受勲の季節に思い出す踏切のことなど

 タイトルにあるとおり、本記事は先日春の叙勲が報じられたことに触発されて書いているものですが、実は本来、昨年の叙勲にあわせて書こうと思っていた記事でした。それが諸事情でお蔵入りになっていたのですが、ふたたび受勲の季節が巡ってきたことでもありますので、一応書いておこうと思います。
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JR横浜線・中山駅付近の川和踏切
左手の掘立小屋?みたいなのの裏側に献花台があった
(2013年10月下旬撮影)




 もう半年以上も前、去年の10月下旬のことですが、小生は所用のついででJR横浜線の中山駅付近を通りかかり、何の気なしに踏切を渡りました。すると、踏切のたもと、といいますか、南側の中山駅寄りのところに、警備員のような人が立っていました。ハテなんだろうと近づいてみると、そこには献花台が設けられていました。
 こう書けば思い出される方もおられるかもしれません。これは2013年10月1日、遮断機の閉まった踏切に入り込んだ老人を助けようと、踏切待ちをしていた自動車に乗っていた女性が降りて救助に向かったものの、ご自身が電車に跳ねられて亡くなってしまった、その事件の起こった踏切だったのです。小生は報道で事件は知っていましたが、それがこの川和踏切であるということを認識していませんでしたので、ようやっとここで事態を把握して手を合わせました。

 この事件については、当初から救助しようとして犠牲になった女性を讃える一方、それで済ませるのではなく、踏切の安全対策や事故発生時の対応についてもっと周知されるべき、といった指摘もなされました。そういった諸々の反応をまとめたネット上の記事を以下に挙げておきます。

 救助者死亡の横浜踏切事故に学ぶ、目撃時にとるべき行動(NAVERまとめ)

 このまとめでもありますが、事故直後いち早く、安倍首相などが亡くなった女性への顕彰を行った一方で、そういったわかりやすい「美談」として本件が受け止められることへの違和感を示す向きもありました。その違和感の方向性には大きく二つあって、一つには、大事なのは事故の再発を防ぐ対策であって、「美談」として消費することではないというもの、もう一つはこのような事態を「美談」としてしまうことへの違和感です。それぞれの例となる記事を挙げておきます。

 JR横浜線踏切事故:学ぶべきものは(神奈川新聞)※元記事消滅のため、転載したブログをリンク
 自己犠牲を称揚する安倍首相(LUNATIC PROPHET)

 小生もまた、鉄道や交通インフラに多大な関心を抱く者として、神奈川新聞の論旨は然るべきものとまったく同意します。犠牲者の「美談」や、その裏返しとしての当事者の「過失」をあげつらって罰するだけでは、事故に対する姿勢としては感情に流されただけで、もっとも大事なことを見失うものです。
 また、こういった形で亡くなられた方を何らかの形で悼むようなことは大事であるにしても、そのような事態を繰り返さないという反省なしでは、これまた一時の盛り上がりに終わってしまいます。上掲リンク記事の後者については、考えすぎ云々の批判もありうるにせよ、システム的な問題を「感情」で流してしまっているという問題について、現政権当事者の場合特に警戒して観察する要があるようには思われます。

 とはいえ、生き残っている人間は同時に、未来のことも考えなければならないので、突発的に不幸な事件や事故に巻き込まれた関係者であっても、どこかで涙を拭う必要があります。葬儀や法事などは、死者を悼み残された者を見舞いつつ、事態を「終わらせる」という社会的な機能があるといえます。
 『事故の鉄道史』などを読むと、昔の事故処理では、皇室から見舞金や弔慰金が出て、社会的にはそれで一区切り、という慣習があった旨の指摘があります。勲章や表彰というのもまた、この場合は同様の役割を担っているといえそうです。もっともそれが、勲章が出たからもういいじゃないか、みたいな圧力に転じてしまうと、逆効果になりかねないことは、考慮しておくべきでしょう。
 この踏切事故の受勲を巡っては、勲章マニアの方々がツイッター上でものした説明がまとめられていますので、以下に挙げます。

 踏切救助で亡くなった方に褒章が贈られて、濁流で救助した中国人留学生に贈られないのは何故か→手続き上の問題です
 ・紅綬褒章ニュースからの勲章話(togetter)


 情報量としては、後者の方がずっと多く、近年の勲章制度の変化であるとか諸外国の例であるとか、あるいは勲章をめぐる意見の相違がインターネットというかツイッターならではのコジレを見せているところとか、過剰な修飾をしていないなど、ずっとよくできていると思うのですが、閲覧数などに十倍以上の差がついているのが何とも。
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川和踏切へ進入する横浜線下り電車 カーブがあって踏切の見通しはあまりよくない
(2013年10月下旬撮影)

 勲章については当ブログでも1年ほど前に記事をものしまして、「勲章の名前自体がそもそも「中二病」的な、仰々しい格好つけ」「むしろ、この仰々しさこそが、洋の東西を通じた勲章や位階の本質なのであり、子供っぽいように見えて人をひきつける何かが存在している、そう考えるべきなのかもしれません」云々と書いたように、電気事業史をやっているからといって勲章嫌いで有名な松永安左エ門の真似をするわけじゃないですが、社会的に必要性が一定あるシステムであることは分かるにしても、あんまり好きというわけではありません。
 人が人を評価するということは大変難しいことで、それを公的なシステムとして行う場合に、さまざまな思惑が絡んでくることは避けられないでしょうし。欧州の王侯貴族の写真など見て、勲章の色とりどりを楽しむくらいが気楽で結構です。

 で、先の「魔法少女「へんし~ん! せいくりっと・とれじゃー!」」記事中で、この記事のネタは政治家の史料整理の際に見つけた話だと書きましたが、同じ史料整理中にやはり気づいたことがありました。
 その政治家は比較的近年まで活躍されていた方でしたので、残された文書にたくさんのファックスがありました。同時に、昔気質の方だったのか、ファックスの受信用紙はほぼすべて、不要になった書類の裏紙が使われていました。古代や中世でしたら、こうした「紙背文書」はきわめて重要なものとされるのですが、現代史では史料点数が多いのでほとんど気にされません。
 なんですが、小生は何となく、ファックス紙背文書にやたらとある一群の書類に気がつきました。それは「叙勲予定者リスト」なのです。

 そのリストに載っているのは、もっぱらその政治家の選挙区、地盤に当たる地域で、警察・消防だとか民生委員だとか、あるいは仕事の分野で長年務めて、その地域の「名士」となった人たちのものでした。欄外には「11月某日まで厳秘」などと、叙勲者が公表される春か秋の日付が記されています。当時は勲章の一般推薦制度ができる前でもありますし、叙勲されるかどうかに「先生方」の力は少なからず影響があり、また地域の有力者にしかるべき勲章が叙されるようにすることが、政治家にとって地盤固めにも重要だったのだろう、ということをうかがわせるものでした。
 もっとも、叙勲が公開されてしまえば、情報としては新聞などに普通に載るわけで価値がなくなってしまい、毎回長いリストが裏紙にされていったわけですが・・・。叙勲者リストの形そのもので保存されていた書類は、ほとんどないように思います。
 勲章とは、今回の踏切事故のような目立ったケースより、このような社会的秩序維持の役割の方が、数的にはずっと多いということを感じた次第でした。皇族・王族が血筋だけで高位の勲章を受けることからすれば、至当のことではありますが。

 そんな感想を、日本近代史をやはり大学で専攻していたとある友人にしたところ、興味深い話を聞かせてくれました。
 戦前の勲章で、戦場で活躍した軍人に与えられた金鵄勲章というのがありますが、これは実際に戦争に行かないと、長年勤続ではもらえません。また、戦場での活躍で授与されるという性格から、他の勲等よりも高く評価されており、若い兵士でも活躍次第でもらえることがあります。
 するとどんなことが起こるかというと、天晴れ金鵄勲章を胸に凱旋した小作人の三男坊が、村長はじめ村のお偉方より、公的な場所では席次が上、となります。国家としては、兵士として動員した人へ相応に報いる必要があるから当然ですが、一方で昔ながらのムラの秩序は乱されてしまうわけです。お国からお墨付きの勇者ですから無下にはできないけれど、伝統的秩序としては何となく扱いにくい、金鵄勲章受勲者がそんな敬遠される存在になってしまう場合が、時としてあったそうです。
 で、ムラに居づらくなった元勇者の中には、都会に出る者も現れます。金鵄勲章の特徴は、終身の年金がついてくることでした。Wikipedia情報ですが、兵士でも年65円もらえたそうです(いつの時代かは分かりませんが)。国から毎年65円もらえる、とは、これを仮に利率4%の国債に置き換えると、1625円分相当になります。というわけで、金鵄勲章を国債的な存在とみなしてお金を貸してくれる金融業者がいたそうで。勲章の質入等はもちろん禁止のはずですが、実際には良くあったとか。
 なんだか世知辛い話ですが、さらに世知辛く考えると、これが戦死によって授与だったら、当人はいないので(遺族への対応はあるにしても)、こういう問題はかなり軽減されるわけですね・・・。むしろムラ秩序としては、そっちのほうが対応しやすかったんじゃないかと考えると、何とも複雑な気持ちになります。

 こんな話を、踏切事故と溺者救助の勲章授与の話を聞いて思い出しました。いみじくも「生きてる人だと念入りな素行調査要るからね」というツイートもありますが、「勲章をめぐる地域の秩序の体系」から、死者と外国人は外れているので、その点「あいつに勲章が来てなぜオレには、キーッ」的事態は避けられるんじゃないかと。
 まあいろいろと大人の事情があるわけで、「政府の行為には全て裏があるとか後ろ暗い意図があるとか考えてしまう人って、人の好意や友情や愛情に基づく行為にも裏があるんじゃないかと勘ぐる不幸な人生送ってそうだわ」とか揶揄している人もいますが、こんなややこしい制度を相応のコストをかけて制定運用するのには、さまざまな事情があってこそであり、そうでないなら必要はないのです。

 話が大きくなりすぎてきたので、川和踏切に戻ります。
 事故の起こった踏切については、このような報道がありました。

 踏切の障害物検知器、人を感知できず JR横浜線事故(朝日新聞)

 この踏切は、電車の本数も横断する交通量も多いので、安全装置はそれなりに装備されていたようですが、技術的な制約から自動車の進入を報じることはできても、人は難しかったようです。また、仮に警報を発したとしても、電車が止まれる距離では残念ながら無かったようです。
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川和踏切を渡る横浜市営バスの回送車
(2013年10月下旬撮影)

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川和踏切に備え付けられた非常ボタン
(2013年10月下旬撮影)

 もちろん、事故の根本的対策としては、線路と道路を立体化できればそれに越したことは無いですが、費用や手間、土地の問題なので簡単にできることではありません。費用対効果を見据えつつ、可能な対策を打っていく(踏切としては、水準の対策はされているのですが・・・)、そんな冷静さを常に見失わず持ち続けるようにしたいものです。

 余談ですが、この川和踏切を渡るバス路線は、横浜市営バスの41系統と神奈中バスの中50系統で、おおむね1時間に1往復程度バスが通っているようです(後者の系統は1日1往復だけですが)。なので川和踏切を通るバスはさほど多くないのですが、中山駅は昔からのこのへんの中心で、緑区の区役所も立地し、近年は市営地下鉄グリーンラインも開通しています。なので、バスも先に挙げた2者のほか、東急や相鉄のバスも乗り入れています。
 で、そのバスが通る駅前通が、昔ながらの規格で、交通量が多い割にえらく狭いのです。
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中山駅前の通りで行きかうバスとタクシー
(2013年10月下旬撮影)

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上の写真と同じ地点を行きかう、自動車・自転車・歩行者
(2013年10月下旬撮影)

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バス通過時に交通整理を行うため待機している警備員(赤矢印)
(2013年10月下旬撮影)

 まあ、世の中昔ながらの狭い駅前通にバスが乗り入れてくるところはいくらでもありますが、正直グリーンライン乗り入れ時にもうちょっと整備できなかったのかという気はします。ここを通るバスも歩行者も多く、これと比べれば道路の幅が広い川和踏切のほうが安全とは言い過ぎでも、駅前通の交通整理のほうが喫緊の課題、と思われていたのかもしれませんし、それはそれなりに正しくもある気がします。

 ともあれ、半年以上お蔵入りだったテーマをアップできて、自分の中ではほっとしています。
 この半年でもいろいろなことがあって、皆がこの事故のことを半ば忘れているであろう昨今ですが、またそのうち何かの折に見にいければと思います。
 去年の末には、こんなニュースもありました。

 ・女児7人が踏切で高齢者救助…中央線(読売新聞)
 中央線の踏切で動けなくなっていた電動のシニアカーに乗った高齢者を救助したとして、笛吹市立春日居小(山梨県笛吹市春日居町桑戸)の女子児童7人に(註:2013年12月)18日、JR東日本八王子支社から感謝状が贈られた。(中略)

 同支社によると、7人は下校中の11月18日午後4時5分頃、同市春日居町熊野堂の中央線・熊野権現踏切で、シニアカーに乗った高齢の女性が動けなくなっているのを発見。踏切は警報機が鳴って遮断機が閉まっていたため、古屋さんが踏切に設置されていた緊急停止ボタンを押し、残りの6人は近くにいた大人に助けを求め、遮断機を上げて女性を踏切の外に出した。
 悲劇の方が注目されやすく、想定どおりにうまくことが運んだだけでは、この場合のように子供が活躍した時でもないと報じられませんが、普通の人が普通にやればいい結果が出た、ということこそ、普通だからこその尊さや大事さがあるのであろうと思います。勲章には馴染まないまでも、それこそネットなどで知られていけばいいのでは、などと思うのです。
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by bokukoui | 2014-05-07 23:59 | 鉄道(時事関係)