7月1日に思う

 昨日、国勢調査の速報値を基に、日本が世界一の少子高齢化社会になったということが各メディアで大きく報道されておりました。これを報じた昨日付けの日経新聞夕刊一面には、以下のようなグラフが掲載されておりました。f0030574_15563613.jpg
 なるほど、後発の日本が欧米先進国を猛烈な勢いで抜き去っているのが分かります。聞くところでは、韓国やシンガポールなどはその日本をさらに追い越しそうな勢いらしく、後から発展した国ほど高齢化のスピードが速いというモデルがありそうな予感がしますが、正確な理論は筆者の知るところではありません。

 さて、上掲日経新聞のグラフを最初に見たとき、小生が疑問に思ったのは、日本・カナダ・アメリカのグラフが傾きの差はあるものの右肩上がり傾向(アメリカは横這いになっているが)なのに対し、欧州諸国のグラフが上がったり下がったりを繰り返しているように見える点です。つまり1980年から1985年にかけて、英仏独伊は高齢者の人口割合を減らしているのです。日米加は増えているのに。
 何故でしょうか。この表は「65歳以上」の人口割合です。逆算すると、1915年から1920年生まれの層が少なかったのではないかということになりますが・・・とすると、これは第1次大戦の影響なのでしょう。当時のドイツの人口ピラミッドがこちらのサイトに掲載されています(少なくともこのサイトのデータは役に立つ)が、これなら確かに影響を与えていそうです。多くの若者が動員されていたために出生率が急減したのでしょうが、しかし一方で第2次大戦では、影響はどうだったのでしょう。

 さて、今日7月1日は、その第1次大戦中、おそらく一カ国の軍隊が一日に被った損害としては最悪の記録が作られたであろう日から、90年の記念日になります。
 1916年7月1日、司令官ヘイグの指揮下イギリス軍はソンムで攻勢を始めました。一週間準備砲撃が続けられており、ドイツ軍はそれによって打撃を被っているため突撃で塹壕線を突破できるとヘイグは考えていました。しかし、塹壕にこもった軍隊に砲撃はあまり効果がなく、突撃する英軍の兵士は一人あたり30キロの装備が重過ぎて敏速に前進できず、しかもヘイグのやり方が硬直的で敵軍が容易に対処することができ、攻勢は多大な損害を出した割りに戦果をあげることは出来ませんでした。
 この7月1日だけで、英軍は約2万の死者を出し、損害合計は約8万にも上りました。
 突撃した英軍兵士の多くは機関銃の餌食となり、次々と壊滅していったといいます。さらに悲惨なことには、この当時の英軍は地域や職場などの仲間単位の志願兵が多かったため、この損害はある地域のある年代の男子を全滅させるという効果を齎したのでした。
 しかし、それだけの犠牲に対して、軍事上の成果はというと、殆ど無いような物だったのです。

 小生が歴史について関心を持つようになったきっかけの、ジョン・エリス『機関銃の社会史』(平凡社)が、このあたりについていろいろ示唆を与えてくれるのですが、同書の巻末の一節には、近代の戦争における死者とはどういう存在なのかということを考える時、いつも心によみがえってくる言葉があります。前にも少し触れたことがありましたが、今日という日に相応しく、それを引用して締めくくるとしましょう。
・・・ガイ・チャップマンはソンムの前線に送られる兵士たちに辛辣なはなむけの言葉を贈った。「荷物を背負って歩き続けろ。諸君、一時間がんばれば三マイルだけ死に近づける。諸君の生も死も、この戦場にとっては何の意味もない。そう、総司令部で作戦を指揮している人間にとって、たいした問題でないのと同じだ。諸君はただの捨て駒だ。たとえ命を捧げても戦争を終わらすことはできない。子供に平和な世界を取り戻してやることは不可能だ。ここで死んでも自分のベッドで死ぬ以上の意味はありはしない」(同書p.283)
 何だか、戦死者の追悼だの靖国だのなんだののニュースを見たり聞いたりする度に、この台詞が頭の中をいつもぐるぐると巡るのです。
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by bokukoui | 2006-07-01 23:50 | 歴史雑談