続々々「メイド・鉄道・ミリタリーの微妙な関係」について考えてみる

 書く書くといってきたトピックの続きです。

 とはいえ、やはりまだこの三題噺が結論に至ったわけでもありません。現在小生がどうぐるぐるしているかを書いてみると、

(1)鉄道と軍事は趣味対象として類似しており、関係が強いことは確か。
(2)この二者と比べると、「メイド」は趣味の方向性に違いが見られる。
(3)しかし、「メイド」趣味と鉄道・軍事の兼業者は実態として多い。

 この矛盾を解決する理論がうまく見出せなかったのです。しかもいろいろ考えていると、こう言わざるを得ないような気がしてきたのです。

(4)「メイド」と軍事の兼業者はすこぶる多く、この両方をくっつけた? 「戦うメイドさん」的表象も多い。しかし鉄道とは実はそんなにくっついていないのではないか。

 前提だったはずの(1)は、ここでは外した方がいいような気がしてきたのです。この(1)自体は正しくても、どうも(3)から「鉄道」は一時棚上げした方がいいような気がしてくるのです。
 これは、この企画のそもそもの発端である森薫先生のインタビューと、それを受けて書かれた鈴木トモユ氏の「メイド」に関する分析記事が、「戦車好きがメイドも好きだったり」「メイドさんに火器や銃器を持たせたがる」「メイドを主人公にした作品は【戦闘/非戦闘】という区分で分類すると収まりがよい」と、挙げる具体例が実は軍事方面ばかり、ということに如実に現されていると思うのです。

 鉄道はどうでしょう。食堂車のウェイトレスとか? 『鉄道むすめ』なんてのもあったけど、これの製品ラインナップと「メイド」はちょっと傾向が違うように思います。まずそもそも制服のデザイン傾向が違うし、「メイド」的な、つまり主従関係的人間関係は全く絡んでこないし(大体、家事使用人が人格的隷属を含むような前近代的人間関係を近代に至るまで引きずった存在であったのに対し、鉄道労働者は近代的資本―労働関係のパイオニアであり、さてこそ鉄道員の労組は労働運動史上に大きな地位を占め、その行動は時として歴史を動かすパワーがあるのである――辛亥革命みたいに)。
 ついでに『鉄道むすめ』について贅言すれば、この模型化対象がほとんど現在のそれに限られ、歴史的国際的広がりを欠いていることは、軍事趣味の場合と場合と比べた特徴と書いてもいいような気がします(唯一の例外でも戦後の国鉄)。
 ここは視野を世界的にとれば、アメリカのサンタフェ鉄道のハーヴェイ・ガールズや、ニューヨーク・セントラル鉄道の20世紀特急のタイピストだとか、或いはソ連の市電を運転するおばちゃん(女性が多かった)とか、ロシアやハンガリーに今でもあるらしい子供鉄道(運転以外子供が仕事をしている鉄道。社会勉強の一環というが、一説には一朝有事の際鉄道員を補充するためだとか)の女の子とか、かつての鉄道黄金時代や(旧)社会主義圏あたりにはネタがまだまだあるように思うんですが。
 個人的には、明治の讃岐鉄道とか南海鉄道とか、市電の女性車掌(夏場に車体をよしず張りにした納涼電車を走らせ、女性車掌が浴衣姿で乗っていた例もあり)とか、あるいは戦時中の動員された女子車掌とか(戦闘帽で笛を吹いている写真とか、皆さん見たことないですか?)、日本の古いところにもネタはいろいろあるように思います。もっともこのことは日本の鉄道趣味者の間でもあまり良く認識されてはおらず、『「民都」大阪対「帝都」東京―思想としての関西私鉄』でサントリー学芸賞を獲った原武史氏がいつぞや国立公文書館で鉄道について講演会をしたのを聞きに行った時、「鉄道のジェンダーについて語る」とかいいつつ、話が「つばめガール」「はとガール」程度だったので拍子抜けした覚えがあります。この話題はまたいつか。
 とまれ、現代日本でも、工夫はもうちょっとできると思うので、レアアイテムとして昭和鉄道高等学校女子生徒の制服とかどうですか。これがホントの鉄道娘。2004年から共学化したばっかりですので、学校の宣伝にと持ちかけては如何。

 話が逸れました。やはり小生は鉄道となると話が暴走しがちで、それは教養・趣味の根本に鉄道が腰を据えているからなのだと改めて自認させられます。
 とにかく、前提からある程度見直す必要を感じているのが、論が行き詰っている理由です。しかし、一応あるキーワードを入れることで、これらの関係をある程度整理できそうな気がしています。が、今日は鉄道ヨタ話が長くなりすぎたので(苦笑)、続きは明日
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by bokukoui | 2006-07-17 23:59 | 思い付き