佐高信『電力と国家』を巡って考える 技術編

 本記事は、「佐高信『電力と国家』を巡って考える 綜合編」の続きです。
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左:今回のお題=佐高信『電力と国家』集英社(2011)
中:同書のネタ本=大谷健『興亡 電力をめぐる政治と経済』産業能率短期大学出版部(1978)
右:同じ著者だが同書「主要参考文献」にない『激動の昭和電力私史』電力新報社(1991)

 今回は、前回の記事で指摘した佐高信『電力と国家』の問題点、(1)松永安左エ門・木川田一隆を絶対視するための偏り、(2)「公の精神」の曖昧さ、(3)調査研究の不足の点について、それぞれ敷衍して述べていこうと思います。



(1)松永安左エ門・木川田一隆を絶対視するための偏り
 小生が考えるに、これが結局本書の最大の問題点です。「官」に対して「民」を貫いた、としてこの二人のやったことは正しく、それと異なる電力業の行き方を考えた、革新官僚をはじめとした官僚であるとか、近衛文麿や吉田茂、大野伴睦などの政治家たち、さらには松永と木川田以外の財界人についても、佐高氏は批判(悪口に近い箇所も少なくない)を展開します。小生とて、松永や木川田の偉大さについて異存があるわけではありませんが、いくら何でもこうはっきり善玉と悪玉に分けて論じてしまうのは、平板なものの見方ではないでしょうか。
 特に小生は、電鉄業史研究から電力業研究に入ったため、本書の小林一三に対する評価には首肯しがたいところがあります。小林は阪急の経営を成功させたあと、昭和初期に経営難に陥った東京電灯の経営再建を三井銀行(東京電灯へ多大な貸付をしていた)の池田成彬に託され、一時は無配の苦境に陥るも、ついには整理を達成します。しかしその後、電力国家管理が政治過程に上り、小林は電力業界の大物としてその反対運動を展開しますが、結局抵抗むなしく国管は実施されます。
 と、小林一三は電力業経営者としても活躍しており、また戦後の関西電力社長として黒四建設を指揮した太田垣士郎も元来小林が阪急で引き立てた人物で、また小林も松永も慶應出身ですし、二人とも茶を嗜み、個人的な交友の深いことでも知られていますので、比べられることは結構あります。

 でまあ、これまで電気事業についての本をいろいろ読んできた大雑把な感想を述べると、松永について書く人は往々、松永の偉大さを強調するために小林を引き合いに出す傾向があるように思われます。当ブログで何度かその著作をご紹介した橘川武郎先生も、松永と比べて小林の電力業界統制の構想は出来が悪い、みたいなことは書かれています。
 ですが、本書での松永礼賛のための小林貶しは、いくら何でも行きすぎているように小生は考えます。例えば本書では「小林一三は経営者としての本領を発揮した人物だが、松永安左エ門と並ぶと一回りも二回りも小さい人物に思える」(71頁)だとか、戦後の電力再編成をめぐる小林について「どうもこの男の信念がどこにあるのかわからない。利にさとい人間は時々陰険な動きを見せるものだ」(116頁)だとか、悪口としか思えないようなことを書いています。
 これは、「わからない」のではなく、考えようとしていないだけだと小生には思われます。本書では例えば、小林が近衛内閣の商工大臣になったことをして、小林が体制側に転んだようなことを書いています(71-75頁)。これらの行動にしたって、小林には小林なりの構想や成算があって(それが結果的に成功しなかったとしても)行ったわけで、その検討を放棄して悪口を書いても、説得力はありません。なお小生には、小林には独自の事業観があり、それに基づいた電力業への松永と異なったアプローチを取っていて、それは一定の評価をすべきと考えておりますが、本書の評論からは外れるのでまたの機会に。

 小林一三と同様の厄に本書で遭った人物としては、最後の日本発送電総裁となり、戦後の電気事業再編成で松永と対峙した小坂順造が挙げられましょう。小坂も手塩にかけた電気事業を国にまきあげられ、しかし戦後吉田茂の乞によって日本発送電の後始末という重い仕事をした人物です。しかしその小坂も本書では、松永の九電力体制という構想に逆らって日本発送電を存続させよう、せめて解体時日発に少しでも有利にしようとした、「抵抗勢力」のような扱われ方です。小坂には小坂なりの考えがあったのですが、それは顧みられていません。いや、本書でも公益事業委員に小坂が松永を推薦したことを「敵に塩を送ったといっていいであろう」(119頁)なんて書いてますけど、それは小坂と松永が単純な対立関係ではないことを示しているわけで、そこを考えずに軍記物みたいな書き方をするのは安直です。

 このような一面的な見方は、そりゃ研究書でなくて一般書なんだから当たり前でしょ、とは小生は思えません。同じような読み物でも、例えばここに挙げた満田孝『電力人物誌 電力産業を育てた十三人』(都市出版)では、人物ごとの列伝という形式を採っているためもありますが、松永の「電力の鬼」ぶりを書くと同時に、小坂にも彼なりの筋を通したという書き方をしています。ちなみに同書は、松永や小坂のほか、福沢桃介や小林、木川田、太田垣に加え、正力松太郎を取り上げているところがなかなか面白い着眼点ですね。
 そして、本書の偏りにはもう一面の問題点があります。それは、松永や木川田がやったことならば何でも「正義」にしてしまう、という点です。実際、佐高氏はある意味正直に、「私としては、やはり反骨精神旺盛な松永の方に肩入れしてしまうのである」(116頁)なんて書かれてますけど、それでは初手から公正な評価を心がけていない、と白状しているようなものです。

 その点が一番わかりやすいのは、本書の第三章での、原子力発電と木川田の関係でしょう。当初は原発に批判的だった木川田は、その後判断を変えて福島に原発を建設させます。佐高氏はその理由を、「官」主導で原発が導入されるのは危険と考え、イニシアチブを「民」で握ろうと判断した、そして、原発の危険性を認識していたため、「官」よりも有能な「民」が安全管理しなければとの覚悟を持っており、木川田が福島という「自分の故郷に原発を建設したのは、その覚悟の表れであったと見るのは、甘いだろうか」(142頁)と書いています。ご自分で「甘い」と書かれていれば世話はないですが、さすがにアクロバティックな論理に過ぎないでしょうか。しかもこの辺は、論拠となる資料を示しておらず、佐高氏の考えと思われます。
 木川田が企業の社会的責任を重視していた、という大筋は、類書が夙に指摘しているところでもあり、それ自体には小生も異存はありません。その木川田が、当初と考えを変えて敢えて原発導入に踏み切ったのには、様々な要因があったことでしょう。小生は戦後まで研究していないので、仮説も述べる自信はないですが、しかしその大事なポイントをこのように情緒的に書かれては、読者としては戸惑わざるを得ません。
 結果的には、原発導入は電力会社の経営に政治的な枷をはめる、好ましくない面を生んでしまったといえます(橘川先生の指摘)。木川田はその可能性をどう考えていたのか、どう対応しようとしていたのか、そのあたりに本書は触れていません。後任の平岩外四がうまくやれなかったというのはありそうですが、それだけに帰しても教訓にはならないでしょう。本書は平岩を悪役に書いていますが、その最大の理由は平岩が生前に勲章をもらったというところで、エピソードとしては興味深いですが、それだけで済まされてもなあ、と思われます。

 松永についても、例えば彼が最終的になぜ戦前の電力業界を支配できなかったのか、とか、実は電力国管が喧しい1936~37年頃、松永はメディアに自分の意見をほとんど発表していない(1937年はじめに意見を新聞や雑誌に発表した際、編集部が「松永翁は一年余の沈黙を破った」という煽り文をつけています)とか、部下に国家管理側へ寝返られてしまっていた、とか、いろいろ松永にも問題があったことを示唆する事実がありますが、外在的な批判ですし、細かい話も多くなるのでまたの機会に。ただ、平板な解釈以上の含みはあることは確かでしょう。

 小括すれば、日本の電力業をどうするのかという大きな問題には、たったひとつの偉大な、偉人による解決法があるのではないだろう、ということです。いろいろな作戦をいろいろな人が考えているわけで、それぞれ出来不出来もあれば、風見鶏なお調子者もいるにせよ、一つではない正義やアイディアがあるということです。それを無視してしまうのは、「公の精神」を説く本書の、内在的な論理矛盾ではないかとすら、小生には思えます。

(2)「公の精神」の曖昧さ
 もう一つの大きな問題点ですが、それは本書が松永を賞賛する根拠である、佐高氏の書く「公の精神」が何であるかがよく分からないということです。 
 本書の巻頭では、網野善彦を引用して「国家の支配する領土や領海の外に公(パブリック)が存在するのであり、国家イコール公ではない」(8頁)とあります。小生ももちろん、「公」というのが行政に独占されるものだとは全く思いませんが、では結局、ここでいう「公」とは何のことなのでしょうか。国家ではない、というだけでは分かりません。
 また、民間企業は私的利潤を存在の根拠としていますが、一方で公益を担う役割もしています(特に電力会社は公益性の高い企業です)。で、上手く回れば、私企業の利潤の追求と公共的な福利の追求とは両立し、相互に支えることができます。「公」と「私」、「公益」と「私益」、「官」と「民」は常に対立して争うというわけではないでしょう(境界をあやふやにしてしまうのも問題ですが)。

 この定義が分からないと、結局、松永のどういう行動がどのように意義があったのか、ということも分かりません。松永が電力業は民営でなければならない、と一貫して主張していたのはその通りと思いますが(仔細に見れば、「民営」の内容が時期によって揺れている節はありますが)、それが直ちに「公の精神」すべてではないでしょう。
 それは本書全体から読み取れ、ということなのかもしれませんが、それでは、松永や木川田がやったようなこと=「公」とするなら、それはトートロジーでしかないというのが率直な印象です。何を以て「公の精神」なのか分からなければ、畢竟、松永や木川田の偉大さを評価することも困難になります。

 電力国家管理当時の経済誌などを読むと、例えば『ダイヤモンド』の石山賢吉は、官業の不合理さを指摘して国家管理に反対しつつも、それまでの電力会社の経営がとかく乱暴であり、そのことへの反省や対策がなされていないことを批判し、これでは電力会社が世論の支持を得られないから政府に押し切られてしまうだろうと指摘しています(「電力会社反省せよ 五大電力の合同が必要」1937年1月1日号)。
 いや松永は立派な経営をしていたけど、他の小林だの福沢だの池尾芳蔵だの増田次郎だの林安繁だのが悪かったのだ、という反論は一応考えられますが(橘川先生はこれに近いと思われます)、本書ではそれもなりたたないと考えられます。というのも、宇治川電気の林安繁社長の電力国家管理反対論を「痛快である」とまで高く評価するように(52-55頁)、松永以外の電力業経営者の行動への批判というのは、特に見られないからです。本書の小林批難も、電力業経営者としての小林の行動について特に何か指摘しているわけではありません。
 電力会社が戦前に起こしたドタバタとしては、当ブログでも以前、東京電灯と東京電力(東邦電力の子会社)との遊郭を巡る騒動をちょっと紹介しましたが、この両社の抗争は「電力戦」と呼ばれる戦前の電力会社間の抗争でももっとも激しいもので、「日本史上最大の喧嘩」鶴見騒擾事件を引き起こしたほどでした。このような抗争を起こしても、もちろん松永には、自分が日本の電力界を握ることが日本の発展につながる、という強い確信があったことは間違いないでしょうが(これが「公の精神」でしょうか?)、実態として起きたことは任侠映画も顔負けのヤクザの大出入りだった、ということは認識しておかねばなりません。

 本書第三章では、電気事業再編成をめぐる松永の闘いが描かれています。多くの反対をはねのけて、松永が主導した民有民営の九電力体制が確立し、その根本を強化するため、戦時中の国家管理で安く抑えられていた電気料金を大幅値上げします。当時、地域別発送配電一貫の九電力体制を支持する意見は多くなく(その後、電源開発が設けられたのも、そういった意見の反映といえます)、世論の強い反発を買いました。
 本書は、それでも持論を貫いた松永を称揚しています。確かにそれが戦後の電力業の基礎になったわけですが、同時代的には相当強引な、「民意を無視した」やり方であったとも言えます。その中でも自説を押し通した松永の凄みを、「公の精神」と見ることはできるかも知れませんが、このような強引な手法について、単なるごり押しと「公の精神」とをどうやって区別するのでしょうか。そこが示されないと、(1)の問題点とも通じますが、これは結局英雄待望論になって、下手をすれば独裁の支持のようにもなりかねません。

 結局、佐高氏の主張する「公の精神」が何だかはよく分かりません。ひたすら「民」の「官」に対する優位性を主張するばかりでしたら、それは昨今の市場原理主義的な新自由主義に近づいてしまいます。それは佐高氏とは全く異なる立場でしょう。福沢諭吉の精神でしょうか。それも何であるかは指摘されていません。
 強引な松永の手法は結果として成功しましたが、革新官僚は失敗しました。それを以て両者の「公の精神」を云々するのであれば、それは講釈師の結果論に過ぎません。

(3)調査研究の不足
 もう一つ、本書の問題点として挙げられるのが、資料や参考文献についてです。
 本書の巻末には「主要参考文献」が挙げられていますが、それは見開き2頁(1頁と4行)の18点が掲載されているに過ぎません(そのうち3点は佐高氏の旧著や雑誌記事です)。多ければいいというものでもないですが、いくら「主要」にしても、少ないように思われます。
 特に小生が強く疑問を感じるのは、電気事業の歴史を調べる上で基本的な参考文献といえる、各電力会社による地方ごとの電気事業史(社史)や、当ブログの記事でも何度か取り上げた電力業史研究の第一人者で、そのものずばり松永の名を冠した『日本電力業の発展と松永安左ヱ門』など、橘川武郎先生の著作が載っていないことです。今時検索すればすぐ引っかかるはずですし、参照していないとは納得しがたいことです。
 もしかすると、電力会社が出したものは手前味噌で、橘川先生は「御用学者」だから、これらは信用できないとでもいうのでしょうか。しかし、批判するにしても目を通すべき存在ですし、だいたい本書で厳しく批判している電力国家管理の、当事者である革新官僚の著作や、電気庁(国管に際し設けられた監督官庁)が戦時中に出した『電力国家管理の顛末』は、本書の参考文献に挙げられています。ならば、電力会社や「御用学者」(斯様なレッテル張りはまったくの不当ですが)のものだって、取り上げない理由はないでしょう。

 さらに言えば、本書の挙げている参考文献には、学術的な歴史研究の本は一冊もありません。橘川先生の所論に批判的な研究者の方々の業績も参照された形跡がないのです。
 具体的には、当ブログでも過去にちょっと紹介した梅本哲世『戦前日本資本主義と電力』八朔社(2000)の他、渡哲郎『戦前期のわが国電力独占体』晃洋書房(1996)や、左に書影を掲げた中瀬哲史『日本電気事業経営史 9電力体制の時代』日本経済評論社(2005)などが挙げられます。渡先生の本は、とかく「失敗」とか「戦禍」で括られてしまいがちな国家管理下の電力会社経営について検討していますし、中瀬先生の本は原発と電力会社経営についても議論しています。何より、電力業史を論ずれば、必ずどこかしらで松永には触れているわけですし。

 それでは本書が主としてネタ本にしていのは何かというと、本記事冒頭に写真を掲げた(図書館から借りた)大谷健『興亡 電力をめぐる政治と経済』産業能率短期大学出版部(1978)がもっとも主要なものと見られます。続いて、小島直記『松永安左エ門の生涯』「松永安左エ門伝」刊行会(1980)と、白崎秀雄『耳庵 松永安左エ門』新潮社(1990)でしょう。いちいち数えていませんが、本文中で「~によると」という形で随所に典拠とされています。ちなみに小生は、大谷氏の著作は何度も読んでおり(前から欲しいと思っているのですが、古書にあまり出回らず、出ても高いのです)、続篇というべき『激動の昭和電力私史』は持っています。『耳庵 松永安左エ門』も持っております。小島直記による伝記は無茶苦茶分厚いので(1300頁以上ある)、参考に見たことはありますが、全部は読んでいません。
 で、小生の感想を記せば、はっきりいって「ネタ本の『興亡』の方が面白い」のです。大谷健氏は新聞記者だったそうで、同書も読み物的な体裁ではありますが、当時まだ存命だった関係者への取材を行い、文献も広く見て書かれています。革新官僚への評価は厳しく、民営体制を評価していますが、松永を中心としつつもその他の人物にも目配りしており、本書『電力と国家』のような問題はありません。形式こそ読み物でも、各章ごとに参考文献も記された立派な研究というべきで、伊藤隆・季武嘉也編『近現代日本人物史料情報事典』吉川弘文館(2004)では日本発送電の成立から解体についての「最も優れた本」と高く評価しています(99頁、大和田悌二の項目、武田知己執筆)。あけすけにいえば、本書は『興亡』以上の価値を生み出せておらず、どころかネタ本が持っていた厚みのある内容や価値判断を、平板な松永賞賛・官僚等批判に押し潰してしまったとさえ思えます。
 ※追記:というわけで、『興亡』の復刊リクエストに是非ご協力を!

 白崎著についていえば、白崎秀雄は北大路魯山人の評伝などで知られる小説家で、他に経済人の伝記として、三井物産を創設した益田孝や、横浜を代表する生糸貿易商であった原富太郎のを書いています。
 で、益田・原・松永とは、それぞれ鈍翁・三渓・耳庵の号で知られる大茶人であり、魯山人とも併せ、白崎氏の関心はそういった文化的側面にあります。なので、『耳庵 松永安左エ門』も松永の茶道については事細かに調査研究され記述されていますが、財界活動についてはあっさりです(経済については微妙な事実関係の誤りも散見されます)。文化人伝と思って読めば、本書も白崎の出会った人々から聞いたエピソードがちりばめられていて、とても面白い本ですが、電気事業について書く際にはあまり優先する文献でもないように思われます。
 また、小林一三も逸翁の号を持つ茶人でしたが、お茶の世界では松永に比べるとだいぶ低く評価されています。もしかすると、佐高氏はそれに引き摺られて、経済人としての小林にも辛辣になった面もあるのかな、と思います。なお小生自身の仮説として、小林の経営活動と茶道を一貫して見た場合、実はそこには、お茶の世界にどっぷりはまっているとかえって見えてこないような、小林の精神(それは実は現在の日本人の多くに共通する)が伺えると考えておりますが、それは本論から外れるので、またの機会とします。

 本書の内容に首を傾げる点が多いことはここまで縷々述べてきましたが、おそらくは(1)(2)の要因によって、資料を誤読していると思われる箇所もあります。一箇所、あまりに明白な場所を指摘しておきます。それは、革新官僚の奥村記和男らが、国家管理に際してナチスの「動力経済法」を下敷きにした、というところです。小生がこれまで革新官僚の書いたものを読んだ限り、ナチスは例の一つではあっても、日本の国管の直接の元ネタとは考えにくく、どうも読んでいて腑に落ちなかったのですが、そもそも佐高氏の書いていることが、隣り合った頁で矛盾していたのです。
 まず、佐高氏の「動力経済法」に関する説明を引用します。
 第一次大戦中、ドイツでは電気事業の国有国営が増えたが、官僚的経営による浪費が大きくなった。それを匡正すべく、この法律(引用註:動力経済法)によって株式会社組織に改めて私人の経営能力を生かし、国、州、または協働団体が51%以上の株を保有して支配力は持つことにした。つまり、所有(資本)は官だが、運営は「民」という、官強民弱の体制である。
(49頁、漢数字をアラビア数字に改め、下線は引用者による)
 佐高氏の説明に拠れば、ドイツの動力経済法の特徴は、「国有民営」になりますね(国だけではなく州もありますが)。
 では、次の頁、革新官僚で内閣調査局にいた奥村喜和男が立案した、電力国営案について書いているところを見てみましょう。
 昭和10年12月初旬・・・奥村は・・・吉田(引用註:内閣調査局長官)に見せたのが、「電力問題解決の鍵」である。鍵は二つあり、一つは強力内閣の出現。二つ目は、国営実行と電力設備の所有権移転を不可分に考慮しないこと。
「元来、国営とは国家の管理を意味する。国家の管理は何もこれに要する設備の所有を意味するものではない。管理と所有とはこれを分離して考慮し得るのみならず、将来における経済機構の趨向としては、管理は国家の手に、所有は資本家の手において為さるべきものである」
(50頁、同上)
 ここで奥村は、所有は資本家=民のまま、管理=経営を国の手に移すという案を述べています。つまり、「民有国営」です。そう、ドイツの動力経済法とは逆なのです。

 これは極めて重要な違いです。そもそも、戦前の電力会社の経営陣が一番嫌ったのは、この「民有国営」というところで、鉄道のような「国有国営」にはそこまでではなかった、という指摘もあります(前掲橘川著参照)。その裏には、莫大な資本を擁する電力会社を国有化するには、巨大な国債発行が必要なので、事実上不可能だろうという読みもあったのでしょうが。そこをひっくり返したのが、奥村の案だったわけです。
 如上の記述からすると、佐高氏は電力国家管理の意味を理解しておらず、安直にナチスと結びつけてしまったと言わざるを得ません。それは読んだ資料の乏しさが何よりあるでしょうが、大谷『興亡』はこのことをちゃんと説明していたはずで、佐高氏はそもそもちゃんと本を読んでいないのではと疑わざるを得ません。はなはだ残念です。

 個別の本文に即した、本書の問題の指摘はまだ可能ですが、もう十分と思いますのでここで一端切ります。次回はまとめとして、本書からなお学びうる点について述べたいと思います。

・佐高信『電力と国家』を巡って考える 業務編
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by bokukoui | 2012-12-13 23:59 | 歴史雑談