檀一雄とユッケとチヂミ・パジョンについての雑談 ついでに参鶏湯と補身湯も少し

 今日は日中気分が悪く、倒れて妙な夢ばかり見ていたのですが、日が暮れてから少しマシになったので、何かしら精のつきそうな話を。といっても、中国と朝鮮の交錯した延辺料理の店で狗肉を食うことについてはたびたびレポートしてきた(これこれこれ)当ブログですが、正直それほど小生は「韓国料理」として日本で直ちに想起されるようなメニューが好みではないので、食べに行った話ではありません。


 日本文学史上屈指の料理に通じた人(どうも「美食家」「食通」という表現ではピンと来ない気がします)であるところの檀一雄に、『美味放浪記』という本があります。今でも中公文庫で発行されているようですね。小生は古書店でたまたま出くわして古い版を購入しましたが。
 で、この本はもともと、交通公社の雑誌『旅』に掲載されていた文章だそうです。内容は大きく前半と後半に分かれ、前半は日本国内を、後半は世界各地を回り、土地土地の様々なものを食し、時には材料を仕入れて自分で腕を振るってみたりする、というものですが、スノビッシュな美食論に傾くことなく、まことにパワフルな作品です。そのパワーは今読んでも健在ですが、雑誌に掲載されたのが日本篇が1965年、海外編は1972年ということなので、多少は時代を感じさせるところもあります。




 で、檀一雄といえば本書に限らず、世界各地を放浪して作品に反映させた人ですが、その放浪は戦前にも始まっていたそうで、小生が作品から読み取った限りでは、「満州」と呼ばれていた頃の中国東北地方でロシア人の家に間借りしてボルシチの作り方を観察したりもしていたそうです。先に挙げた延辺料理はこの地方に近いところのもので(とはいっても壇がいたのは、満州中南部の寛城子=長春の近くだったようですが、延辺=間島地方はそれよりはだいぶ南東の、朝鮮に近いところです)、檀が滞在していた地方には朝鮮族も多く、彼らの春の若草摘みの情景を檀は描き残しています。『美味放浪記』から引用してみましょう。
・・・(満州の)早春の春の草を摘みにきたのは、ロシア人だったためしは一度もない。中国人でもない。日本人は、私をのぞいて、ただの一度も、見かけたことはない。
 いつも、きまって、チマ、チョゴリをまとった韓国人の少女達であった。
 手に籠を持ち、浅いゴムの靴で、彼女たちは三々五々、そのチマ、チョゴリを春風にひるがえしながら、何を摘むのか、夥しい春の草を、摘んでいた。
 だから、日本の女性が、山菜を愛し、山菜の料理に長じているなどと云うのは、嘘っぱちだ。
 少なくとも、山菜に関する限りは、韓国女性の方が、遙かに敏感でもあるし、食用の野草を識別するの揚力を、まだまだ、母からその娘へと、伝承すてゆく環境と習慣を持っていると云える。
 これは、私がある時期、韓国人の一少女と、愛し合っていたと云うような身贔屓のせいばかりではない。(中略)
 その少女の名を、仮にKとしておこう。
 私が、ヤブロニーの蜜蜂飼いになろうとしていた時に、私と同行し、私と生活を共にすることを、うなずき、誓ってくれた、たった一人の女性であった。ただ、折柄、沙草峯事件がはじまり、北方移動禁止令が発令されて、私だけならまだしも、Kを同伴してヤブロニーに入ることなど、到底、実現不可能になってしまった。
 これは同書の韓国訪問記「悠久たる風土が培う焼肉の味」の一節です。檀は、この本の折りに韓国を訪れる以前にも、朝鮮とその料理文化について、相当の観察と経験を積んできていたもののようですね。
 ところが、上掲引用部分のもうちょっと先、韓国でいろいろ食べるところを案内してもらった顛末を記したところに、以下のようなちょっと興味深い記述があります。
 どうも、高級料亭は私の性分に合わないのである。そこで、どこか、マッカリの飲める安食堂を金玉淑女史にお願いしておいたところ、「赤宝」と云うマッカリの店に案内された。
 何となく、穴蔵の感じがする店ではあったが、それでも、私にとっては、まだまだ高級な奥行の深い、一流料亭に思われた。
 ただ、タルタル・ステーキのような、ナマ肉の料理が出されたのは珍しかった。韓国の料理であるか、それとも、外国風の料理であったのか、くわしく訊きもしなかったが、マッカリを飲みながら、白玉粉のとき汁と鶏卵の合せ焼のようなものにはさまれた、玉葱や、葱や、エビや、カキの薄焼がおいしかったことを覚えている。
 ここを読んで、小生はあれっと思いました。韓国で提供された「タルタル・ステーキのような、ナマ肉の料理」って、どう考えてもユッケですよね。
 そういえば、「白玉粉のとき汁と鶏卵の合せ焼のようなものにはさまれた、玉葱や、葱や、エビや、カキの薄焼」とはチヂミのような気もしてきたぞ・・・いや、チヂミは小麦粉だから、米の粉のは別バージョンなのかと思ってちょっとぐぐってみたところ、どうも「チヂミ」と呼ばれるものは小麦粉限定のようですが、「パジョン」という同類は米粉のもあって、どちらかといえば韓国ではそっちの方がメジャーっぽいようです(I LOVE PHOTO ! 「チヂミとパジョンは違います」参照)。ただ日本ではひっくるめて「チヂミ」で済ませていることが多いようで。ということは、檀が食したのはおそらく、チヂミに似ているけどパジョンの方だったんのでしょうね。

 で、小生が面白いと思ったのは、朝鮮の料理を愛してよく知り、実際にいろいろと作っていた檀一雄が、今や日本で「韓国料理」として広く知られているユッケやチヂミ(の同類)を知らなかった、ということです。檀の名著・『檀流クッキング』には、ざっと見たところ8種類もの朝鮮料理が紹介されており、その中には焼肉やナムルのようにお馴染みのもあれば、ツユクというあまり聞いたことのないものまで、いろいろ作り方が載っています。檀が朝鮮料理にかなり通じていたことは確かですね。
 ちなみに『檀流クッキング』に関しては、「ぷちぐる」というサイトが全品目の再現を行っていますので、ご関心のある方はどうぞ。小生も「カキ油いため」とか「松江の煎り貝」とか、簡単そうなのは数品目やってみたことがあります。
 話を戻して、それほどの檀がユッケもチヂミ(パジョン)もこの時初めて知ったというのはちょっと不思議ですが、檀がこれらに触れたのが「高級料亭」であって、一方それまでに彼が触れていた朝鮮料理とは庶民が日常馴染んでいたものだった、というふうに考えれば納得いきます。その他には、日本に来た朝鮮民族は南出身の人が多く、一方満州に移った朝鮮族は北の方出身者が多かった、という地理的要因もあるのかも知れません。
 このことから小生が思ったのは、料理が他の民族に伝播するときには、もとの民族の文化総体が体系的に移植されるわけではなく、もとの民族ではマイナーだったり特例だったり周縁だったりしたものが、他の民族にはむしろその方が導入しやすいということがあり、その結果周縁の筈だったものが、もとの民族の文化の代表のように思われてしまったりすることもあるのだなあ、ということでした。ことに料理というのは、そういう傾向が強いのかも知れません。例えば、イタリア料理ではコースの中で前菜の次、メインの前と位置づけが決まっているパスタ類が、日本ではそばやうどんの要領で一品料理のように扱われる、というような。
 それ自体は悪いことでも何でもなく、むしろ文化の受容とはそのようにしてこそ深く浸透するものと思いますが、ただその際に、もとの体系を知っておくことは意味があるかも知れないと思います。このユッケの場合で思うのは、本来どうも朝鮮の料理文化体系ではマイナーだったように思われるユッケが、生で魚や肉を食うのが好きな日本人にむやみと導入されたため、先年のような食中毒死亡事故を惹起した、というような関係はあるのかも知れない、そんな風にも思うのです。

 さて、中華料理大好き犬料理上等でも、実はそんなに朝鮮料理は好きでもない(肉はタレよりも塩焼きが好き)な小生が、なぜ突然朝鮮の料理について駄文を弄そうと思ったのかといいますと、最近朝鮮の料理を巡って、全く以て馬鹿馬鹿しい、然し薄ら寒くなるような騒動がネット上で起こっていたと仄聞したためです。
 その件に関しては、以下の「男の魂に火をつけろ!」の記事が他のアニメとも絡めてうまくまとめているように思われましたので、リンクしておきます。他にも参考になりそうなのをいくつか。

 ・男の魂に火をつけろ!「萌えアニメと韓国料理」 
 ・藤四郎のひつまぶし「さくら荘のペットな彼女がサムゲタンを出した意味は確定的に明らか」
 ・頼逞byMETHIE「サムゲタン美味いやろ!の巻」
 ・法華狼の日記「『さくら荘のペットな彼女』に一噛み」


 なんでも、最近放送中という『さくら荘のペットな彼女』なるライトノベル原作のアニメで、原作では病気の美少女キャラにお粥を作ったのが、アニメでは参鶏湯(蔘鷄湯)になっていたというので、一部の(と信じたい)アニメオタクが「韓国の陰謀」的な吹き上がり方をしていた、というのです。あまりに馬鹿らしいのでコメントする気も起きないですが、まず思ったことは、彼らはアニメでもマンガでもラノベでも、このような形に落とし込まずにはいられない、それだけ世界を「楽しむ」ことができない、ある意味可哀想な、しかし勉強不足ともいえる人々なのだろうなあ、ということでした。
 そして「文化的侵略」云々に関しては、先に挙げたように、先方の国の文化を選択的にこちらの国の人々が改造しつつ受け入れているものをそのように呼ぶのは、妥当ではないだろうということです。
 それにしても、小生が「手首ラーメン」の台詞が出てくるかどうかというただ一点のみの関心で見ているアニメ『リトルバスターズ!』も、炎上の可能性があったんですね。ちなみに現時点ではまだこの台詞は登場していません。先週は三枝葉留佳嬢中心の回だったので期待していたのですが。
※追記:アニメ11話でめでたく登場しました。

 それはともかく、上に紹介したブログ「男の魂に火をつけろ!」でも引用されていますが、この件を理由に、アマゾンで『さくら荘のペットな彼女』のブルーレイ(現時点で未発売なのに)に星一つのレビューを付ける徒輩が1ダースを超えているというのははなはだ索漠たることで、難癖付けの総会屋的所行としか言いようがありません(おまけに複数の「ベスト××レビュアー」がいるということから、アマゾンのカスタマレビューというシステム自体も問題のあるものだということがよく分かります)。そして、これらのコメントを瞥見するに、こういうことを意気がって書いている人がそもそも食物への関心や教養が薄く、そこそこ日本でも知られているこの料理を聞いたことがなかったのではないか、という気もしてきます。

 ちなみに小生がこの料理のことを知ったのは、宮塚利雄『北朝鮮観光』で、参鶏湯が食事に出ると聞いて一羽丸ごと煮た(アニメに出てきたような)のが出てくるのかと期待したら、鶏の煮物の切身みたいのが出てきてがっかりした、という切ない話でした(苦笑)。
 もっとも、ウィキペディア情報なのでどこまで信じられるかは微妙ですが、参鶏湯の名前が定着したのは1960年代だそうなので、つまりは南北分断後のことですから、北朝鮮ではそもそもあんまり馴染みがなかった料理なのかも知れませんね。

 ともあれ、土地が変われば料理も変わり、風邪の対策だって変わります。アマゾンには病人に鶏料理なんて食わせるか? と書いている徒輩もおりますが、明治末年生まれの井上靖が書いた自伝エッセイ「幼き日のこと」には、病気の時の食事は決まって、お粥・梅干し・鰹節・炒り卵・鶏のスープだったと書いています。鶏のスープで雑炊を作って食べたことは小生も何度もありますが、割とあっさりだと思うんですけどね。
 ただ、このアニメの原作のラノベでは、サムゲタンの箇所が「カツオ出汁」「シンプルなおかゆ」だったそうですが、これも考えてみるとちょっと妙な話で、中華粥はスープで炊くけど、あんまり日本の粥はだしで炊かないように思います。何かしらのだしを入れた場合は、具も入れて雑炊にする方がむしろ多いのではないでしょうか。
 むしろ日本で、白粥と並んで古典的な粥といえば、茶粥だろうと思います。鰹だしが全国的に普及するのはおそらく近代以降ではないかと思われますが、茶粥はそれよりもかなり古いものだといいます(中村羊一郎『番茶と日本人』吉川弘文館、歴史文化ライブラリー46 参照)。近世の江戸で、最初に評判になった外食店は、具を入れた茶粥というような奈良茶を供した店だったそうで。「シンプルな」日本の粥とは、白粥でなければ茶粥とすべきでしょう。
 まあ、これは茶粥文化圏の和歌山から出た先祖を持つ小生の、多少の身びいきも入っておりますが。

 話が何だかとっちらかって来たけど、まあこんな風にいろいろ本を読んで、食べてみたり街の料理店の看板を観察してみたり、これも「勉強」で、そうやって面白く世の中を見ることもできるのだから、あんまりもったいないことをしなさんな、というのが小生の思うことです。
 そしてさらに駄弁を弄すれば、『さくら荘のペットな彼女』という作品について小生はテレビCMを見た以上の知識を有しませんが、どうも「自分でパンツもはけない」女の子という設定は、どうも発達障害か何かの問題を有するキャラクターであるように思われます。
 で、この作品は、発達障害の専門家も驚嘆する人々が集まった @Im_Weltkriege 猊下率いるアジトで唱えられていた、「最近のラノベに登場する“残念な”美少女とは発達障害であり、主人公(男)は彼女たちに食事を作ってやることで保護者的立場に立つのだ」という説に、有効な参照例を加えたように思われます。ちなみにこの説を唱えた方は、直接には『僕は友達が少ない』に拠ってこの説を提唱し、実際問題を抱えた女の子達に食事を作った経験を持っておられた方でした、というか現在でもアジトの料理顧問です。

 そして、こういう食事を作ってやるラノベが受けるのであれば、冒頭述べましたように犬料理愛好家としては、ここまで来たら朝鮮料理の補身湯(ポシンタン)、狗肉料理の登場を願ってやみません。
 病気に倒れた女の子の回復を祈って、主人公は飼っていた犬を捌いて補身湯を作り、彼女の回復に尽くす、そんな展開のアニメができたら・・・え、今回どころの騒ぎじゃないだろうって? いやいやそこで、「この展開は謡曲『鉢の木』をフィーチャーしたものだ」とか理屈をこねればいいのです。まあむしろ、ヤンデレヒロインが飼犬を殺して料理する方が、一般に受ける・・・こともないですかそうですか。

 いい加減とっちらかったのでこの辺で止めておきますが、小生としては最近の気分の陰鬱に効くのはやはり犬料理だと思っていますので、是非池袋犬食忘年会の同志を今から募っておきたいがため、後半少々(?)強引な話の展開をしたまでです。
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by bokukoui | 2012-11-20 23:06 | 食物