ただひたすら順延

 今日は一日、学部の卒論構想会に行ってきました。院生の参加が比較的少なかったので、賑やかし位の役には立ったように思いますが、珍しく頭を使ったせいか流石に疲れ、頭痛がしています。
 一人、鉄道で卒論を書くかも・・・みたいな人がいたので、ついつい余計なことばかりしゃべってきたような気がします。今となっては後悔がかえって募ってしまいます。

 余計なことといえばこんなことも考えたのですが、何かといえば、発表などする場合はある程度ハッタリを効かすのもテクニックのうち、なのかも知れないということです。法学とかなら別かもしれませんが、実に様々なトピックを扱いうる日本近代史なんかの場合、ある特定のテーマについて他人より、場合によっては指導教官より、相対的に詳しいという状況は割りと良く発生します。というかそれが普通です。
 しかし学部生のこの時期の卒論構想だと、確かにまだ準備を始めたばかりというのが普通でしょうけど、皆さんとても謙虚なので、ただひたすら「教えを乞う」ようになってしまい、それが聞いている方を不安にしてしまうのです。まあ今回の卒論構想会に限って言えば、締切まで時間はまだ相当あるからそれでも実際には問題は少ない、とは思いますが・・・。

 こんなことを考えたのは、大学院のゼミで修論の発表をやった時、自分のやっていることに自信なさげな様子だったので、矢鱈と他の出席者に突っ込まれて損をしている人を見たことがあるからでして。学部生のゼミ報告ならともかく、曲がりなりにも修論書いたのなら、自分はこのトピックについて他の出席者より詳しいのだ、お前ら俺の話を聞け! という思いはいくらかあった方が、聞く方も内容を信用するのではないかと思います(もちろん自信過剰で人のコメントを聞かないというのは論外のトンデモ野郎ですが)。
 小生の場合は自分が「鉄道趣味者」ということを全面的にアピールすることで、他の出席者がある種のバイアスを持ってくれているせいか、自分の専門の鉄道産業史について適当な思い付きを言っても皆真面目に聞いてくれるので、わりと楽です(苦笑)。それはそれで随分問題があるような気がしますが。『吾輩は猫である』の迷亭先生みたいですな。迷亭という人物はかなり好きなキャラクターですけど。

 と、一日忙しかったので、例によってまた「『メイド・鉄道・ミリタリーの微妙な関係』について考えてみる」シリーズは順延。すみません。『戦闘美少女の精神分析』を少し読み直していますが、結構ヒントになりそうな面白さを感じる一方、たった6年前の本なのに、ここ6年でもかなり状況は動いているような感もします(殊に「メイド」がらみは)。
 明日は何の用事もないので、もう流石に順延の言い訳はできないな・・・。
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by bokukoui | 2006-07-16 23:58 | 身辺些事