続々々々「メイド・鉄道・ミリタリーの微妙な関係」について考えてみる

 一昨日の続き、のつもりです。
 いい加減この話題も何とか一応の蹴りをつけたいと思うのですが、何故思うかといえば題名にこれ以上「々」を入れると一行で収まりがつかなくなりそうというのが最大の理由かもしれません。
 なにぶん、結論を出す必然性も別にないし、出せるようなものでもなさそうなのですが、それでも言いっぱなしはあまり恰好がつかないので、中間報告的な段階ですが、一応何か区切りになるようなことを書いてみたいと思います。

 で、昨日書いた「あるキーワード」なんですが、それは「全能感」ではないかなあ、と漠然と思っている次第です。
 以前軍事趣味者や鉄道趣味者などひっくるめて「インフラに萌える人々」と題して論じようとして挫折しましたが、一応その辺までを視野に入れて考えてみた時に、この言葉がある程度説明の指針を与えてくれそうに思うのです。
 ネタの思いつき先が『嫌オタク流』というのが我ながらどうかと思わないでもありませんけど。

 軍事とか鉄道のような巨大なシステムは、世界を動かす巨大な力を持っています。それについて知ることは、必ずしもそうなるとか思わないのですが、しかしある程度、知ることにより全能感を満足させることができるかもしれません(皆が皆そうではない、とはもちろん附言しておきます)。一方で、支配と従属の妄想を以って「メイドさん」の世界に没頭することも(皆が皆~中略~附言しておきます)、ある種全能感を満足させるものなのではないだろうか、そう思うことがあるのです。

 思いついたが眠いので明日続き(題名どうするんだよ?)。
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by bokukoui | 2006-07-19 23:59 | 思い付き | Trackback | Comments(4)

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Commented by 労働収容所 at 2006-07-20 02:14 x
全知全能という意味では創造主に勝るものは無い訳ですが、創造主を認める宗教に「そういった人たち」が多いとはあまり思えません。軍事や鉄道の方が親近感が沸き易いのでしょうか。
鉄道が世界を動かす原動力になっているという感覚は十分理解出来ますが、そもそもそう思う鉄道趣味者はどれくらい居るのでしょうか。謎です。

まったく関係ありませんが、「支配-従属」という関係性を聞く度に、今まで会った多くの善良な自称活動家たちを思い出します。彼らは結局何からのどのような支配を拒否していたのでしょうか。今もって謎です。
自称貧困層には困惑させられてばかりの日々が趣き深く思い出されます。明日食べるものにも困らない貧困層なんてあるのかなと思う事しきりですが、口に出すと経験上怒られるので言わないようになりました。彼らは多くの雑役女中より遥かに安定した生活を送っているような気がしますが、そう言われたらどう反応するのか気になります。
Commented by te at 2006-07-20 02:48 x
>労働収容所さん、bokukouiさん

全知全能感ときいて、私が真っ先に思い浮かべたのも創造主たる神です。(そこに連想しますよね。)

キリスト教に「そういった人たち」 に多いかどうかは不明ですが、
近代的軍事や鉄道のもとになる科学技術を、
キリスト教国がずいぶん発達させてきた歴史はありますね。

あと、研究熱心な科学者が科学の限界を見出したとき、そこに
人間の力では説明できない全知全能の神の領域を感じ、信仰をもつようになるということも少なくないようで・・・

鉄道や軍事と全能とは、そのあたりからつきつめると、
枝分かれしつつもどこかで再び交わる道のような気がします。
全能を欲する人が、科学的にアプローチするのか、宗教的にアプローチするのかで、大きな分かれ道があるのですが、
それらの道の交わる先にあるゴールが全能感という・・・




Commented by 労働収容所 at 2006-07-22 00:20 x
なるほど。その辺りは色々と難しいので迂闊な事は申し上げられませんが、代わりにもの凄く個人的な妄想を。
社会科学としての軍事学が構築され、さらにそれを支える新しい宗教が…ああ…ああ…

(未完)
Commented by bokukoui at 2006-07-22 19:56
>ラーゲリ緒方氏
キリスト教圏には鉄道・軍事とも濃ゆい連中がゴマンといそうですが(新教だけ?)、イスラム圏には確かに少なそうですね。もっともそれは経済・社会の状況など他の変数によるのも大きそうですが。
後段のお言葉からは、現在直面されておられる闘争の前線の厳しさがにじみ出ておられるようです。
新しい宗教は、ご自身が教祖になられるんですよね?

>te様
大変要所をついたコメントをいつもながらありがとうございます。
鉄道にせよ軍事にせよ技術の発展と深い関係があるのですが、19世紀あたりでは技術の進歩が人類を救済すると無邪気に信じられていたといいます。小野清之『アメリカ鉄道物語』を読むと、鉄道に十字架のイメージを託したり、宗教音楽の題材になったりした例が挙げられています。

今尚同じ観念を抱いていれば、ナイーヴであるとの謗りは免れないでしょうが、かといって全く否定され葬り去られた概念でもないと思います。時世によりどのアプローチ方法が流行りになるかはさておき、これらの道は交錯しつつ、これからも使われ続けるのでしょうね。
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