「戦後の地下鉄建設の資金調達スキームについて」まとめと "土地の神話" についての雑感

 このところ、オリンピック招致に関する失言(その内容は、単にIOCの規約に引っかかる恐れ以上に、他国の文化に対する無知や偏見を煽りかねないものと言わざるを得ません)をして国際的に顰蹙を買いながらも、なお意気軒昂にも「これで誰が敵味方か分かった」などとツイッターで発言して更に炎上している、猪瀬直樹都知事ですが、最近メールマガジンで何やら東京地下鉄に経営改革のための機関設置を求めるなどと発言していたそうです。それに関連して、地下鉄の歴史に詳しい小久保せまきさんから、猪瀬知事の見方が偏頗である旨を指摘した一連のツイートがあり、流れ去らせるには惜しい内容と思って僭越ながらまとめておきました。

 戦後の地下鉄建設の資金調達スキームについて



 猪瀬直樹氏がかつてその名を高からしめた著作はいくつもありまして、小生もその中のいくつかは愛読しておりました。それだけに、氏がジャーナリストから実際の政治に関わるようになって以来、その言説が(ひいては行動も)あからさまに陋劣なものとなっていることははなはだ遺憾でなりません。歴史上の人物について振り返っても、地位が上がるにつれ自らの器量も成長させてより大きな活躍をする人もあれば、出世して就いた椅子に座りきれずに落っこちる人もいます。残念なことに、猪瀬氏は後者であるように思わざるを得ません。
 といった批判をすると、時折、「所詮評論家であって空理空論しかできないのだ」などと揶揄したり、ジャーナリストや研究者に対して「そんなに言うならお前がやってみろ」とと迫ったりする人がいるように思いますが、小生はそのようなことを述べたいわけではありません。それは社会でそれぞれ別個の、しかし関係し合って相互に不可欠な、そんな役割であって、それぞれの役割に向いた人がいるのだということです。これは理想であって、なかなか理想通りに行くわけではないですが、少しでもマシなようにしたいものです。


 で、猪瀬氏について、憑かれた大学隠棲氏が以前からよく言っていたのは、「猪瀬直樹の昔の本は、ややこしいことをややこしいまま、その面白さを伝えていたのに、最近は単純化してしまっている」ということでした。小生が愛読していたのは、まあ自明とは思いますが、やはり『土地の神話』ですが、同書なんかは世間にありがちな阪急・東急モデルを賞賛するだけの電鉄業史本よりは、まさにその「ややこしさ」を描けているところが優れていると思います。
 それだけに、こと最近のネット上で伝え聞く猪瀬氏の発言は、この憑かれた大学隠棲氏の批判を裏書きするようなことばかりで、例えば都知事就任直後にも教育について頓珍漢な発言(「猪瀬都知事と暴行致死事件の戸塚ヨットスクールの関係&「男女混合シェアハウスで少子化対策」」「猪瀬さん…聞こえますか…あなたの…脳幹に…直接呼びかけています…アタマを…冷やしてください…」「兵役義務や強制労働を匂わせる政治家&言論人」)をしていましたけれど、猪瀬氏はことを単純化するあまり無茶な方策を是としている印象があります。氏が、郊外住宅という現代の生活様式の形成過程を分析してきたにも関わらず、現状についてそのような見解を述べているとは、著述家の蓄積をぽいと放り捨てているようにも思われ、悲しい限りです。 
 猪瀬氏のツイッターでの発言を要領よくまとめた「声に出して読みたい猪瀬直樹Tweet集」というのがありましたけれど、かつてのジャーナリズム時代の業績からしても、こんな乱暴な物言いは物書き失格だろうという、相手を見下し自分の正しさを決めつけるような発言が目立ちます。これは極端な例を集めたものだとしても、政治家としてはこのような発言で広く読者の反感を買うこと自体がセンスとして問われますし、単純に敵味方で世界を分けてしまい、味方=正しいという考え方に陥ってしまっては、もはや社会に及ぼす弊害の方が大きくなってしまうでしょう。

 というような話は他に書かれている方もおられるでしょうから、上掲『土地の神話』についての思い出話的なのを一つ。
 先に挙げた「猪瀬直樹Tweet集」に、猪瀬氏のこんなツイートが挙げられています。
 とまあ、大変自負心に溢れた発言でありますが、「自分以外は全部バカ」と公言する人が所謂「トンデモ」である事例は、大変多く思い浮かびます。

 で、当ブログでも以前、戦前の京成電気軌道(京成電鉄)の経営者だった後藤国彦の話を書きましたが(「京成電鉄創立百周年記念企画(1) 幻の京成第3代社長・河野通」など)、そもそも小生が後藤国彦について調べ始めたとき、そういえば『土地の神話』に池上電鉄乗っ取りの件に関係して後藤の略歴が載ってたなあと、手始めに蔵書の同書をひもといたものでした。
 すると、五島慶太の踏み台にされたというだけの役回りでしか登場しないのに、『現代経済人』(報知新聞社編)と『産業日本人物論』(解説社編)という2冊の本からの、後藤国彦についての引用が載っていて、結構よく調べてあるもんだなとその時は感心したのです。ところがその後、『京成電鉄五十五年史』を調べてみたら、この社史が後藤について解説している部分で引かれているのがそもそも『現代経済人』と『産業日本人物論』の2冊で、なんだ孫引きじゃんと、猪瀬氏に対する小生の敬意がこの時に何割引かされてしまったのでした。まあそりゃ、同書における後藤の重要性を考えればこんなもんでいいのでしょうが・・・でもそれとさっきのツイートを引き比べると、いささか索漠たる感興も致します。

 揚げ足取りは品がないのでこの辺にしておきますが、ともあれ、猪瀬氏は『土地の神話』の一章を「不動産業の原型をつくった男」として、五島慶太が電鉄業と不動産業を連関させて経営していたことを重視しています。小生も大筋でそれに異論があるわけではないですし、阪急の小林一三が電鉄による沿線住宅開発のモデルを作り、関東でそれを五島が大々的に取り入れた、という一般的な見方を否定するつもりもありません。ただこれが、いささか定説として疑われていない、いわば「神話」となってしまっているのではないか――という気は、若干しています。
 以前、これと関係して「電鉄業の多角経営の過去と未来」という話をしましたが、電鉄業の不動産事業は必ずしもうまくいくとは限りません。一見、線路を敷く前に沿線の土地を買っておき、開業後に住宅として売り出せば確実に大儲けできそうに思われますが、買った土地が都心から遠すぎてちっとも売れなかった、なんていう小田急の林間都市のような事例もあります。それに、鉄道事業というのは事前の免許などの準備に手間がかかるものですから、こっそり土地を買い占められるかも微妙です。鉄道建設に際し、測量したときは何もない土地だったので安く買収できそうだと思ったら、建設計画を知った地主がすかさず木を植えて買収価格つり上げを図った、なんて話は枚挙に暇がありません。それに、仮に鉄道敷設前の土地買収がうまくいき、開業後に高く売れたとしても、同じことは二度できませんね。
 だいたい土地にはそもそも地主がいるのですから、鉄道会社が好き勝手できるわけではありません。インディアンから巻き上げた土地を政府がタダでくれてやった、アメリカの大陸横断鉄道みたいなことが、日本でできたとは思えません(余談ですが、アメリカの鉄道会社では資金繰りの困難などから、せっかくタダで貰った土地も多くの場合は早期に売り飛ばされてしまったそうです)。

 というわけで、日本の電鉄の場合でも、沿線を全部電鉄会社が買い占めて不動産業をやったわけではありません。電鉄会社が直接買収し、開発し、販売したのは一部に限られます。沿線の住宅は、もともと農地を持っていた地主が、それを転用して開発したものが多いのです。しかし、田畑はそのままでは住宅にはなりません。土地を区画整理し、道路を改良し、いろいろ投資してやっと住宅地としてモノになるのです。でもそれだけの資本を持っている人はあんまりいませんし、一件の農家だけで1町歩やそこらを開発したってたかが知れてます。それでは、具体的にはどうしたのでしょうか?

 そこで良く用いられた方法が、「耕地整理」という方法でした。これは本来、農業経営の合理化のためのシステムだったのですが、それを転用して都市の区画整理と同じような手段として用いられました。その様相を研究した本がしばらく前に出ましたので、簡単に紹介しておきます。

高嶋修一『都市近郊の耕地整理と地域社会
東京・世田谷の郊外開発日本経済評論社

 この本は、1930年代を中心に行われた、玉川村の耕地整理を研究したものです。玉川村は現在の世田谷区の西南あたり、東急の二子玉川から奥沢附近までと用賀周辺、といった地域です。この地域は明治末年に玉川電気鉄道が開通し、この当時は砂利輸送がメインであまり住宅開発にはつながらなかったものの、1920年代には現在の東急各線が続々と開業し始めたので、玉川村も耕地整理という名の下に、郊外住宅地開発に適応しようとしたのでした。1932年には東京市が大合併し(これで現在の23区の範囲になります)玉川村も世田谷区の一角になりましたが、耕地整理はその後も続けられ、清算終了は戦後までかかりましたが、その甲斐あってかこのあたりは住宅地として現在も人気が高く、等々力駅前の区の施設に耕地整理を顕彰する記念碑が今でも建っています。

 本書の著者である高嶋修一先生のお名前は、もしかしたら聞き覚えのある鉄道趣味者の方もおられるかもしれません。高嶋先生は『鉄道ピクトリアル』誌に鉄道史についての記事をいくつも書かれていますし、『西日本鉄道百年史』執筆陣のお一人でもあります。そして、地震で奇禍に遭われた交通博物館の学芸員の故・岸由一郎さんの年来の友人でもありました(ピクトリアル誌に岸さんの追悼文を執筆されたのも高嶋先生です)。
 とはいえ、東急電鉄の歴史に興味があるという鉄道趣味者の人が本書を読んでも、多分期待するような内容はありません。小生もまだ一度読んだだけですが、本書はかなり「難しい」本です。

 本書は、玉川村の耕地整理について、主として耕地整理組合(村の地主たちが土地整理のために作る組合)が残した文書群を丹念に読み解き、執筆されています。都市近郊の開発に実は大きな役割を果たしていた耕地整理組合ですが、組合内部の文書は公文書ではないので失われることが多く、その実態はあまり明らかではありませんでした。玉川村の場合は幸い、かなりの文書が保存されていて、郊外化に対応した耕地整理の様相をかなり詳細に追うことが出来るそうです。
 で、そんな文書を調査して、耕地整理の実態を明らかにするだけでも大変な作業であり、かつ相当都市史にとって貢献するものと思われますが、本書が目指しているのは更にその先にあります。本書は、社会を構成する原理が変化するとき、その変化がどのように地域へと浸透していくかを検討することに眼目があります。「序章」から引用しておきましょう。
・・・結論から言えば、本書はごく限定された範囲の現実社会を舞台にして、そこである種の経済合理的な原理原則が支配的な地位を獲得することで、社会の大勢的安定がもたらされる過程を描くことになる。

(中略)

 ある限定された素材が普遍的な議論を提供しえる根拠は、それが社会の構成要素であった以上、社会の大勢的安定に質した原理を何らかの形で反映していることに求められるのであり、したがって仮に極めて「周縁的」な現象であっても(あるいはそれゆえより一層かもしれないが)その社会が内に抱える緊張を照射することは可能である。「世界」を、小さな出来事の外にではなく、それらの内側に見出そうというのが、本書の採る立場である。
 このような試みは、対象となる現象のうちに観察された諸主体の切り結ぶ社会関係がどのようなものであったかを具体的に把握すると同時に、それがいかなる原理によって律せられていたのか、という次元まで抽象度を高め、それを当時の日本社会のあり方に関する議論と対照させることで可能となる。そうした手続きを経てはじめて、本書の議論は当該期の都市化を単に現在へと繋がる市街地拡大やそれにともなって発生する都市問題、あるいはその解決策の起源としてではなく、すぐれて歴史的な現象として把握するための視座を提供し得るであろう。
(7頁、9頁)
 小生もまだ、本書のこの視座を理解しえたとは到底いえません。ですのでテーマを矮小化してしまっているとは思いますが、東京西郊の土地開発にしても、上から五島慶太というスチームローラーによって均されていったというだけではない、様々な主体の関係のすったもんだが積み重なって存在していたのだ、ということから、世界を認識する目を得ることはできるでしょう。

 本書は、近郊農村から郊外住宅地への変質の波が押し寄せてくる事態への地域の対応が主たる対象ですが、といって「地域」の中もすったもんだです。耕地整理事業を推し進めた豊田正治の名は今でも記念碑に残されていますが、村の人が皆、土地の整理や住宅開発に前向きだったわけではありません。さらに玉川村といっても、近世以来の集落がいくつも合体して出来た村なので、耕地整理をいざやるとなっても実際には昔の村である大字単位でことはもっぱら動いていきます。押し寄せる近代に近世のシステムがかなり対抗している面があるわけです。
 耕地整理をして新たな時代に村を対応させよう、というのは、一面では改革であるわけですが、反面では村の従来の土地持ちたちの権利を何とか存続させよう、という意味合いとも考えられます。土地の整理は、電鉄会社を始めとするディベロッパーに対し、村の側のイニシアチブを維持しようとする意図があったとも本書では指摘していますが、一方で土地を住宅向きに開発するノウハウはそういった専門家の方があるわけで、村と電鉄は必ずしも対立関係であり続けたわけではないことも述べられています。
 そして土地整理を行うと、整理して道などを作った分や、それらの整備の経費のために組合から売った土地の分など、元の土地より一定程度が減ってもとの地主に分配されます。面積が整理前より1割減っても、地価が5割上がれば資産は増えることになるから整理しましょう、というのが土地整理の論理ですが、これはいわば、将来の形になっていない資産を根拠に、今目の前にある資産を削らせることだと、本書では指摘しています。この資産を形にするには、削られた土地を元より高利回りに運用する必要があるわけですが、それはここの地主がしなければなりません。

 これらをまとめて小生が思うには、外部からの開発の波に対し地域が主体性を維持しようと考えて耕地整理のような事業を実行すると、それを実行すること自体によって地域が変質していく、そのややこしい関係の印象が眼目と感じましたが、ややこしいのでそれをここで手短に述べることは困難です。そもそも「地域」とはこのように変質した場合連続性をどこまで認められるのか、土地を持っている者はそれを有効に活用し運用する「義務」があるのか、まあいろいろと考えは広がりますが、また読み直して機会があれば考えていければと思います。
 そういった検討を深めることで、都市化で郊外は電鉄がひとしなみに開発して作り変えて行った、という日本の大都市での "土地の神話" が、神話として見直されることに、今後なっていけばと思いますし、またそうなるべきであろうと考えています。
 話がえらく遠回りしましたが、まあその、単純な話で即座のカタルシスを得るよりも、ややこしい話をスルメのように噛み続けてじっくり味わう心を大事にしていければ、と思います。カタルシスを得ること自体を批判するわけではないですが、より公的に、広く影響を及ぼすような立場では、じっくりと世界を捉えることがより重要でしょう。とはいえ、こんな雑文一つでも、「ややこしいことをややこしいまま、面白さを伝える」難しさが痛感されますので、小生もより一層の精進をしなければなりませんし、そしてそのような事績を残した方が一人減ってしまったことはいささか残念であります。
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by bokukoui | 2013-05-06 23:59 | 鉄道(その他)