[資料メモ]家事奉公と衣服

 昨日のような話題を書くのにはなかなかに時間と労力を要するため、ひとまず表題のようにメイドなどに関連しそうな話題の書物の一節を紹介するという企画(まあかつてやっていた「今週の一冊」みたいなものだとお考えください)をすることにして、一足先に今日の更新を済ませておくことにします。昨日の続きは今夜中じっくり考えることと致しましょう。
 なお、MaIDERiA出版局「よりぬき『筆不精者の雑彙』」に5月分を掲載しました。

 本日取り上げる書物は、W.ハーミッシュ・フレーザー著(徳島達朗・友松憲彦・原田政美訳)『イギリス大衆消費市場の到来 1850-1914年』梓出版社 です。表題の如く、19世紀後半から第1次大戦までの期間に、大衆(主に労働者階級や下層中産階級)の生活がどのように変化して行ったか、何にお金をどれだけ使うようになり、それに対し産業がどのように対応して行ったか、ということを、多くの数字を挙げて述べている本です。
 直接家事使用人について述べている箇所はそう多くはないようですが(まだ全部読んでいない)、今まで読んだところから一つ引用。
 貧しい所帯が衣服を買う時期は、燃料のためにわずかしか金が必要でない夏であった。しかし、労働者階級のうちたとえわずかな割合であれ、1870年代以前には新しい衣服を買ったかどうかは疑わしい。彼らは古着商やおさがりや慈善に依存していた。1860年代にある作家が書いたように、
着古しの衣服はもちろんいつでもホワイトチャペルやセント・ジャイルズの貧民街で手にいれることができた。貴族や金持ちの平民が捨てた上着は彼の家事使用人の手に渡り、家事使用人から古着屋、古着屋から職工へと渡った。そして職工から四つ辻の清掃人へと渡ったのである。
 1880年代に、オックスフォードシャーの農業労働者の妻たちは奉公中の娘たちが家に送ってくる衣服にいまだ相当に依存していた。しかしこのことは、流行が無視されたことを意味するものではなかった。送られてくる衣服は「世間の標準から1年ないし2年遅れ」でなければならず、台所くずを豚にやりに行くときでさえも腰あて〔バスル:婦人服の後部やすそ部を張り広げるために着用された当て物〕が必要であった。ラウントリーとケンダールが研究した1913年の農村の生活費は、規則的な仕事をもつしっかりとした地位の労働者も、衣服については相当に慈善に依存していたことを示した。おそらく学校を卒業するときだけ、学校貯金制度で貯めた小金を使って、少年にはよそいき(サンデイ・スーツ)が、少女には家事奉公にいくときに持っていく衣服が購入されたであろう。(pp.71-72)
 家事奉公が衣服の流通に少なからぬ役目を果たしていたことが分かりますね。
 ところで、「学校貯金制度」についてはけしからんことに本文中に一切の説明がないので(この後にある可能性はありますが)、それについてはまた別途調べておく必要がありますが、しかし男の子はよそ行きの服を作るに女の子はメイド服を作る、そこらへんが時代をよく反映しているとは言えそうですな。
[PR]

by bokukoui | 2006-06-03 23:11 | 制服・メイド