戦争と近眼とめがねの話

 『バックラッシュ!』読み継続中。思ったよりかかりそう。

 森薫先生のインタビューの【メイド・鉄道・ミリタリーの微妙な関係】には、これ全部の兼業者として一言物申すべきと考えているもなかなかまとまらず。近日中に手をつけようと思ってはおります。

 さて、昨日めがねっこの話を書いたのですが、今日付けの日本経済新聞の「私の履歴書」に近眼ネタがあったのでふとそれ関連の話を書いてみようかと思い立ちました。「私の履歴書」、今月は小松左京氏で、目下は戦時中の経験を語っておられますが、今日の末尾はこうでした。
 戦況が一層、切迫してきて、弾が入っていない三八式銃を抱えることも日常的になったが、近眼の私は参加もさせてくれない。屈辱だった。
 「近眼は非国民だから、銃を教えても仕方ない。決戦の時はタコツボに潜って竹槍で敵の戦車の腹を突け」というのだから、むちゃくちゃな話である。
 というわけで、戦時中(1942年)発行の眼についての本、『日本人の眼』という本が大学の図書館にあったので、一つそこからネタを拾ってみましょう。

 昨日アップしたコンテンツに関連する話では、近眼について述べた箇所に、当時の学生の近眼の率が載っています。その表を以下に転載します。(同書p.126)
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 この表の期間を通じて、大学や高等学校は漸増くらいですが、中学校と女学校は大正時代を通じて大きく伸びていることが分かります。近眼=めがね使用、というわけではないでしょうが、「大正浪漫の袴っ娘にめがねをかけさせたい!」という向きの方には一応参考になるかと思います。
 この次のページによると、昭和12(1937)年に東京・大阪・京都・九州の各帝大と、金沢・千葉の医科大学が文部省の委嘱を受けて、各学校所在地の学校について近視の調査を行ったところ、国民学校児童の27%、中学校生徒の48%、高等女学校生徒の44%、高等学校生徒の67%が近視だったそうです。前掲の表より数値が高いですが、この調査を行った地域の近眼率が高いということですね。大雑把に言えば都市部の方が高かったわけです。

 このような近眼の多さに「将来の日本を背負って立つべき青年生徒の半数以上が近視であるということはまことに憂うべき事態であって、近視の問題がやかましく議論せらる理由もここのあるのである」と述べられています。この続きでは、近眼の多さには受験勉強の激化があり、近年(太平洋戦争の始まった頃)入学試験が抑制されたことについて「まことに時宜を得た処置として大いに喜ぶべきことで、体育奨励と相俟って、わが国の近視も今後漸次減少するであろうと期待される」などと書いています。
 体育が近視対策というのは、何でも19世紀末にドイツで近眼が増えて、時のカイザー・ヴィルヘルム2世が「多くの青年がめがねをかけていることを非難し、これを叱責した」ので、スポーツが振興されて、それも一因となって近視が減ったということに由来するようで、まったくあのお調子モンは余計なことばかり考えるなどと思ってしまいます。他に、近眼と結核についても関係があるのではないか、みたいなことも書かれており、世相を感じさせます。
 さらに、勉強しすぎて眼が悪くなるのは日本語に漢字があって、細かくて読むのに疲れるからだ、だから読みやすい文字を作って、目の構造に合った横書きにすれば近視も減るし漢字を覚える手間が要らないから教育の能率もアップ、なんてことで自作の新案かな表記までのっけています。それでいいのか。

 本書『日本人の眼』は、眼に関する一般向け啓蒙書で、大部分は普通に役立ちそうな知識が述べられております。上に引いた近眼関連の部分は時局柄の偏向が感じられなくもありません。しかし、ここら辺はまだまっとうな方であると思います。この本のちょっとどうよ、と思われるのは末尾の方、「第五章 日本人の眼 ――眼にあらわれたる日本人の優秀性――」なんてタイトルからして突っ込みたくなります。こんな記述からこの章は始まります。
 日本人と欧米人を比較すると、外貌は勿論、風俗、習慣、性質その他に種々な相違があるが、概して欧米人よりも日本人がすぐれていることは近年漸く認められて来た。
 ・・・。
 続きは、日本人は色素が多いから余計な光線が眼に入らず、それだけものを良く見ることができる、一重まぶただから二重まぶたよりも良く眼球を保護できる(だから二重まぶたの方が美人だと整形するのはケシカラン、と主張しています)、色盲も少ない、などと述べています。
 で、「かように、われわれは祖先から良い視力を恵まれ、また強い光線にも堪え得られるような良い眼を与えられているのであって、これが今次の戦争にもどれほど役に立っているのか解らないのである」と書いていますが、そんなこと言ってるからレーダーを装備したアメリカ軍にけちょんけちょんにされちゃうんだよと思わずにはおられません。

 最終章である第六章の、もっとも最後に収められている「美しい眼」という章が、おそらくもっとも暴走している章だろうと思います。
 ここでこの本の筆者は、「美しい眼」とは何か、という問いを立てます。そして、何が美しいかは主観に大と断りつつも、「ここにただ一つ、健康上完全無缼な眼こそは、真の意味に於て美しい眼といい得るのではなかろうか」(p.235 原文傍点強調)といい、そして以下のように続けます。
 ところが、われわれ日本人は従来健康美に対する理解に乏しく、むしろ病的な者の条件をあげて美人としていたような傾向さえあった。
 つまり、美人といえば、一般に腰が細く、皮膚が薄く、色白で、しろめがいくぶん青味を帯びたような様相をさしていたようであるが、これらの諸相は医学上すべて虚弱者の相であって、「美人薄命」などといわれるのも、こうした点から考えるとあながち無意義ではないようにも思われるのである。(中略)
 しかし、(中略)健康美の伴わない美人は、絶対に真の美人とはいい難いのである。殊に今日の如く、各方面に於て婦人の活動が要望せられ、また人口増加の上からも婦人の体力の増強が叫ばれている時、国家的の見地からも健康が第一義であるべきことは論を俟たないのである。
 近ごろは翼賛会あたりでも、いわゆる「翼賛型美人の標準として、頸が太く、腰が太く云々」と、健康美を称揚しているようであるが、これはまことに結構なことで、これからは従来の誤った美人観も次第に是正されることであろう。(同書pp.235-237)
 大政翼賛会が美人コンテストをやっていたとは存じませんでした。太目の女性を「翼賛型美人」と呼ぶのは、PCの一環として是非普及させていきたいものです(嘘)
 そう、この引用部だけでもある程度わかるかと思うのですが、「美しい眼」ということ自体なら、男女とも眼はついているし、それが他人に印象を及ぼすのですから、両方にまたがる話であっていいのに、いつの間にか美人、つまり女性の話に摩り替わっているのがポイントでしょうな。男の話は一例しか出てきません。
 この後は、「私は常に日本婦人はその徳に於て世界に冠絶するものと思っている」などと言い出し、日本の女性が如何に西洋の女性と比して家庭的で夫に仕えるか、などと語り始め、もう眼の話はどこに行ってしまったのでしょうか。ついでに、著者の実体験として比較対照にされる西洋の実例はドイツの話ばかりで、それは戦前のお医者が留学といえばドイツであること自体は当たり前だから不思議ではないけれど、同盟国の女性をあんまり比較対照にするのは時節柄(藁)どうかと思われますな。

 と、最後は時節に悪乗りして暴走してしまったこの『日本人の眼』、著者は医学博士の石原忍という人です。
 お気づきになった方も少なくなかろうと思いますが、おなじみの「石原式色盲検査表」を作った人の著作なのでした。

 最後に余談。
 MS-IMEの場合、「しきもう」と打っても「色盲」と一発で変換してくれない(そんな単語は登録されていない)んですね・・・
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by bokukoui | 2006-07-05 23:58 | 歴史雑談