表題通り、雑多な思い付きを適当にかき集める(筈だが筆不精なのでそうなるかは不明)という趣旨です。
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神岡鉄道と北陸の私鉄巡り その7
 その1その2その3その4その5その6の続きです。

 えちぜん鉄道の勝山永平寺線を乗り終えた我々は、福井口の駅で三国芦原線に乗り換えます。
 福井口は分岐駅であるためホームの数も多く、また車庫を併設していることもあって構内は結構広くなっています。車体こそ更新されているものの、見るからに戦前製のボールドウィンタイプ、日車D型の台車をはいた電車がいて、まだこんなのがいたのかと面白く思いました。調べると、この古い台車は元々南海の1201形(1933製造初年)という電車についていたもののようです。この1201形は十年ほど前まで、南海の貴志川線というローカル線に残っていて、小生も一度乗ったことがありました。車内は木造ニス塗りで風情あるものでしたが、やはり冷房がないのは沿線住民に不人気だったとか。
 ちなみにこの貴志川線、あまりにローカルで南海が廃止を表明し、地元が救済策を検討した結果、岡山の路面電車会社が引き取って現在運行していますが、この経緯はNHKの番組で取り上げられてそれなりに話題になった記憶があります。その際にえちぜん鉄道の再建も参考にされたようで、何となく縁を感じます。

 閑話休題、やってきた元阪神の車体を持った電車に乗り込みます。
 電車は大きくカーヴして築堤で北陸本線を越え、しばし西に進みます。市街地を縫って走り、田原町で福井鉄道と接続し、その次の福大前西福井駅附近で方向を北に転じます。そして九頭竜川を鉄橋で渡り、福井平野を一路北へと走ります。橋を渡る前後頃からだったと思いますが、人家が次第に減少して田圃が沿線に増えてきます。電車はその中をほとんど一直線に走り続けます。川と山に沿ってカーヴを繰り返していた勝山永平寺線とは全く対照的でした。
 30分ほどそのような情景の中を走り続けた電車は、芦原の町に近づくと向きを再び西に変え、あわら湯のまちという多少どうかと思わなくもない名前の駅に着きます。元々この駅は、国鉄の三国線という支線の駅として設けられ、そこへ三国芦原電鉄(現えちぜん鉄道三国芦原線)が乗り入れました。駅名は戦後芦原湯町に改められ、さらにえちぜん鉄道発足時に現在名になりました。やたらとひらがな表記にするのはどうかと思いますが。
 この駅は芦原の中心で、乗客の乗降もかなりありました。その後電車は終点三国港駅へ向けて、西へ走ります。この区間は当初国鉄三国線が作られ、そこに平行して三国芦原線が東尋坊口まで建設され、その後戦時中に三国線が休止になったり、京福も三国から先が休止になった代わりに国鉄三国線に乗り入れたり、国鉄の三国線が廃止になったり、短い区間ながら実は結構ややこしい有為変転を経て現状に至ります。
 ともあれ、福井口から40分少々かかって、電車は終点三国港駅に着きました。
 写真はクリックすると拡大します。以下も同じ。
 この写真背後の、道路を挟んだ向こう側はすぐ海なのですが、ちょっと分かりにくいですね。駅自体はごく静かで、あまり港らしさも感じません。乗ってきた乗客も僅かでした。ただ、構内にまだ2本の側線が残されていることが、かすかに昔の状況を推測させるだけです。
 折り返しの時間は10分しかありません。写真など撮っているうちに時間はたちまち過ぎていきます。
 乗ってきた電車は、元阪神5101形を改造したものだそうです。元々は3扉だったのを、真ん中のを埋めて2扉にしていますが、なかなか綺麗に改造してあります。1959年に登場し、いわゆる新性能電車の初期の車輌中では有名なものの一つでした。猛烈な加減速性能から「ジェットカー」と呼ばれたものです。もっともえちぜん鉄道(譲渡当時は京福電鉄)と阪神はレールとレールの間隔が違う(阪神の方が広く新幹線と同じ)ので足回りは変更されており、往時の走行性能は偲ぶべくもありません。まあ地方私鉄でそんな走りをしても電気代が嵩むだけでしょうが。
 それでも、前面に雨樋や電気回路を縦にくっつけた、一昔前の阪神電車の精悍な表情の特徴はよく残されています。やはり、いくら改造されていても、それが現役で走っているのであれば、それが何よりのことです。しかし、どれほど歴史的価値の大きいものであっても、古い車輌を現役で残すのはかえって経済的に不合理だったり、安全性に問題がある場合もあります。その場合、動く状態で保存できれば喜ばしいですが、これもなかなか困難なことが多く、やむなく静態保存という形になることが大部分です。その場合は、できうればもっともその車輌らしさが表れている状態に復元し、保存車輌を長く保つようにする体制を整えるのが重要です。
※このような保存例として素晴らしい例は、小田急のSE車や東武の蒸気機関車があります。どちらも会社を代表する(のみならず日本の鉄道史上重要)な車輌ですが、これらの保存に当たっては、色々改造されて長く使われた最終状態のものと、原形に復元されたものとの、両方の形が保存されています。
 つまり、何が言いたいかというと、東急5000形デハ5001号の扱いは論外である、ということを改めて強調したいのです。ここで写真に示したジェットカー初期車を阪神が回収に来るかは分かりませんが、少なくとも阪神は、戦前の同社の著名な車輌を最後まで使っていた野上電鉄が廃止になった際、その車輌をちゃんと引き取って保存しています。
 乗って来た電車で折り返します。稲穂の揺れる福井平野の中を一直線に南下し、田原町駅に着きました。ここで福井鉄道に乗り換え、武生へと向かうことにします。

 田原町の駅は乗換駅とはいっても、どちらの鉄道会社の駅もホーム一本だけのささやかなものです。ホームの上屋は木造で、その下に沢山の自転車が置かれています。一部トタン張りだったり、ちょっとみすぼらしくもありはしますが、それはそれで落ち着いた雰囲気の駅という印象を受けました。木造の上屋の状況を以下に示します。左手の線路が福井鉄道、右手がえちぜん鉄道です。
 以前富岡製糸場を見学した時も思いましたが、このような木造の小屋組みは、如何にもしっかりと屋根を支えていますよ、という構造の美が感じられて好ましいものです。ホームの上屋としてはレールを再利用したものも同じく構造の美を感じさせるものがあり、見ていて感じの良いものですが、近年は鋼材が安くなったためか、あっさりしたものばかりになっています。

 この日は土曜日で、時刻は13時少し前でしたが、午前中に授業でもあったのか帰宅の高校生が何人も駅にいました。彼らのある者はえちぜん鉄道(福井行きと三国港方面行き両方)に乗り、またある者は福井鉄道に乗っていたことからすると、この田原町の近傍に学校があるのでしょう。
 女子の制服は、大き目のセーラーの襟に灰色のラインが2本入った、なかなか上品なデザインのものでした。田原町には幾つも高校がありますが、調べたところ県立藤島高校の生徒たちだったようです。先ほど見かけた永平寺中学といい、福井県教育当局は灰色を基調にしたセーラーが好きなのでしょうか。なかなか結構なセンスと思いますが。
 ついでに、以上のようなことを調べているうちに、斯様な新聞記事に行き当たりました。
制服を美しく着こなそう 福井商高で講習会
 高校生にきちんとした制服の着方を学んでもらう「着こなし講習会」が20日、福井市の福井商業高校で開かれた。

 各校が頭を悩ましている生徒の服装の乱れを直そうと同校が開催し、全校生徒約890人が受講した。

 同校の制服を製造している明石被服興業(岡山県倉敷市)のデザイン担当、松山美和さん(21)が「制服は整然とした美しさや相手への第一印象を考えて作られている」と説明。▽シルエットが崩れないようポケットに物を入れすぎない▽生地を傷めないようスカートの腰の部分を折らない-などと、制服の目的や特徴を理解して美しく着こなすよう訴えた。

 その上で松山さんは、生徒代表12人に正しい制服の着方を指導。「(就職などで)面接する時にも役立てて」と話しながら、女子生徒には襟やリボンの整え方を、男子生徒にはズボンをずり下げずにはくよう、それぞれ指導していた。
 やはり制服生産といえば岡山ですね。
 この学校も田原町のそばにある学校ですが、ここはブレザーみたいですね。そう、ブレザーの女子高生を見かけると、襟元をだらしなく緩めてネクタイやリボンが見苦しくなっている例が、はなはだ多いですね。とはいえ夏は暑い日本で、若い諸姉が首元を絞められる暑苦しさに悩むのももっともなことであります。やはりここはセーラー服化で(笑)・・・セーラーにもセーラーで、着こなしの問題はあるそうですが。
 え? 男の制服? どうでもいい観察対象外ですし、中高と私服だったので特に提言が思いつきません。

 最後は話が逸れましたが、次回の福井電鉄篇でこの旅行記も最終回です。
 つづく

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by bokukoui | 2006-10-30 23:58 | 鉄道(現況実見) | Trackback | Comments(0)
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