死ぬかと思った鉄道趣味

 さる先生に伺った話。

 山陽本線に瀬野と八本松という駅があり、この間がきつい勾配になっています。その昔、機関車が列車を牽引していた頃は、勾配に対処するため後ろに後押しの機関車をつけて登っていました。今は電車になり、電車は機関車で引っ張るより勾配に強いので後押しは不要ですが、貨物列車は今でも後押しをつけているとか。この後押し機関車のことを補機と言いますが、この区間では時間節約のために補機は走行中に切り離すということをやっていました(連結する時は駅で停車してやります)。ちなみに昔は東海道線の箱根の峠越え(現御殿場線)で走行中切り離しをやっていたことが知られています。

 さてその昔、まだ電車が今のように幅を利かせておらず、旅客列車も機関車が客車を引っ張っていた頃のこと。瀬野~八本松(鉄道趣味者は「セノハチ」という)間を走る列車もまた機関車牽引客車列車で、補機がつけられており、そしてお役目が済んだら列車は走ったまま後押し機関車を切り離していました。
 若き日の某先生、この走行中切り離しの瞬間を撮影しようと列車の最後尾にカメラを抱えて陣取りました。昔の客車なので、列車の最後尾には扉もなく開け放しです。それだけ外はよく見えるわけですが。
 いよいよ列車は勾配を登りきり、補機は連結器を遠隔操作で切り離しました。写真撮影。
 その瞬間、旅客列車は急加速したのです。列車が加速すれば慣性の法則で体は進行方向から見て後ろ側に倒れます。つんのめる先生。そこには開け放された最後尾、そしてその直後には今切り離したばかりの機関車が追走中。
「死ぬかと思った」と、先生は述懐しておられました。
 考えてみれば、走行中切り離した機関車と列車本体の衝突事故を避けるには、列車が加速して補機がブレーキをかけるというのは大変合理的な行動なのですが、しかし実際に体験しないと分からないですよね。

 幸い小生はそれほど鉄道関係で危険な目に遭ったことはありません。
 五月祭の準備で徹夜を続けふらふらになった時、駒場東大前の駅でホームから線路に転落したことくらいですね。自力で這い上がりましたが。
 あの駅では、酔っ払った機動隊員が転落して仲間が助けようと線路に下り、まとめて轢かれてしまった事件が昔あったかと思いますが、現実に線路に落ちて列車が接近、という時には、レールとレールの間で身を伏せれば助かるのかな? 幹線用の50キロレールとかなら高さも結構ありそうだし、コンクリート枕木なら真ん中が少し低くなっているし、人一人伏せるくらい大丈夫な気もします。
 大丈夫かどうか間違っても実験しないように。
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by bokukoui | 2006-05-10 23:58 | 鉄道(歴史方面)