東急5001の破壊を弾劾する

 鉄道趣味者にとって大変衝撃的なニュースが飛び込んできました。

  ハチ公前広場に東急「5000系」車両、青少年育成拠点へ

 正直、最初は「ガーディアン・エンジェルス」が余計なことやっているとしか思わなかったのですが、どうもネット上で情報を収集するにつけ、どうもとんでもないことらしいと分かり、心底がっかりし衝撃を受けました。
 この電車、東急5000形のトップナンバーとして製造された5001号だったというのです。

 東急5000形は1954年に登場した、いわゆる新性能電車と呼ばれる電車のさきがけとして有名なものです。それまでの電車は、19世紀に発明された吊り掛け式というモーター装備方法を取っていましたが、それに代わって自在継ぎ手を採用することでモーターの小型化・高速回転化を可能とし、車輌の加減速性能が大幅に向上しました。
 しかし、5000形の革新性はそれだけではありません。その最大の特徴は、航空機の技術を参考にしたモノコック構造を取り入れたことにより、従来の車輌の2/3にまで軽量化したというところにあります。軽量化した分だけ性能は向上しますし、モノコック構造の採用による曲面を取り入れた流麗なデザインもこれまでにないものでした。モノコック構造は以後むしろ自動車業界で広く取り入れられていきます。
 さらに、電気ブレーキの採用や制御器などもその後の手本となったものです。そして、足回りの台車もそれまでのリベット止めや鋳物をやめて、軽量な鋼板溶接組立構造を採用、メカニズムも思い切った簡略化を図ってメンテナンスの負担を軽減したもので、これもその後広く普及しました。台車の構造簡易化とメンテナンス軽減という方向性は、歴史的に見て今につながるものだと思います。
 とまあ、様々な点で革新的だったこの車輌は、105両生産されて1987年まで東急線上で活躍しました。この電車は東急のイメージアップにもつながったといいます。東急から引退後は、長野電鉄・上田交通・松本電鉄・福島交通・岳南鉄道・熊本電鉄に譲渡されて活躍しました。これらも今はほとんど引退していますが。(このあたり、参考文献:宮田道一『東急電車物語』

 この5000形の、記念すべきトップナンバーの5001は、当初上田交通に譲渡されましたが、記念すべき車輌として東急の手に戻り、復元されて東急車輛製造の工場に保管されていました。そのため、この記念碑的電車は、無事に安住の地を得たものと思っていたのですが・・・東急の「電車とバスの博物館」あたりに置かれるのだろうとばかり・・・。
 それを何と、モニュメントにするとか何とかで、1/3を切り刻んだ上、台車からひっぺがして、渋谷駅前ハチ公前広場に野ざらしで置いたというのです。

 現在小生が聞いている話では、この車輌は、そもそも製造した東急車輛製造に置かれていたものの、所有権自体は東急電鉄にあったそうです。となれば、この東急グループにとって、のみならず日本の電車発達史上において貴重な形式のトップナンバー車輌を斯様な扱いにするという決定は、東急電鉄が下したということなのでしょうか。同社の見識を疑います。自社の今まで成し遂げたことを正当に評価できない企業に将来があるとは思えません。
 或いは、東急グループはバブルの後遺症で様々な問題点が山積しているといいますが、この一件もそのような混乱が表面化したものではないか、そのように勘繰りたくもなります。グループ内の地位を巡る鉄道と他業種の対立や、技術系と経営系の主導権争いでもあるのではないか、そうでも考えないとこのような行動の説明がつきません。畏友の憑かれた大学隠棲氏がこの点について「東急グループ内で東急電鉄や東急車両の技術の分かる人の発言力が落ちているのか」と指摘しておられますが、もしこの指摘が正しければ、技術の集積したシステムを扱う鉄道企業としての同社について、大きな懸念を抱かずにはおられません。

 この車輌をハチ公前に引きずり出した渋谷区の行動も理解が困難です。「青少年育成活動」と東急5000形の間に何の関係があるのでしょうか?
 このことに関しては、渋谷区の区議会議員である鈴木けんぽう氏のブログの10月26日付記事に記述があります。また、背景の理解には、同議員の10月14日付記事も参考になります。なお、渋谷区の公式サイトを見て回りましたが、本件に関する記述は見当たりませんでした。関係しそうなのは、青少年関係や、街づくりについての方針でしょうが、「歴史的建造物」に当たるであろう物を切り刻んでどこが街づくりかと。
 今ここで「青少年育成」という発想の怪しさについて喋々する余裕はありません。しかし、上掲のブログで鈴木議員が、事の発端の「渋谷区実施計画2006」、
安全対策
繁華街の防犯強化

青少年や来街者が多く集まる渋谷駅前のハチ公前広場に、民間ボランティア団体の待機スペースを設け、繁華街での防犯パトロールの強化を図ります。
内容:私設ポリスボックス
現況:・夏休みハチ公パトロール・青少年茶の湯体験・防犯カメラ設置
18年度、一ヶ所設置(ハチ公前広場)
 に対して「茶の湯体験がなぜ防犯の強化につながるのかは不明ですが、それは本題でないのではずします」と軽く突っ込んでいますが、これは結構示唆的で、要するにこの運動が、社会科学的見地に基づいた防犯対策というよりも、多分に精神論的・教育的な方向に流れてしまっていることを感じさせます(こういった論点については先日、更にこれまで当ブログで論じてきたのでこれ以上は述べませんが)。
 で、同議員の10月14日付記事における指摘を参考にすれば、
まとめとしていえるのは、桑原区長の問題点が完全に浮かび上がってしまったな、ということです。

トップダウンで説明不足。
だから、あとからさまざまな問題が噴出してくる。

一言で片付ければ、こんな感じです。

トップダウンだと何が悪いかの?

区役所の職員が制度や方針を練り上げないうちに、つまり職員ですら納得しないうちに事業が始まってしまうのです。
だから、色々な事業で問題が起き、迷走しています。
 という状況であるという現区政の問題点をそのままになぞった感じで、警察当局が難局を示した「民間交番」を無理やり実現しようとし、遂には「青少年の文化歴史教育の一環」なる口実で、実態は文化財の破壊に他ならぬ振舞を強行し、かえってハチ公前広場の混雑を激しくしてしまう危険性を招くに至ったのです。
 現時点では、5001号車内にあるという展示を確認していないので軽々なことはいえませんが、「茶の湯体験」に示唆される区当局の本事業に対する態度が、どれほどの「文化歴史教育」になるのか、懸念されます。歴史は道徳ではありません。遺憾ながら政治家の相当部分が(これは左右問わぬことですが)このことを全くといっていいほど認識しておりません。いや、政治家に限ったことですらないのですが。

 このニュースを知ったのが本日(27日)の午後で、その後出かける用事があったため、その折渋谷で乗り換えた際に写真を撮っておきました。時刻は18時ごろです。
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 写真はクリックすると拡大します。
 で、誰も車輌を見ていないですね(苦笑)。金曜日の夕方ということで人出はかなり多い時間帯で、ハチ公前には待ち合わせの人間が老若男女・人種民族も問わず犇いており、電車が置かれた分、通行のスペースが減少していることは否定できないと思います。
 なお、午前10時から午後16時までは電車の車内を開放しているそうですが、この時間帯は閉鎖されて警備員が番をしています。この写真では警備員の帽子しか見えませんが。
 そして、待ち合わせの場所にこのようなものを置いた結果、以下のような事態が生じています。
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 車体が無残にも切り詰められていることも分かりますが、多くの人が車体に寄りかかっていることもお分かりいただけるかと思います。
 このような衝撃を、既に製造以来半世紀近く経っている車体にかけ続ければ、日ならずして破壊されてしまう恐れがあるのではないでしょうか?

 用事を済ませた帰途、人も減っていたので、警備員氏に色々と問いただしてみました。警備員氏はもちろん多くのことを知っていたわけではありませんが、それでも幾つかの情報を提供してくれました。

 ・この「モニュメント」は一時的なものではなく、恒久的なものだと聞いている。
 ・電車を開放している時間は午前10時から午後16時まで。その後の警備をしている。
 ・自分は渋谷区に雇われているが、この仕事は「今月一杯まで」と言われている。

 というわけで恒久的だそうです。5001号復旧の目処は極めて困難であると言わざるを得ません。この警備員氏だけなのかもしれませんが、今後の維持管理や警備の体制がどうなるのかも、どうなるか分からない恐れがありそうです。
 警備員氏に、小生は余計なお世話と思いつつも本車輌の歴史的意義を説明し(「そんなに価値があるんですか」と言ってた)、車体に寄りかかる連中を排除できないかとダメモトでお願いしてみましたが、「屋根に登るような人がいたらとめろと言われていますが、寄りかかるくらいでは・・・」と至極当然のお答え。
 ともあれ、誠実に小生の相手をしてくださったこの警備員氏には心より感謝します。

 最後に。
 行政当局に「民間交番」を作らせる大きな要因になっているボランティア団体、「ガーディアン・エンジェルス」について一筆。

 念のために断っておきますが、小生は決してボランティアやNPOなどそれ自体を否定する者ではありません(時折そのような人がみられますが)。むしろ日本ではそういった団体の地位は低すぎるくらいだし、そのような活動が広まる方が良いとは考えています。何より、小生自身さるNPO団体の理事だったりします(え、だからNPOは信用できないって?)。
 日本の場合、行政当局もこのような団体に対し、一般的な態度としては冷たいように思われます。少し前の日経新聞に、一定の活動をしているNPO法人として認定されると、寄付金に対し控除が受けられる制度があるものの、あまりに事務手続きが煩瑣で、ほとんど活用されていない、という実態が報じられていました。かように、NPOは当局からあまり信用されておらず、世論もまた大差ないように思われます。
 しかし、では、逆に行政当局と深い関係を持ち、それだけ大きな信用を受けているNPO法人がある場合、それにはどのような理由があると考えられるでしょうか?

 「ガーディアン・エンジェルス」については、統一教会と関係のある団体だという情報が、主にネット上で、根強く流れています。小生がこの団体の名を聞いたのは数年前、この団体の関連組織がネット上の「有害情報」を当局に通報するという活動を行うと称したことが、ネット上でもっぱら批判と共に広まった時のことでした。そして、このとき既に、「ガーディアン・エンジェルス」と統一教会の縁は囁かれていたように記憶しています。
 このようなカルトと政治の関連について熱心な情報収集を行っておられるカマヤン氏のブログから、本件に関する情報を拾ってみましょう (またn-dprj氏が文句をつけてきても面倒なのであらかじめ断っておきますが、小生はカマヤン氏の情報分析を常に信用しているわけではありません。氏が時として陰謀論に近い傾向を持ってしまう嫌いのあることは承知しておりますが、それを踏まえた上で氏の提供した情報を、「自分なりに」有効活用することは可能であろうし、またそれだけの価値はあるであろうと考えます)

 竹花豊と、統一協会系ガーディアンエンジェルス
 統一協会とガーディアンエンジェルス
 10月27日にも「ガーディアン・エンジェルス」関連の記事がありますが、情報に具体性がないので採りません。

 小生の読んだ印象では、これだけで「ガーディアン・エンジェルス」=統一教会、とまで言うには手がかりが少ないと思います。しかしまた、講演会のつながりからは、関係がないと否定することも出来ません。統一教会系メディアが「ガーディアン・エンジェルス」を取り上げたからといって、必ずしもその団体が統一教会関係とは言い切れないでしょう。ただ、統一教会系メディアこの団体を取り上げたということは、統一教会の戦略上好ましいような存在と見做されていることは確かであり、統一教会が関係を持つインセンティヴがあるとは言えそうです。それがために、講演会などで接近を図ったのかもしれません(これら情報の時系列が整理されていないので、あくまで仮説ですが)。
 しかし、日本で「ガーディアン・エンジェルス」を立ち上げた人物が、様々な形で行政当局と密接な関係を持っているようで、これだけこういったことに関っていれば、東京都の治安担当者とも関係があるというのはむしろ当たり前と言えるでしょう。渋谷区の妙にこの「ガーディアン・エンジェルス」に肩入れしている態度からすれば、このNPOが行政当局と癒着といってもいいような状況にあるのではないか、そのように危惧します。
 なお、この団体の個々の構成員が統一教会の信者/関係者であるということは、以上の判断によりあまりなさそうなことだと小生は考えます。大部分は善意を持った方で、そういった方々の善意を利用する徒輩を憎みこそすれ、構成員の方々を批難するのは適切ではないのではないかと思います。
 ただし、この言葉は心に留めておく価値があるとは思いますが。
 「地獄への道は善意で敷き詰められている」
 この言葉はクレルヴォーのベルナルドゥスが発したものだそうです。(こちら参照)

 小生の現時点での結論としては、このNPOがたとえ統一教会と何の関係のない団体であったとしても、ここまで深く行政当局の施策と連携し、一体化してしまっている状況は、NPOの本旨に背くのではないかと考えます。NPOは行政では出来ない(効率が悪い)ことを、非営利で行政以外の団体が行うことで、社会全体の効用をより大きなものにする存在ではないかと思います。決して行政の下請団体ではないはずです。NPOと行政は協力すべきですが、一体化すべきものではありません。小生はかように考えます。

 論点が多岐に渡り、長文になってしまいました。まとめますと、この一件は、行政と癒着したNPOが勢力拡張を目指し、目に見える成果を挙げようと焦った区長が思いつきでこのNPOを利用して点数を稼ごうと企み、その思いつき企画にバブルの傷癒えぬ東急があまりに阿呆な判断を下した結果、日本の技術史上かけがえのない遺産が切り刻まれ、破壊されつつある、そんなことではないかと思います。
 まこと、悲しむべきことであります。悲しむべき点のあまりの多さに、涙も出ません。

 機械の不調や、ミスして書きかけの後半部分を消してしまったりしたため、一晩がかりになってしまいました。しかし、明日(今日)も出かける用事はありますので、車内開放している5001号を実見してくる予定です。

※追記:車内開放時の状況の観察はこちら
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by bokukoui | 2006-10-27 23:59 | [特設]東急デハ5001号問題