歴史にまつわる雑彙~今年のネット記事備忘録

運転手さんそのバスに 僕も乗っけてくれないか
行き先ならどこでもいい
こんなはずじゃなかっただろ? 歴史が僕を 問いつめる
まぶしいほど青い空の真下で
 THE BLUE HEARTS の「青空」を聴くと、1940年に「バスに乗り遅れるな」と対独同盟を推進したものの、五年後の夏に敗戦となって皇居前広場で呆然となっている軍人、というポートレートがなぜか浮かんでしまう今日この頃です。もし小生が『日本のいちばん長い日』の再リメイクをするなら、ぜひこの曲は入れたいところでして。
 それはともかく、今年は戦後70年ということで、また世界遺産登録云々の件もありまして、歴史をめぐる話題がひときわ世間の耳目を集めたように思います。本来、このブログでも時機に応じて触れるべきところでしたが、すっかり沈滞しきって如何ともなりませんでした。そしてまた、歴史をめぐるこの間の状況もまた、精神を沈鬱にせしめるがごときものばかりでした。
 そのような中でも小生、ネットで見かけた気になる記事を幾つか、メモのようにしてはいたのですが、ブログどころかツイッターで触れることすら叶わず、今日に至ってしまいました。滞貨一掃といってしまえばそれまでですが、そういった心に引っかかった記事を、以下に備忘としてまとめておきます。時機を逸したものばかりではありますが、むしろ話題の変転が日どころか時分であるネットの時代だからこそ、少し時間が経ってから見直す意義もあろうかと思います。



「国家主義は史実を曲げる」 日本研究者187人声明(朝日新聞デジタル)
日本の歴史家を支持する声明(全文)(朝日新聞デジタル)
世界の日本研究者ら187名による「日本の歴史家を支持する声明」の背景と狙い(小山エミ)
「187人声明」は、"反日"でも"反韓"でもない 実現しなかった「読売新聞への独占提供」
(東洋経済オンライン)
 今夏は「戦後70周年」談話が話題になりました。小生は50周年の「村山談話」と今年の談話を読み比べ、短い中にエッセンスを明確にまとめた村山談話に比し、「安倍談話」はだらだら長くてどこに焦点があるのか分からせない、官僚的作文の傑作であると感じました。ある意味、完全に安倍首相の思い通りにはならなかったであろうとはいえるかも知れませんが、といって官僚的作文の行間には本音が漏れるところもあり、なおも歴史認識をめぐる問題は続くでしょう。
 そんな中、今年5月にアメリカの日本研究者が連名して声明を発表しました。小生が読んで解釈するには、これは単に従軍慰安婦問題についての安倍談話牽制という狭いことではなく(それが直接的なきっかけで中心的なトピックであるにしても)、国家権力の担い手たちが、歴史研究を自分たちと支持者の都合の良いように、あるいは「心地よい」ように捻じ曲げようとし、歴史研究に圧力をかけるような事態への懸念、というより普遍的な提言であるということです。この普遍的な問題意識は、小生も完全に共有するものです。
 この声明は政治色を薄めるようにして、多くの声明への賛成者を集めたといいます。そのようにしたのは、特定の政治トピックに関わりすぎることで過剰な反発や誤解を招かないようにし、声明を広く受け入れられるようにするというのが最大の理由とは思います。しかし積極的に評価すれば、歴史と権力、ナショナリズムの普遍的な関係に視野を広げさせ(視野を広げるのに歴史は有意義です)、より広く長く有効な声明になった、そんな意義もあろうかと小生は考えます。
 しかるに、附随したエッセイや東洋経済のインタビューによると、この配慮を誤認して、慰安婦問題がどうこうとか「反日」云々に矮小化してしまう徒輩が少なくなかったことがうかがえ、がっかりさせられます(参照:https://twitter.com/apesnotmonkeys/status/599483156748587008)。斯様に近視眼的に「勝った」「負けた」とやくたいもない争いを繰り返す愚を悟り、普遍への道を拓くことこそ、歴史のような人文学の役割と思うのですが――さてそこをどう埋めるのか、まずは諦めないことが肝要です。

採択相次ぐ!「育鵬社教科書」本当の問題点 「右・左」だけでなく、グローバル視点で課題
(東洋経済オンライン)
韓国、歴史教科書の「国定化」復活を決定 「青少年に正しい国家観」求める背景は
(The Huffington Post)
 歴史への権力の介入、それを露骨に表すのが教科書問題です。日本では前世紀末から続く、教科書への「保守系」の、日本会議に代表されるような勢力の圧力が高まり、育鵬社の教科書の採用例が増えているというニュースが伝えられています。一方で、韓国では国定教科書を制定しようという動きが・・・互いに歴史問題で張り合っている当局どうしが、国内でもいわば「思想統制」の歩みを類似させているのは、考えてみれば当然と言えます。
 現在の日本では、革新官僚から戦犯に指名され、その後憲法改正や安保改定を目指した政治家を祖父に持つ人物が首相です。韓国では、軍事クーデターを主導して独裁政権をしいた人物を父に持つ政治家が大統領。ある意味、似たようなことをやるというべきなのでしょうか? そういえば、日韓基本条約の締結は、韓国の現大統領の父と、日本の現首相の大叔父の間で結ばれました。

「台湾は親日だから好き(いい国)」という意見がイケてない3つの理由
(通訳、翻訳、ときどき日本語教師)
 このブログでは以前、台湾新幹線を題材に「台湾=親日の構図で礼賛する人々は・・・台湾人が自立して自らの技術システムを築くということを無視し、いわば植民地的立場に置き続けようとしている・・・彼らは台湾に対し友好的なつもりなのでしょうが、これは侮辱以外の何者でもない」との批判を述べました。こういった考えを持つ者にとって、まったく腑に落ちる記事でした。この記事に関するtogetterまとめも参照に。
 で、ことにこの記事が小生の身に沁みるのは、台湾を称揚し韓国を侮蔑してやまず、テレビの外国人に日本を賞賛させる類の番組が大好きな人物が、ごくごく身近にいるという切羽詰った状況があるからでして・・・。そのおかげで?昨年今年と台湾観光旅行へお供することとなりまして、台湾は食い物が旨くて安いので観光するのに結構なところなのは確かで、小生も好きですが、といって毎年行くよりは他のところにも足を伸ばしてみたいという気もあります。香港のトラム乗りたい。

<翁長知事冒頭発言全文>「粛々」は上から目線(琉球新報)
 安倍首相に思想的に近しいとされる方々に名指しで「潰す」と言われた琉球新報に掲載された、翁長知事のコメント。知事には中国のスパイといわんばかりの中傷もネットでは目立ちますが、「日米安保堅持」の立場は明白に表明されていて、その中での「品格ある」負担軽減策を求めていることは明らかです。沖縄の戦後史の見方としても、記憶しておきたいと思います。
 ところで、どうしても県内、辺野古移設を進めるのなら、安倍首相と菅官房長官と中谷防衛大臣が、三人で翁長知事の前で「振興策はするからどうか移設を」と土下座するのが、保守政治の論理としては筋ではなかったかと(浪花節ですがそれもまた「保守の論理」)、小生は乏しい戦後政治の知識からは思うのです。そこがあからさまな「上から目線」となり、その目線で支持を強化して乗り切ろうとしているところ、「保守」の意味がもはや変わっているのだと思います。 

安田浩一氏の「維県収容所」に関するTwitter記録(togetter)
 恥ずかしながら、日本本土のことはともかく、日本が中国に設けた在留敵国人の収容所については初耳でした。その収容所の生存者や遺族へも取材した方のツイートまとめ。これだけでもまことに勉強になりますが、ぜひともしかるべく一書にまとめていただきたいと思います。加害⇔被害とその記憶を如何にとどめるか、学ぶべきところが多々あります。
 しかるに、その大事さを矮小化するようなコメントが多々見られるのはtogetterの通弊とはいえ、その記憶をとどめることの難しさ、そしてその困難を悪化させる昨今の世相をいやおうなしに感じさせられます。

創作と偽史のあいだ――ある事例に見る歴史修正主義の陥穽(蛇足頭脳流出)
 ネットの記事を題材に、自分の願望や妄想から、歴史の断片を得手勝手にこね合わせて「偽史」を拵える徒輩について考察した記事。その問題意識は小生も全く共有するところですが、こちらの記事では小生のツイートをまとめた http://togetter.com/li/879015http://togetter.com/li/889851 を紹介してくださっており、 感謝に堪えません。「歴史修正主義は我々の身近に潜んでおり、様々な局面に忍び寄ってきているのだ」というご指摘は、小生も強く感じています。

「目的はパリ、目標はフランス軍」(討死館)
 ビジネス書によく引用されているという軍事的箴言に、「目的はパリ、目標はフランス軍」というのがあるそうです。目的と目標は違うということですが、ビジネス書では概してクラウゼヴィッツの言葉とされています。しかし心あるミリタリーファンの「大名死亡」さんが、『戦争論』にそんなことは書いていなかった、という疑問から調べた結果。これは実は大モルトケの言葉で、まあその間違いはまだしも、実はモルトケは逆に、「目的はフランス軍、目標はパリ」と言っていたのでした!
 ビジネス書やら自己啓発本やら、あるいはそういった文脈で歴史小説を読みたがる連中もまた、自己の思い込みに都合のいいように歴史を切り張りする点、歴史修正主義をはびこらせる震源の一つと小生は痛感しています。そんなわけで、ビジネス書の歴史にはご用心、ということは強調しておきたいのですが、大名死亡さんのご指摘によれば、そもそも旧軍の連中が誤読してたんじゃないかという・・・うむむ・・・。考えてみれば、昭和初期の青年将校の世界観もまた、「偽史」的ではありました。
 なお、大名死亡さんのこういった、世に蔓延る箴言の嘘については、ゼークトのものとされる「有能な働き者は参謀に、有能な怠け者は司令官に、無能な怠け者は連絡将校に、無能な働き者は銃殺にせよ」も日本でしか流通していない、というご指摘があります(こちらのページの下の方にあります)。これはちょっと検索してみたら、クルト・フォン・ハンマーシュタイン=エクヴォルトという人の言葉がだいぶ改変されたもののようで(英語版 Wikipedia にも記載があり、ドイツ書の出典註が付されています)、これも何でゼークトになったのやら・・・佐藤大輔とか小林源文とかのせいか?

1948年に東京で撮影されたあの鮮明すぎる35mmフィルムの正体がわかった!!(himag)
昭和61年(1986年) 秋葉原の“その時”(adakendotorg)

 記録動画二点。こういうのを手軽に視られるのは、ネット時代のありがたさです。それにしても、70年近く前に日本で動画素材を撮影して合成して映画にするとは、さすがハリウッド。まさに当時は彼らにとって(アメリカにとっても)「我等の生涯の最良の年」だったのでしょうか。
 秋葉原の方は、自分も当時もう生まれていたはずなのに、滄桑の変とでもいう感じですね・・・石丸やオノデンやサトームセンのCMがなつかしく思い出されます。

幻の28道府県(togetter)
 1903年に構想されていた道府県の統合再編案。恥ずかしながら知りませんでした。この案は議会が解散し、その後は日露戦争で有耶無耶になってしまったようですが、戦後の地方改良運動なんかでもう一度脚光を浴びることはなかったのか、宮地正人先生の本とかで確認しておかねばならないところです。
 ところで、明治末年ごろまで道府県の再編構想があって実現の可能性もあったのに対し、いつごろから47道府県の枠組が固定化したのか、ちょっと気になるところです。明治の置県当時は、そこまで固定的に捉えられていなかった枠組だったはずで、それは20世紀に入ってもそうだったと、この件からは考えられそうで。

日本国憲法が長寿なわけ(デモクラシー・ラボ)
 日本国憲法は1946年の公布以来改正されていませんが、その理由は単に手続きが厳しいというわけではなく、他の理由がありそうです。その一つに、「権利に関して広くカバーされている憲法は改憲されにくく、一方で、統治機構に関して広くカバーされているものは修正されやすい」という世界の憲法に関する研究があるそうです。この観点からすれば、なるほど日本国憲法は権利に詳しく、統治機構はそれに比べて簡素な規定です。
 この記事は憲法に関して実証的か研究の必要性を訴えていますが、その面白さを説得される記事でした。どうも昨今の憲法改正論議では、「日本独自の~」とかいうことを盛り込みたがる人が目立ちますが、むしろ普遍的なツールとして、世界の実例とよく比較検討すべきと考えられますね。

「慰安所は軍の施設」公文書で実証 研究の現状、永井和・京大院教授に聞く
(朝日新聞デジタル)
 従軍慰安婦問題については、残念ながら圧倒的に、思い込みに基づいた無責任な言説がネット上を漂っています。無責任な言説は相互に参照し合い、もっとも彼らの思い込みに沿ったものが拡大再生産を続けているのは、はなはだ悲しむべき、怒るべきことです。そんな中で、偉大一級の研究者の方の声がマスメディアに載ることは、少しでもその状況を改善することになれば良いと思うのですが。
 小生は、永井先生の本は『青年君主昭和天皇と元老西園寺』なんか買って読みましたが(べらぼうに面白い本でした)、慰安婦関係は未見です。いちおう、日本近代史を講じている者として、そろそろこのトピックも一通り読んでおかねばならないと思ってはいるのですが、・・・。

異端の試み(武田晴人)
 日本経済史の巨人、武田晴人先生のサイト。多くを説明する必要はないでしょう。熟読すべきコンテンツです。

死者と生きる未来(高橋源一郎)
 この文章についてもまた、多くを語るべきではないでしょう。ただ読んで、思いをめぐらせるだけです。

 思いのほか長くなりました。このように溜め込むことはよろしくないですが、一方で時間が経つことで対象を見直せる効果もあるかもしれませんし、それはとても大事なことかもしれません。
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by bokukoui | 2015-11-21 22:42 | 歴史雑談