前夜になりました~コミケ参加・賛歌

 早いもので明日からコミケです。
 小生は明日は行きませんが、そして所用山積でコミケだ何だと本来行くべきではない身の上と言われればそれまでですが、それでもやはり楽しみではあります。
 何が楽しいか、それは物見遊山、季節の楽しみ的なものもありますが、やはり出展している側としては、いろいろな方と出会い、自分の関ったものを見てもらえ、時には感想を貰うこともできる(まあコミケはちょっとその点賑やか過ぎますが)というところにあろうかと思います。今までマニアな趣味に人生の相当部分を投入してきましたが、その過程でこれは、と思える人物に少なからず出会えたことは幸いでした。今回もまた様々な方にお会いすることを楽しみにしております。

 と、無難に纏めようと思ったのですが、「屈託の無いぬるオタ仲間達――賢くなくても楽しい日々」という記事を見つけて考えることしばし。
 これまでグダグダこういったことに関連しそうな話を書き散らしてきました(特に「情理の比率」のあたりが関連しそう)が、やはり小生の中には「ぬるオタ」的なものをバカにしてしまいそうな感情が底流をなしている部分があるのだなあと自省せずにはおられませんで、そうしてみれば今まで小生が書いてきたことなどは、シロクマ氏の言葉を借りれば「ぬるオタだから意味が無いとか、ぬるオタだから劣等だとか、そんなわけのわからない話」ってことになってしまうんだろうなあ・・・。

 一応抗弁を試みれば、おそらくは仲間と馴れ合うということが必ずしも「それ(引用注:オタクコンテンツ)を仲間と一緒にワイワイ消費す」るという形を意味しなかった、という過去の個人的経験(小生の周りでは良くあったと思うけれど)が、「ぬるオタ」的なものに対しあまり寛容でない方向に傾斜しがちな原因になったのであろうと思います。
 もちろん仲間と馴れ合うといえば馴れ合っていたのですが、馴れ合うためには自分なりに対象の世界(小生の場合は鉄道・戦史などがメインでしたが)と向き合い、そこでいろいろ探求していく中で思ったことを語りたい、という欲求に駆られ、そこで語るに足る相手を物色して仲間として馴れ合う(語る)という段階を踏んでいました。
 ここでは古典的に、知っていることは知らないことより「偉い」というマニアの間の優越感ゲームも作動しているのですが、しかし一方的にひけらかすのは品がないし、その後話を聞いてもらえなくなります。そこで、自分のネタを吟味するのはもちろん、相手の嗜好も踏まえて、自分の語りたいことを最適な形になるように加工して提供し、聞き手にも利益(というとあまりに生々しいけど)を与えることで、持続的な関係を発展させることができました。
 この段階に至ると、もはや優越感ゲームは意味を持たなくなってきます。自分の持っているネタで相手とどれだけ楽しいやり取りができるだろうか、ということが眼目になるのです。かつ同時に、楽しいやり取りをもっと楽しむためには、日々のネタの発掘と吟味が必要になりますが、これの楽しさも、探求する楽しみだけでなく、「このネタを〇〇にこう持ちかけたら面白そうだなあ」という、コミュニケーションの面での楽しさも含むことになるのです。

 つまり、「ぬるオタ」的なコミュニケーション重視の楽しさと、「オタク仙人」的探求の楽しさと、両方求めることはできるし、しかも両者はお互いに良い関係を与えることができるのではないか、そのように思いたいのです。良い関係とは、探求する→ネタが増える→仲間と話す話題が楽しくなる→仲間との付き合いが深まる→探求のインセンティヴが高まる、ということで、こうすると探求の度合いもコミュニケーションの面白さも、そして何より探求やコミュニケーションが長期にわたって持続するサイクルができる、そのようなことです。 
 結局、「ぬるオタ」で一番気になることは、「持続的」でないんでないか、というところであるとまとめられそうです。折角やるなら長く楽しめた方が良いのではないか、いや余計なお世話なのは百も承知ですが。
 この話題に関しては、後日「東京大学オタク物語」シリーズで触れるかもしれません(完成予定がズルズルと延びてまことに情けなく申し訳ない次第です。大体肝心の「スクールカースト」の話にまだ入ってないし)。

 は、折角のお祭りの前なのにえらくグダグダと書いてしまいましたね。
 お祭り気分を盛り下げるのは無粋な振舞いです。ここは一つ開き直って、歌でも唄ってコミケを楽しんでいきましょう。
 というわけで一曲歌います。メロディーは皆さんおなじみ『聞け万国の労働者』(←どこがおなじみだ!)、メーデーの歌で。

   聞け万国のオタクたち
   轟き渡るコミケの日
   外周に起る足どりと
   開場告ぐるこの拍手

   汝の仮面を放棄せよ
   汝の価値に目醒むべし
   全三日の祭典は
   社会の抑圧解くものぞ

   永き侮蔑に悩みたる
   オタクの民よ決起せよ
   今や七十二時間の
   解放戦は来りたり

   起てオタクたち奮い立て
   隠し続けた性癖を
   開き直りて取り返せ
   DQNの視線何物ぞ

   我等が列の後方に
   掲げられたる「最後尾」
   次へと受け継げオタクたち
   次へと受け継げオタクたち


 丸谷才一が「聖書の訳は昔の文語調の方が優れている」とどこかで書いていた記憶がありますが、労働歌も同じことが言えそうな気がします。昔の歌詞の方が力強く、思わず革命したくなっちゃいそうな。
 なお、元歌も一高の寮歌のメロディを転用したものだったので、替歌を作るのは当然、なのかどうなのか。

※コミケが三日間=72時間だからといって、会場附近での徹夜はいけません。
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by bokukoui | 2006-08-10 23:57 | 思い付き | Trackback | Comments(0)

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