メイド徒然話~スパゲティ理論本論(1)えっちなのは大事だと思います

 先日来書こうとしてはいまいち筆が進まぬ話を、しかし気を取り直してやり直してみようと思うのであります。

 グダグダ述べてきたことをくり返すと、「メイド」趣味にはエロという要素から始まったものと、そうではないものとが混在している、ということです。
 この両者が混在しているというのが、「メイド」が秋葉原的オタクコンテンツの中でも世間に幅広く認知されることができた理由ではないかと考えます。「メイド」に対し、広い層が様々な幻想を託することを可能にしたからです。特にエロ要素だけでは広い層から支持を受けたり世間で堂々と流布されるには難しいところを、『エマ』に代表されるようなタイプの「メイド」イメージのお蔭で、かわいい、とか、アンティーク、とか、女性などの層も取り込むことができたわけです。これによって、「メイド」市場は大きな発展が可能になったでしょう。
 しかし拡大した「メイド」市場が認知されるようになると、商業的有利さが追求されるようになり、その結果エロ方面もまた拡大した、というか、エロ・風俗の業界ほど流行りに目敏くフットワークの軽い業界もまたないでしょうから当然といえば当然で、むしろそちらの拡大の方が大きかったのかもしれません。短期的に利益を上げてすぐ撤退することの多い業態でしょうから。また風俗に限らずとも、ブームに乗じて短期的に利益を上げる方法の場合、提供されるサービスなどの点でクオリティを向上させる意欲が大きいとも思われませんので、これもまた「メイド」コンテンツ消費者の不満を招くことになるであろうと思われます。
 こうした結果、「メイド」業界の発展を支えてきたバランスがまた変化し、そのあたりで生じたゴタゴタが、再三取り上げているような読売新聞記者のブログのような意見を生むに至ったのではないかと思います。 

 で、こんなことをうだうだ書いていると、ここでも「エロ系に傾いた最近の『メイド』ブームはけしからん!」ということでも書くのだろうと思われるかもしれませんが、決してそういうわけではありません。これまで述べたように、「メイド」趣味にはエロという根っこが有り、それを全く否定し去ることはできないだろうとむしろ思うのです。そして、エロ方面の系譜を否定することで、自らの「メイド」趣味を何か立派なものであるかのように思い込むのも不毛であろうと思います。
 とりあえず話を分かりやすくするために、始終二元論は不毛だといいつつも分かりやすさを優先して「メイド」趣味の系譜を大きく二分してみます。エロ方面の系譜から来たものを、フレンチメイド(マイクロミニでエナメルなメイド服のあれ)にちなんで「フレンチ系」としましょう。一方、相ではない「メイド」趣味、アンティーク調な世界への憧れなどから来た方面を、ミクシーに「クラシックメイド好き集まれ!」というコミュニティがあるのにちなんで「クラシック系」としましょう。

 小生がいささか気になることは、最近の「メイド」ブームの展開と普及の中で、クラシック系の「メイド」趣味者が、フレンチ系を批判したがるところです。『エマ』完結を期に、クラシック系に分類される歴史系「メイド」趣味者として、このことを考え直してみるのも、一つ頃合かなとも思った次第で。
 クラシック系の名はミクシーのコミュニティから採ったと最前申し上げましたが、其処など見ていると秋葉原の「メイド」喫茶を批判し、「本当の」「イギリスの」メイドが好きだという人たちが集まり、昔への憧れを吐露しておられます。
 個人の趣味に四の五の文句を言うのは野暮の極みですので、ミクシーでそんな話をしているのは一向構いません。ただ、例の読売新聞のブログ(うーん粘着だなあ我ながら…)のように、そういった風潮がまかり通り、「メイド」趣味の正統性のようなものを自らが担っているといった感じになってしまうのは如何なものかと思うのです。
 何となれば、小生思うに、フレンチ系もクラシック系も、もとを辿れば同じ穴の狢、コインの裏返しに過ぎないのではないかと思うためなのです。

 なかなか肝腎の所に届きませんが、次あたりに核心に達する予定ですので、何卒お付き合いください。
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by bokukoui | 2006-06-04 11:34 | 制服・メイド