戦史、軍事などに関係するメモ

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1942年4月15日、真珠湾の空母レキシントンから下ろされる8インチ砲塔

 最近は不調なりに何とかやってますが、用事はそれ以上に多くておぼれそうになりつつ、何とか回している感じです。少しは本も読めるようにはなっていますので、ひところよりはマシですが、世の新しい話にはついていけておりません。とりあえずいくつか、ネット上で目に付いた事項のメモのみ。

 東大五月祭で自衛隊装甲車両を展示(togetter)
 東大戦史研の五月祭展示にまつわる話。学祭への自衛隊の協力企画は何年も前から @Im_Weltkriege 猊下が進めていた事業でしたが(今は関わっておられません)、今回は車両入構という新企画が実現したようで、一部で話題になっていた模様です。本件に関する小生のコメントは、該まとめ内にあるので、そちらをご参照ください。

 これだけなのも何なので、他にも軍事関係ともいえそうなトピックをいくつか備忘までに。



 ヒトラー最終兵器(彩プロ)

 戦史叢書「海上護衛戦」&大井篤「海上護衛戦」と、帝国海軍の海上護衛について(togetter)

 身体運用のきた道(togetter)

 家康など、歴史小説等の「出典・元ネタ」話
 宇山智彦「ウクライナ危機から見るロシアの危機」(スラブ・ユーラシア研究センター)

 柴田芳三「わが青春の追憶 一水兵がとらえた太平洋戦争」

 「特攻」が世界記憶遺産に⁉安倍ご執心、担当は籾井令嬢(FACTA ONLINE)
 この件については続報を手に入れていませんが、アウシュヴィッツや奴隷貿易拠点のような「負の遺産」というわけでないのなら――そして首相とその周辺を考えればとてもそうとは考えられず――何をかいわんや! 山本七平の用語を借用すれば、「空気」で自殺攻撃に人を追いやった、ということへの反省が全くなく、いまだに「愛国心」の発露と讃えるとは、特攻隊員をいつまでも殺し続けるようなものです。
 さらに広げて考えれば、死ぬことを至高の忠誠と位置づける価値観は、精神的に「弱い」ものではないかと、最近ようやく読んだ一ノ瀬俊也『日本軍と日本兵 米軍報告書は語る』からは思わされました(同書については以前紹介したこちらの記事も参照ください)。日本軍と「精神力」については、「日本人よりアメリカ人の方が精神的に強かった」のではないか、「悪い意味であきらめがよすぎる」のではといった指摘もされていますが、そもそもこれまた山本七平が、日本軍は思い通りにならないと、文字通り自分を「片付けて」しまう、と述べていたことと同じですね。
 憤慨のあまり言葉もまとまりませんが、ことの経緯は今後も注視せねばと思っております。

 新見志郎『巨砲艦 世界各国の戦艦にあらざるもの サイト「三脚檣」で第1次大戦以前を中心とした軍艦史を発表され、また当ブログでも紹介した講演会「巡洋戦艦「金剛」 技術的視点による再考」「第一次世界大戦における海軍と外交」で講師を務めていただいた、新見志郎さんがついに本を出されました。木造帆船から鉄製蒸気船へ技術が進化し、大砲の性能も大きく向上した19世紀後半、「戦艦」というフォーマットができるまでの試行錯誤については、小生もサイトや直接のお話で今まで伺う機会がありましたが、いよいよ一書にまとまったとは喜ばしい限りです。戦史のみならず、技術史としてたいへん興味深いお話ですので、ご関心のある向きは是非。小生も給料が入り次第、と思っています。


 とりあえず以上ですが、リンクだけ並べるのも地味かと思い、手元の Joseph Kennedy "The North Shore of O'ahu" Arcadia Publishing, 2011 という本に載っていた写真(元はアメリカのナショナル・アーカイブのもの)を張ってみました。ワシントン条約で巡洋戦艦から改装されたアメリカ空母・レキシントンは、太平洋戦争開戦時点でも8インチ連装砲塔4基を搭載していましたが、開戦後それを真珠湾で下ろし、ハワイの防備に宛てている時の写真です。こちらのサイトによると、これは1942年4月15日のことのようです。直後の珊瑚海海戦でレキシントンは沈むので、最後の忘れ形見になってしまったこの砲塔ですが、引用した本のタイトルの通り、オアフ島の北側、ノースショアに防衛用として設置されたそうです。
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オアフ島ノースショアの中心・ハレイワから2マイルの山に設置されたという8インチ連装砲塔

 この砲塔が設置されたのは Opae'ula というところだそうです。今はのどかで自然豊かな観光地、といった雰囲気のノースショアですが、戦時中は滑走路が設けられてP-40なども駐屯していたそうです。
 ちなみにこのネタ本は、ハワイに行った際にオプションツアーのノースショアに同道者の希望で行ったら、ガイドがたいへん説明の丁寧な方で、思いがけないほど素敵なツアーでしたから、つい買い込んでしまったものでした。「ノースショアは日本からの官約移民が最初に上陸したところで・・・」というガイドさんの説明を、小生はに感心して聞いていましたが、ツアーのほかの人が「カンヤクイミン」と言われて分かったのか(教科書にも細かすぎて載ってない)、とはあとで思いました。
 とまれ、このツアーの折の写真も、機会があればブログに載せるつもりです。
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by bokukoui | 2014-05-24 23:59 | 歴史雑談