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よりぬき「筆不精者の雑彙」
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「ノブレス・オブリージュ」略考
数日前に「ノブレス・オブリージュ」という言葉に関する最近の日本の言説について、経済的側面を軽視しているのではないか(その側面は百年前の西欧の知識人は認識しており、日本の知識人もそのことを知っていた)といった話を書きましたが、その時「ノブレス・オブリージュ」という言葉をウィキペディアで検索したところ、ちょっと気になることがあったので、備忘として一筆。これはまた、該当記事に緒方氏が寄せてくださった「私は「ノブレス・オブリージュ」に対する幻想が酷いのではないかと妄想します」というコメントに対する返信とも部分的にはなろうかと思います。
まずウィキペディアの「ノブレス・オブリージュ」の項目から該当部分を引用。 F.A.ケンブル(フランセス・アン・ケンブル。1809-93。イギリスの女優)が1837年に手紙に「…確かに『貴族が義務を負う(noblesse oblige)』のならば、王族はより多くの義務を負わねばならない」と書いたのが、この言葉が使われた最初である。つまり、「ノブレス・オブリージュ」という言葉の初出は1837年なのだそうです。 1837年といえば、既に英国では産業革命が進展し、ヨーロッパ大陸にも伝播しつつある頃です。政治的には1830年の革命でフランス復古王政が倒れて七月王政となり、イギリスでも選挙法が改正されるなど、ウィーン体制が動揺しつつある時期となります。なぜこの時期に「ノブレス・オブリージュ」という言葉が生まれたのでしょうか。 小生はそれほどこの時代の西洋史に詳しいわけではありませんが、一般論としてこの時代は、既にフランス革命で絶対主義は崩壊しており、ウィーン体制が成立はしたものの、貴族という階級にとっては明るい未来が開けているとは言い難い時代と考えられます。ブルジョワジーの台頭やナショナリズムの高揚の前に、貴族という階級の存在意義はかつてのように自明ではなくなり、産業革命の進展は経済的主導権を貴族の手からもぎとっていく、そんな時代ですね。 となれば、貴族階級は自分たちの存在に対する説明責任を果たす必要が生じてくるわけで、そうしなければ最悪の場合再度の革命的事件により胴体と首が死に別れとなる危険性もあるかもしれないのです。英国においては、このような対応が長期的にある程度進んでいたようですが(詳しくは数日前の記事で紹介した、水谷三公『英国貴族と近代 持続する統治1640-1880』をご参照ください)。 となれば、「ノブレス・オブリージュ」という言葉は、貴族層が自分たちの存在意義を宣伝するために使われたものということになるのでしょう。武士という身分が解体されてから『武士道』が世界に喧伝された(新渡戸稲造の『武士道』は1900年)と通じる点があるようにも思われます。 さて、以上で考えたことから引き続き、引き続き先日の記事に対する緒方氏のコメント、「貴族は義務を負うってのは、戦争になったら真っ先に駆けて行けよというような(程度の)話だった気がしてるんですが、何だか随分ご立派な意味で使われがちですね。」についての返信と絡めて、「ノブレス・オブリージュ」の意味をもっと考えてみたいと思いますが、長くなってきたので続きは明日。 ノブレス〜は字面から言えば貴族に対する用語であって、非貴族に対しては何も関係ありませんね。 ちなみに、ノブレス〜は社会的側面に関する用語ですが、我が家において武士道は個人的側面に関する用語として扱われています。まあ仮にそうだとしても、非貴族に対する貴族の義務や非武士における武士道という形で意味を延長(ないし換骨奪胎)して使われているという意味で同じですが。 ともかくノブレス・オブリージュを「エリートの使命」のような意味で使うのはやめて欲しいなあといつも思っています。「エリートは公僕たらん」という考えは悪くないとは思いますが、日本にエリートはおりませんし。何にせよ高い志を持つのは良い事です。 wikipediaはあまり信用出来ないので、その部分については何とも。 「ノブレス・オブリージュ」の発祥と伝播、そしてどのような論者がどのような立場で使いたがるのか、ということは検討に値するように思います。緒方家のようにしっかとその辺を意識している人はあまり多くないように思えますので。
あとご指摘どおりwikipediaはあんまり信用できませんでした。とほほ。
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