大原社研『電産中国関係資料』紹介

 今日はメーデーですし、また戦時中の電力国家管理体制が解体されて戦後の九電力体制が発足した日でもありますので、それに関係したような話題を。
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法政大学大原社会問題研究所 ワーキング・ペーパー No.49
『電産中国関係資料』

 先日、ちょっとご縁がありまして、法政大学大原社会問題研究所の方から、上掲の資料目録(A4版50ページ)を頂戴しました。せっかくなので、簡単に内容をご紹介したいと思います。



 そもそも「電産」とは、「日本電気産業労働組合」のことです。敗戦後、雨後の筍の如く日本では労働組合が結成されましたが、電力業界でも1946年4月、日本電気産業労働組合協議会が結成されました。これが翌年改組されて、電産になります。
 当時日本の電力業は、全国をカバーする日本発送電と、各地域ごとの配電会社からなっていましたが、その電力業界全体をカバーする労組でした。電産は当時の激しい労働運動の中心となり、発足当初(当時は厳密には「電産協」ですが)の1946年10月には「電産型賃金」というのを打ち立てます。これは、生活できるだけの賃金を労働者に支給する、というもので、勤続状況や年齢、家族の人数に応じて賃金を決めるものでした。このシステムは当時の日本の他産業にも波及し、復興に時代の給与モデルとなりました。高度成長期に入るとそれは変わりますが、各種家族手当や年功による昇給など、その影響は長く続いたと言えるのではないでしょうか(※小生は戦後や労働問題には疎いので、この辺はあやふやです)。

 とまあ、戦後の労働運動史上、大きな足跡を残した電産だったのですが、実は結成僅か十年の1956年には解散してしまいます。というのも、この間1951年に電気事業再編成が行われ、日本発送電が解体されて九電力体制が確立します。電産は、組織の分裂につながるとこれに反対するのですが、結局功を奏さず、恐れていた通り九電力会社ごとの「全国電力労働組合連合会(電労連)」に吸収されてしまいます。電産の運動は極めて激しかったため、九電力体制には電産潰しの目的もあったと指摘する向きもあります。
 ただ電産自体にも、社会党系と共産党系の激しい内部対立が起こり、共産党系だけが勝手にストを起こしてしまうというなど、自壊の要因を抱えてもいました。そこがおそらく、電気事業再編成で受け身になって、分断される隙を作ってしまったのでしょう。また、組合内部の資金管理問題もあったようです。
 電産は、結局は各地方支部がそれぞれ電労連に吸収されたそうですが、その際中国地方の電産だけは合併条件について納得せず、組合員の減少にあえぎつつも1970年代まで独自の活動を続けます。中国支部は社会党系が組合を掌握し、資金をきっちり管理していたそうで、その辺が存続できた要因のようです。お金の勘定が大事なのは、経営だけでなく労働運動も同じですね。

 大原社研の資料は、この中国電産の方が持っていたものを、亡くなられた後にご遺族から預かって整理し、今回目録が作成されたものです。なお、先に述べた電産の略史は、立本紘之研究員が執筆された解題を要約しただけです(苦笑)。
 目録を見ると、大きく資料は電産の中央のものと、中国地方のものとに分かれています。時期的には1947年以降のもので、中央については1959年まで(1956年の事実上電産は解体しましたが、中国地方だけで「中央」を名乗ってしばらく活動していたようです)、中国地方については1960年代まで資料が数多く残されています。また、電産が動揺し分裂する際の資料もまとめられており、中国でだけ電産が残った経緯を伺うことが出来そうです。
 大原社研のサイトを見ても、まだこの資料目録についての紹介は出ていませんが、遠からず掲載されることと思います。ご関心のある向きは、取り寄せてみてはいかがでしょうか。

 さて、紹介するだけでも芸がないので何か書こうと思うのですが、如何せん小生は戦前の電鉄業が専門で、戦後の電力業の、しかも労働運動は詳しくありません。正直、いただいたこの冊子の解題を読んでほほうと感心していた程度です。なので、あまりこの資料と直接的な関係はない思いつきですが、ひとこと。

 先に略述した電産の運命について思いを馳せるとき、やはり戦後国鉄の労働運動が重なって想起されます。日本の労働運動を牽引する強力な労組だったものの、内部での抗争も絶えず、最後は母体となっていた事業体自体が分割されて労組も分断されてしまう、そんな展開はかなりよく似ています。実際、国鉄の分割民営化に際しては、最大の労組・国労を潰すことがその目的の一つであるといわれたりします。ただそれはどうも、結果論であるようですが(電産についても同様のことが言えるかも知れません)。
 まあ小生は電鉄業史が専門で、しかも労働運動にはそれほど詳しくないので、国労や動労の話もしばらく前にある方のご厚意でいただいた升田嘉夫『戦後史のなかの国鉄労使 ストライキのあった時代(明石書店)を読んで、にわか勉強をした次第です。鉄道の労働運動が強いにもかかわらず、鉄道趣味者でも、労働運動について詳しい人はほとんどいませんので、なかなか長年のマニアでもこの辺は話が通じにくいところではあります。この本は国鉄に長年勤め、労働運動と折衝してきた職員の方が執筆されたもので、国鉄の組合についての知識を一通り得られる、読みやすい本です。極力、どの立場にも偏らず客観的に書こうと努力されている本ですが、それだけに何となく、著者はもっといろいろなことを知っているのに敢えて書いていないところがあるのではないか、とふっと思うところもありました。まだそれだけ、生々しい話ではあるのです。

 話が逸れました。この本の話は機会があればまたすることにして、とまあ、国鉄労組と電産を似たものと捉えることもできるのですが、半面まったく異なった点も思いつくのです。
 鉄道と電力はどちらも重要なインフラ事業で、技術的に重なったところもありますし、戦前は兼業事業者が多数あったという話は当ブログで以前にも述べた通りです。労働者同士でも、電鉄会社の労働者は電力会社の社員をタダで電車に乗せてやり、逆に電力会社の方は電鉄社員の電灯代を半額に負けてやっていた、なんて慣習も昔はあったといいます。
 で、鉄道というのは労働運動の激しい代表的な業種です。これは世界中どこの国でもそうだといっていいですし、日本でも初の本格的なストライキは鉄道機関士によるものでした。労働組合が認められていなかった戦前でも、鉄道労働者はしばしば団結し、東京市電を代表として、しばしばストライキを断行しています。戦後でもやはり、鉄道の労組は労働運動の花形でした。やりすぎて国鉄もろとも倒れてしまったという批判もあるにせよ。
 ところが小生が日本の電気事業史を思い返しても、この電産の一時期を除くと、労働運動の話はあまり出てこないのです。特に戦前においては、経営者にとって労務管理という課題はあまり重要なものであったようには思われません。合併や乗っ取りも多かった業界だけに、労働者もクビが気になる状況は多々あったはずなのですが、それで揉めた話は思い出せません。戦後の電産以降もすぐ労使協調的に転じて、鉄道のようにストを打つこともなくなりました。この差はどこから来たのでしょうか。

 この問いを小生は自分で立てておきながら、実のところさっぱり分かりません。
 いつか考える機会があれば、といただいたこの資料目録をめくりながら思いましたが、小生の研究がこの分野に及ぶのはどうもかなり先になりそうで、他に考えてしまいたい課題がいくらでもあります。
 というわけで、誰かこの資料などを読んで研究していただければ有り難い、という思いもあって、当ブログで取り上げた次第です。テーマを探している院生の方など、一つ大原社研に行かれてはどうでしょう。電力業について考えるべきことが多い昨今、きっと有意義な研究につながると思います。

 先に述べたように、5月1日は九電力会社にとって発足の日です。なので今日は各社とも創立記念日に当たっていたことになるはずですが、それに関連して以下のような報道があったことを小生はネットで知り、愕然としました。

 ・SankeiBiz「値上げ初日に創立記念日で関電本店休業 「厚顔無恥」と不満の声も」

 いくら産経だからといって、という嫌味を思わず付け加えたくなるほど、陋劣な記事といわざるを得ません。
 値上げした日がたまたま創立の日だからといって、だから何なのでしょう。もし創立記念日を返上し、全社員を働かせれば(どっちにせよ電力会社はその性格上、かなりの数の社員が常に働いているはずですが)、電力の値下げを幾らかなりとも回避できるのでしょうか。そんなわけがありません。社員が売り込みに駆け回ったからといって売り上げが伸びるような業種でなし、原発が再稼働困難な状況では消費が伸びたって困るし、どだい円安による輸入燃料の高騰という巨大な圧力の前には、社員の給料を削ったところで僅かな効果しかないでしょう。
 これがまだ東京電力ならば、福島の対策をやれという指摘はあり得なくもないでしょうが、関西電力に対し一体この記事は何を言いたいのでしょう。したり顔で関電を非難する「関係者」とは何者なのでしょう。「厚顔無恥」「無神経」とはただの下らぬ感情論であり、電力の1キロワットたりとも産みはしません。何らの生産性なく、ただこの記事を目にした関電社員の士気→労働生産性を下げる以上の効果はないでしょう。
 結局これは、自分を絶対的に「強い」「正しい」立場に置いて、反撃のリスクが少ない相手を攻撃し、一時の快を貪るものでしかありません。もちろんこれらのことは、既に指摘されている方がおられます。
M.Takeichi @Grandpa_Mar
あ然! 関電が値上げ初日に創立記念日で本店休業 その厚顔無恥ぶりに利用者の反発は必至  http://sankei.jp.msn.com/west … … 確かに、あ然!こんなのが記事になることにだが・・・。通常の休日ならどうなのか? 第一、料金改定後の計量初日に社員が出社したら何かが変わるのか?
2013年5月1日 - 22:15
M.Takeichi @Grandpa_Mar
これ、ひょっとすると「値上げ初日だ!関電取材に行こう・・・え!休みー。ふざけんなよ」でこの記事だったり (^_^) あ然! 関電が値上げ初日に創立記念日で本店休業 その厚顔無恥ぶりに利用者の反発は必至  http://sankei.jp.msn.com/west … …
2013年5月2日 - 1:22
翼の折れたきたきつね。もふもふ @northfox_wind
原発事故の東京電力はともかく、関西電力については、厚顔無恥という議論じゃないような・・・。もともと規定の休日で休日出勤したら、休日出勤手当てとか法的な対応もいるんじゃないかなとか RT @Grandpa_Mar: 『あ然!関電が値上げ初日に創立記念日で本店休業 その厚顔無恥ぶりに
2013年5月1日 - 22:19
翼の折れたきたきつね。もふもふ @northfox_wind
叩くことだけが目的化してもしょうがないんだよな、それってストレス発散、マスターベーションでしかなのだし。意外と虚しさしか残らず、人生の充足感を味わえてないと思うよ。批判し、改善策を提案したり、自らで変えていく動きをとるとか、そっちのほうが大変だけど楽しいと思うぞ
2013年5月1日 - 22:22
 清沢冽は『暗黒日記』で、戦時中の何かに付けての「休日返上」といった、実際には意味なく疲労するだけの精神主義的な動員運動を厳しく批判していますが、当時から変わらぬ隣組の同調圧力的なものが残っているとすれば、悲しい限りです。
 ふと、電力会社が社員の給与を削減(このこと自体は産経Bizの記事も認めている)してもまだまだ足りないと、社員の生活のようなことを一切考えずに叩いていい気になっている、そんな時代だから、電産がかつて生活できるだけの給与を支給せよと訴えたような精神が消え失せ、ユニクロの会長の如き発言をする経営者のような、ブラック企業ばやりの時代になったのではないか、という妄想が小生の頭を過ぎりました。
 電産型賃金はしかし、労働者の再生産を何とか可能にすることで復興の道を開き、またその後の高度成長における内需拡大の一助ともなったのではないでしょうか。なるほど、少子化で不景気な世の中ですね。

 産経の記事に気づいて怒りのあまり書きすぎ、当初本記事の後段に予定していた「ネット上の発送電分離論と図書館で学ぶことの大事さ」の話題を書く余裕がなくなりました。このトピックについては、近日中に書きたいと思います。

※追記:書きました→「電産ばなし余滴 ネット上の発送電分離論と図書館で学ぶことの大事さ」
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by bokukoui | 2013-05-01 23:47 | 歴史雑談 | Trackback | Comments(6)

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Commented by めかちゅーん at 2013-05-06 19:57 x
確かに産経の記事はひどいですね。建設的な批判ではなく、ただの叩きでしかないわけですから。

元記事によると創立記念日で休んでいるのは本社だけのようで、営業所やコールセンターは稼動しているので、一般人や通常の企業活動の利便にはなんら影響を及ぼさないわけですね。

ただ、まずいのは産経単体の問題だけでなく「そうだ、そうだ」「よく言った」「スカッとした」などそれを評価する読者層にもひいては多数の国民の問題ではないでしょうか?
この記事は朝日が書こうが読売が書こうが日経が書こうが読者の共感を得てしまうのではないでしょうか。

あんまり醜い嫉妬心ばかりが横行するというのも世のためにならないような気がします。

そういう醜い嫉妬心に付け込むのが維新の会やみんなの党なのかなぁ・・・というのは穿ち過ぎですね。
Commented by bokukoui at 2013-05-08 22:54
醜い嫉妬心の横行は、まことに世を損なうと思います。
そのような心自体は誰しも多かれ少なかれ持っているものなのですが、一応そういうのはタテマエの後ろに隠しておくのが世の中だった筈です。それが最近、「ぶっちゃける」ことが歓迎されるような風潮が増し、それに便乗する政治家も増えているように思われます。

この記事にある升田嘉夫『戦後史のなかの国鉄労使』を読んでいると、分割民営化前の「国鉄叩き」は今日の電力会社叩きにもまして激しかったようです。
とはいえ、ある集団などがそういうバッシングに遭うこと自体は時々はあったことですが、たいがいそのうち叩き飽きてうやむやになってしまいます。身を切って改革したという点では、実は国鉄は一番真面目だったのかも知れない、結果論としても、そんな気がちょっとしました。
Commented by よしたけ at 2013-05-10 08:16 x
電気高の原因は、1つは燃料高騰だけど、もう1つは違法な手続きで原発を停止した民主党政権による人災ですよね
Commented by bokukoui at 2013-05-15 19:56
>よしたけ様
コメントありがとうございます。
ご指摘の面はある程度あるかともいえなくもないですが、根本的には原発事故と制度疲労してきた九電力体制にあり、そうそう目先の責任をおしつけるだけでは済まないだろうとも思います。
Commented by くれど at 2013-07-01 11:11 x
東京電力研究排除の系譜 斎藤貴男 講談社を読むと 日発を潰すことにより 労資の関係を断ち切り 新しい形をつくることにより 電産をつぶすことができたとあります 国鉄は公社化しただけ

そこが 戦後の労働運動の動きの差になってでてきたのでは?
Commented by bokukoui at 2013-07-07 21:36
>くれど様
コメントありがとうございます。返信が遅くなりまして申し訳ありません。

日本発送電の解体(電力再編成)についての通説では、電産潰しは必ずしも主たる目的ではなく(目的でないわけでもないのですが)、戦前から続く電気事業のあり方をめぐるいくつかの立場の間での抗争であるとされ、また日発の経営方法自体にも問題があったとされています。
日発を潰された側の巻き返しとして、高度成長期に電源開発が設立されるわけで、その総裁を務めた藤井崇治は戦時中の電気庁長官でもありました。

小生が疑問に思っているのは、本論でも書きましたが、鉄道は戦前も戦後も「一貫して」労働運動が激しかったのに、電力業界は電産時代の短期だけ、前にも後にもないような激しい運動を展開したのはなぜだろう、ということです。
装置産業の割りに人手がかかる鉄道と、相対的に人件費の重みが低い電力との、業態の違いなのかなと漠然と思っていますが、いまひとつ決め手はありません。
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