新・地歴教育雑感

 今日も今日とて世界史と地理をバイトで教えてきましたが、やはり受験生諸君も最近急に話題になっているこの件に関しては関心が高いようで、普段は時事関連の話題など振っても反応の芳しくない生徒たちでも、皆知っていました。世界史講師としては自虐ネタにしか使えませんでしたが(苦笑)
 とりあえず幾つかニュースを張っておきましょう。

 必修「地・歴」履修漏れ、3年生卒業ピンチ…高岡南高
 [履修不足]「前から疑問だった」受験控え不信、憤り 
 [履修不足]東京都立の進学校でも 35都道県に広がる

 はじめに聞いたときに、恐らくかなり多くの学校がやっているのではないかと感じましたが、やはりその通りだったようです。ちなみに今日教えていた某東京都の学校の生徒も、自分の学校はやっていないと思う、と言っていました。
 今まで地歴教育について当ブログでも贅言を費やして参りましたが、遺憾ながら地歴教育の実態とはかかるものだったのでした。「作る会」の皆様も、運動の方向性を再検討されては如何でございましょうか(これは結構真面目に)。
 曲がりなりにも地歴の教育の末端を担っている身としては、これらは諸々の学問や社会情勢を理解する上での基礎教養であり、無駄だ何だと切り捨てるべきではない、という公式論を決して放棄するわけではないのですが(敢えていえば、必修にするのは地理の方がいいかもしれないとも思いますが)、それはそれとして、なんだかこの問題の進展する方向を見ていると妙な方向になっているようで気になります。

 「受験に役に立たない科目に、これから無駄な時間使うのは…」"卒業ピンチ"の東大志望生徒、怒り…必修科目の未履修問題
 [履修不足]都道府県教委の管理上の落ち度重視 文科相

 上の出典は「痛いニュース」つまり2ちゃんなのでそもそもあれですが、元の記事の書き方ににも問題があったとは思うものの、やはり話があさっての方向に向かっている感があります。これを生徒への批難に向けるのはさすがに見当違いな場合が多いのでは(少なくとも、この件の根本的な論点ではないでしょう)。また下のニュースは、「教育再生会議」が初手から迷走を始めそうな状況を伝えており(小生の政治的立場としては、この会議が迷走して何物も生み出さないことを切に願いますが)、教育委員会云々という政治的な方向に無理やり話をもって行こうとしているように感じられます。

 小生が思うに、この問題もまた、先日当ブログの記事及びそのコメント欄にて論じたごとく、教育において戦略的視点と戦術的視点が弁別されていないことに由来しているのではないか、そのような印象を持ちます。即ち、中央で立てる学習計画が何を意図しているのか、その意図を実現するのに教育委員会や学校や現場の教師などはどのように行動するのが望ましいのか、実現する場合に現場で生じた問題点に対し中央はどういった計画の守勢を行うのか、そういったメカニズムが明確でなく、それが事態を混乱させているのではないかということです。
 こういった問題が起きているということが、現今の教育問題における一つの側面である、受験というプラグマティックな目標を追いかけている学校現場や学習塾など教育産業の場面と、社会政策のように振舞いつつも道徳的・精神論的視点を無闇と持ち込んで仕舞っている「教育再生会議」的な局面との乖離を示しているように思います。少なくともこの両者の対立に関して言えば、教育に対する意欲の点ではあまり懸隔がないだけ、他の教育問題と比べると解決は容易なはずなのですが。イニシアチブ争いのようなことをしている場合ではないと思います。

 こういった事態がこれだけ多くの学校で起きているということは、中央の政策が各個の教育現場の実態と乖離していることを意味します。それに対する策としては、中央の統制を強めるが如き策ではなく、先日の記事に書いたがごとく、中央と学校とのすみ分けを明確化し、戦略的な枠組みを中央で決めたら、現場に対してはあまり細かいことを言わない、ということが大切ではないかと思います。いい意味で「適当」にやるということです。教科書検定問題一つとっても、どうでもいいような介入を中央が行って、教師の面倒を増しているだけのように思われますので。
 生徒は一人一人違うし、学校もまた一つ一つ違うでしょう。個性尊重というのは最近あまり評判がよろしくないようですが、「個性」というものが否応なく存在してしまっている以上は、それを前提に、大雑把な方向性があっていれば、個別的な細部は適当で構わないと思います。これは同時に、ある特定の個別的細部の成功を、直ちに戦略に持ち込むべきではない、ということも意味しているわけですが。つまり、「名物教師の面白授業」は、教育の国家レベルの政策論議にはほとんど関係ないということです。 
 で、そのように大局的視点と個々人の側面とを、関連付けつつ考える力を養う上で、地歴という科目は結構いい知的訓練になるよ、と、綺麗に締めくくっておきましょう。

 ちなみにこの問題、結局はコマ数が足りないことが直接原因ですから、教員の負担を少なくして簡単にコマ数を増やす方法を考案したので、一つ提案します。それは中間試験を廃止して、期末試験一本にすることで、その分の時間を授業に振り向けるというものです。教師は面倒な作問&採点業務が減り、生徒は試験勉強が減り(笑)、コマ数は増えてみんなハッピー。2期制とあわせ導入すると効果絶大。
 ・・・って、この中間試験廃止というのは小生の出身校がやっていたことです。廃止の理由は、やはり教師と生徒の利害が一致したから、だとか(笑)。もっとも我が母校はその代り、体育祭を2日やり、文化祭を3日やっていました。アフォ学校でしたな。

 この話題も、何か思いついたら続きを書くかもしれません。もっともそうやって書きかけの話題が幾つもあるので、ちゃんと決着をつけないといけないのですが。コメントの返信も今しばしお待ちを。
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by bokukoui | 2006-10-26 23:58 | 歴史雑談 | Trackback | Comments(2)

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Commented by 新九郎 at 2006-10-30 23:33 x
履修は問題なくても、成績はボロボロで温情卒業だった(特に英語)私には、文句を言う資格はない気もしました。

履修さえすればいいってものでも…(笑)
Commented by bokukoui at 2006-11-02 01:21
貴殿の場合、成績より遅刻日数の方が問題だったのでは・・・(苦笑)

まあともかく、帳簿上の数字さえ合わせればよい、という収拾方向が明白になりつつあるこの問題、いろんな意味で生徒たちに対し「教育的でない」ですね。或いは「反面教師」というか。
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