執事スティーブンスはなぜ桟橋を見に行ったのか

 来る5月3日、MaIDERiAはメイド系同人誌即売会「帝国メイド倶楽部七」に参加致します。小生はなかなか時間が取れず、申し訳ありませんが新刊は作成できません。しかし渡辺プロデューサーが何か製作されるという由で、小生は関っていないので具体的なことは分かりませんが、そちらの方をご期待ください。なお、小生もペーパーは作成する予定です。

 さて、昨日のような硬い長文は書く方だけでなく読者の皆様も草臥れると思いますので、今日からまた長すぎず手ごろな話題をご提供したいと思います。折りしも帝国メイド倶楽部が近いことですし、メイド関連で英国の話題を一つ。
 英国の執事を主人公に据えた文学作品としてブッカー賞を受賞し、映画化もされて話題になったカズオ・イシグロ『日の名残り』があります。ご存知の方も多いでしょう。
 この物語の最後の章、主人公の執事スティーブンスは、「昔から一度は来てみたいと思っていた」海辺のウェイマスという街を訪れます。この街は観光地として著名で、スティーブンスも話を聞いたり、サイモンズ夫人の『イギリスの驚異』シリーズを読んで、その評判を知っていたのでした。そして、「私はこの三十分間ほど、この町の遊歩桟橋の上をぶらぶらと歩いておりましたが、夫人(引用注:サイモンズ夫人)はこの桟橋のことも取り上げ、是非、夕方に訪れてみるようにと勧めておられます。夕方になるとさまざまな色の電球がともり、桟橋全体を飾るのだそうです。」と、桟橋を見に行っています。

 この後、夕方というまさに「日の名残り」の時間の中で、この物語は締めくくられるのですが、さてこの場面の舞台である「遊歩桟橋」とは何なのでしょう。大体、桟橋というのは船を停めるためのものの筈なのに、なんで遊歩場になっているのでしょうか。
 「桟橋」に相当する英語は pier です。ランダムハウスのでっかい英和辞書でこの単語を引いたら、桟橋の意味のあと以下のような補足説明が書いてありました。
係船場としてのほか、遊歩場、娯楽場としても用いられる
 のだそうです。しかし何でそうなったかは辞書には書いてありませんでした。

 以下は聞いた話。
 英国では18世紀から水辺へのレジャーが流行していました。当初温泉地(バースが有名)が中心だったこのレジャー地は、18世紀末から海辺へと転換していきます(『路地裏の大英帝国』の8章などをご参照ください)。英仏海峡に面したブライトンがもっとも著名ですが、ウェイマスもまたそうした土地の一つです。
 さて、19世紀初めのまだ鉄道が普及していない頃、英国では馬車用の有料道路も発達していましたが、大勢の観光客を運ぶには船を利用するということになります。内陸水路もこれまた英国は発達していましたが、海に面した地に行くのなら、沿岸を船で移動するのが合理的となります。観光客向けの豪華船が、ロンドンと海水浴の土地を結びました。
 ところがここで問題が生じます。港として便利なのは、岸の近くでもなるべく水深が深い場所です。一方、海水浴に向いた海岸というのは遠浅の海岸です。海水浴に向いた海岸に船で乗り付けても、岸辺は遥か遠くです。小船に乗り換えて上陸するというのは何とも面倒です。そこで、思い切って長い長い桟橋をこしらえ、遠浅のさらに先まで延ばして船を接舷できるようにしたのでした。これで船でやってくる観光客を迎えやすくなったのです。

 が。
 19世紀中ごろにはイギリスは鉄道時代に突入します。ブライトンに鉄道が開通するのは1841年(のちのロンドン・ブライトン・アンド・サウス・コースト鉄道)です。鉄道は船より圧倒的に速く、運賃もどんどん安くなっていきました。お客は鉄道に移行し、大衆化も進行します。
 そうなると、折角作った長い長い桟橋は、船着場としてはほとんど無用の長物となってしまいます。これは勿体ない。そこで、再利用策として、娯楽施設を桟橋の上に設け、桟橋自体を観光地に仕立て上げたのです。
 これが当たったのだそうです。そこで真似する海辺の観光地が続出し、船着場としてではなく最初から観光用としてこのような桟橋を作るようになったのでした。 pier という言葉は、それ自体で娯楽場の意味も含むようになったといいます。
 スティーブンスが見に行った遊歩桟橋は、このような経緯で生まれたものなのだそうです。今でも観光地となっているこのような pier はあるそうで、何でもものすごく長い桟橋の上には、移動用に電車が走っているのもあるのだとか。一度見に行きたいですね。
 交通手段の発達が観光地の様相や観光の仕方を変えるという、今日でもよくありそうな状況の古典的な例として興味深いですね。

 あれ? メイドさんと結局関係なかったなこの話。『日の名残り』の書評でもないし。結局鉄道の話になってしまうところがしこのブログらしいといえばそれまでですけど。
 なお、帝国メイド倶楽部に向けて、MaIDERiA出版局コンテンツも更新します。明日30日に「げんいけん」こと現代文化遺跡研究会を更新予定。イベントに向けて盛り上げていくつもりです。
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by bokukoui | 2006-04-29 23:59 | 制服・メイド | Trackback | Comments(0)

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