生の応対ぶりには、ただ頭が下がるばかりです。経験は大事だけど、想像力はそれを越えられるかもしれません――いや、想像力なくしては、自分の経験の意味すら見通せないのではないでしょうか。

 話を戻します。
 『靴ずれ戦線』本篇は、『リュウ』連載分に加え書き下ろし第0話、web での書き下ろし版の第10話も収録されており、雑誌で読んでいた読者にとっても大いに買う価値があります。
 『靴ずれ戦線』の内容は上に引用した通りですが、リアルさとお化け話との融合ぶりが絶妙です。速水螺旋人先生ならではのロシア愛があふれ、正確かつ可愛くディフォルメされた兵器や軍装もさりながら、読んでいる内にロシアのもののけたちや、季節のお祭りの豆知識が身についてしまう、愉快な漫画です。とはいえ史上最大の陸戦である独ソ戦を背景にしているだけに、結構シビアな、ときにはグロなことすら盛り込まれますが、それを無闇とウェットでもおどろおどろしくでもなく、しかし薄っぺらでもなく、絵柄と相俟った一種独特なユーモアでまとめ上げています。ひとえに速水先生の博識とロシア愛の反映でしょう。
 もちろんそういった所だけではなく、漫画としての柱、二人のメインヒロインである魔女のワーシェンカとNKVD将校のナージャのキャラクターもいい感じです。気ままななようでいて純情一途だったり、お堅いと同時に乙女チックだったり、毎回ゲストの化物達といっしょに掛け合いを演じてくれます。なので、ミリオタやファンタジー好きのみならず、ロシアがどこにあるか知らなくても、日露戦争と大祖国戦争の区別がつかない人でも、精霊を信じない唯物論者でも楽しめると思います――多分。ひとつだけ難をいえば、ワーシェンカが恋に落ちた経緯が描かれていないことでしょうか。

 なんて感想はネット上に他にもありそうですから、以下は併録の「螺子の囁き」について一筆します。
 なにせマイナーな雑誌(失礼)の1ページコラムだったせいか、ネット上でもいまいち反響が乏しかったような気がするのですが、しかし小生が『リュウ』を定期購読していた理由の少なからぬ部分はこのコラムだったので、微力ながらその面白さを伝えようと当ブログでも何度か取り上げました。過去の主要な記事を並べますと、

 ・『月刊COMICリュウ』特集(1) 速水螺旋人「螺子の囁き」のことなど
 ・『リュウ』特集(1)続き 「螺子の囁き」『速水螺旋人の馬車馬大作戦』
 ・たまには『COMICリュウ』1月号雑感 「螺子の囁き」蒸機ネタなど
 ・「螺子の囁き」に蒸機が出たので『COMICリュウ』3月号雑感

というところで、小生が「螺子の囁き」に関して『リュウ』を読んだ注意深さは、担当編集者にも負けないと自負しております(笑) このブログでは当初、毎月『リュウ』の感想を書こうとしてあえなく断念しましたが、その後今月は感想書こう! というインセンティヴを一番盛り上げてくれたのは、「螺子の囁き」の鉄道ネタでした。その理由は第一には内容のすばらしさですが、同時に1ページコラムが単行本になるなんていつになるか分からないから、ここで紹介しておかねば埋もれてしまうのではという懸念があったことは確かで、わりと早くに単行本化されたことは、大変喜ばしく思っています。
 このコラムの魅力については上掲記事、特に「『リュウ』特集(1)続き」「たまには『COMICリュウ』1月号雑感」で既に述べた通りですが、まず機械と一緒に描かれている人物とが一枚の絵としてしっくりしていることです。所謂「美少女」「萌え」な絵と、精緻なメカ描写とは、並べるとなんか互いに浮いてしまうことがままあるように思え、兵器や自動車ならまだしも、鉄道とキャラクターをうまく合わせられる絵師の方は珍しいと思います。それから速水先生の愛と知識の幅広さに裏付けられた、扱うメカの時代や種類の幅広さ(地域には偏りがありますが・・・笑)です。殊にメカはどうしても、自分の得意な分野に愛も知識も偏りがちなことが多く、その点この幅広さは、新たな分野に目を開かれるのみならず、よく知っていると思っていた分野のメカに対して新たな見方を開く可能性もあると思います。

 とまあ、以前の記事の内容を蒸し返しすだけではあまり芸がないので、今回単行本化されて「螺子の囁き」を読み返した際、19世紀前半の英軍が使用したロケット兵器・コングリーヴロケットの記事に関連する小ネタを思いついたのでご紹介。このロケットを扱った「螺子の囁き」の『リュウ』初出の際の記事は、こちらの「今更ながら『月刊COMICリュウ』9月号雑感」をご参照下さい。
 コングリーヴロケットとは、要するにロケット花火の大親分みたいなもので、長さ数メートルもある木の棒に、火薬を詰めた金属の円筒が取り付けてあるという代物です。大砲よりも簡単に発射でき、連射もしやすいし運搬も用意なので、19世紀前半にはかなり広まり、アメリカ国家にも歌われていますが、その後の大砲の進歩でロケット兵器は第2次大戦頃まで一旦姿を消しました。欠点は命中精度が低いことで、英軍のウェリントン将軍は街を焼き払うくらいしか使い道がない、と言ったとか何とか。

 ところでコングリーヴロケットの発明は、18世紀にイギリスがインドを植民地化しようと様々な戦争を仕掛けていた時、インド側の軍がロケットを発射して英軍を苦しめたため、これを参考に改良して開発されたといいます。そのインドのロケットも「螺子の囁き」には載っていて(タイトルに反しコングリーヴと同等の扱い)、それはコングリーヴロケットよりも簡略で、火薬を木の筒に詰め、安定棒は竹だったそうです。
 ところが、ロケットはインド原産かといえばそうではありません。これは火薬発祥の地・中国の発明品で、それがインドに伝わったものです。中国では13世紀には発明され、「火箭」と呼ばれていました。「火箭」は火矢と同じような意味です(「ひや」と打って変換すると、今時の辞書なら出ます)。

 さて、その中国の元祖ロケットの、明代に書かれた本に載っていた図面のコピーが、どういうわけか小生の手元にありまして、先日掃除をしかけた時に偶然発掘されましたので、以下に掲げておきます。
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戚継光『練兵実紀』所収の「火箭」の図

 これは、明の武将・戚継光が著した、『練兵実紀』という兵学書の雑集五巻から採りました。戚継光は倭寇の鎮圧などで活躍した明の名将で、万里の長城の修復なども手がけ、兵学書を残したことでも知られています。あと十年長生きしていれば、朝鮮で日本と戦っていたかも知れません。
 で、そこに載っている「火箭」ですが、基本的な形はインドやイギリスのロケット弾と同じ、ロケット花火同様の形ですね。本文を読んだ記憶では(そっちのコピーは未発見)、中国の火箭の火薬を詰める筒は、紙で出来ていたととあったように思います。さすが中国、紙も火薬も自国の発明品。安定棒はインド同様竹だったかと。・・・素材だけなら完全にロケット花火と同じですね。
 つまりこのロケット兵器は、中国→インド→イギリスと西へ技術が伝播するにつれ、部材が「紙+竹」→「木+竹」→「金属+木」と進化していった? ことになります。お国ごとの産物の差とも言えますが、性能はある程度向上しているようです。しかし大した精度が元から見込めず、数打ちゃ当たる的運用をされた兵器なら、生産コストが安い中華ロケットにも正当性がありそうです。無理して精度上げるよりたくさん作った方が簡単じゃん、という。まあ射程の問題もありますし、作るのが簡単でも運ぶのは面倒ですから、改良の意義も使い方次第では考えられますが。
 なおひとつ、中華ロケットのインド・英との相違といえば、中国のは図に見るように、矢尻らしきものが付いていることです。「螺子の囁き」の記述では、この種のロケットは安定棒で攻撃対象を薙ぎ倒すような効果があるようですが、中国ではより矢に近い効果を狙っていたのかも知れません。もっともインド人が外したところを見ると、それはあまり効果がなかったのでしょう。

 余談ですが、『練兵実紀』のコピーが何故手元にあったかというと、以前当ブログでも紹介した、久保田正志『日本の軍事革命』所収の論文を久保田氏が執筆する際、参考にこれこれの本のしかじかに関係するところをコピーしてくれ、と頼まれ、コピーを取った際、目に付いたのだったと思います。同書も面白い本なので、ご関心のある方はご一読をお勧めします。


 以上、話が例によってとっちらかりましたが、速水先生の新刊はそれだけ読者の心と妄想を刺激する快著だったということで、何か心に引っかかった方は是非。
 また速水先生の新刊は、明日(多分今日には一部でもう売っているでしょうが)もう一冊、『大砲とスタンプ』というのが出ます。これも早く読みたいところですが、懐がシベリアにもまして寒い小生、いつになるかは分かりませんが・・・しかし近日中には手に入れたいと思っております。

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by bokukoui | 2011-12-21 23:59 | 漫画