12月16日・クリスマス商戦の悲劇&「恋愛資本主義」一仮説

 昨日の続きのようなこと、を書くつもりです。

 さて、本日12月16日というのは、日本史上有名なある悲劇的な事件が起こった日であります。
 それは今から74年前の1932(昭和7)年の12月16日のことでした。

 その日の午前9時15分、東京は日本橋の百貨店・白木屋4階玩具売場より出火、4階以上を焼き尽くすという大火災が発生し、14名の犠牲者が出ました。うち13名は店員で、1名が問屋関係者でした。店員のうち8人が女性(名前を見る限りでは)で、5人は十代でした。彼女たちは7階大食堂で働いていたのでした。
 この火災の時に、女性の店員が逃げ遅れて亡くなったのは、下穿きをつけていなかったので逃げる際に下から見られることを恥じたからであった、だからその後日本の女性にズロースが普及した、という俗説がありますが、これが都市伝説であることは、井上章一『パンツが見える。』によって解明されています。
 おそらくこの火災が当時の日本に直ちにもたらしたことは――勿論長期的には高層建築の防火対策がこの火災の教訓から色々進められたであろうとは思いますが――セルロイド玩具の評判が急降下したことだろうと思います。白木屋はこの火事以後、しばらくセルロイド製品の販売を中止したと当時の資料に見えます(『日本百貨店総覧 昭和十二年版』p.42)。なぜそうなったかといえば、この火事の原因にあります。この火事の起こった原因については、
(12月)十六日午前九時ごろ、四階の玩具売場に数日前取りつけたクリスマス・ツリーの装飾用の豆電球に故障を生じたため、踏台に上って修理をはじめたところ、突然豆電球がスパークして、クリスマス・ツリーにかかった金モールをつたわって、かたわらに陳列してあったセルロイド玩具に引火爆発したため、一面に火がひろがった、というのであった。
 と、白木屋の社史『白木屋三百年史』に書いてあります(pp.463-464)。ちなみにこの本には、ズロースの話は載っていません。

 つまり何がいいたいかというと、クリスマスだというのでツリーを飾って電飾をして一大大売出しをする、というのは、戦前からもうやっとった、ということです。

 ついでにズロース話のような都市伝説ではない本物のトリビアを付け加えるならば、クリスマスツリーの電飾のような小型の電球は、既に戦前の日本が安さを武器に欧米に輸出しており、それがイギリスなんかと貿易摩擦問題を引き起こしたりしておりました。白木屋火災の頃、イギリスの20ボルト以下の小型電球の7割は輸入に頼っており、さらにその約95%は日本製でした。小型電球とはフラッシュ・ランプや自動車用が代表的なものですが、クリスマス・ツリーの電飾もその一つで、何でも英国製クリスマス・セットは20~30シリングしたのに日本製は2.9~10.5シリングだったとか。(出典:平沢照雄『大恐慌期日本の経済統制』

  話を戻しまして。
 で、これを昨日の話にどうつなげるのかということですが、小生はこれまでウェブ上で「恋愛資本主義」に関して意見を述べられた方の文章を多少読んだり、本田透『電波男』なども読んだのですが、どうもいまいち納得行かないところがあって、それは「恋愛資本主義」を批判しているのにその資本主義そのものの分析は碌に行われていないということでした。
 例えばキリスト教徒の比率の極めて少ない日本に、どうして「三大白色テロル」の中でも随一の大物・クリスマスが入り込んできたかという過程は結構興味を惹かれるところですが、例えば百貨店が昔から(それこそ戦前から)クリスマス・セールを行っていたことは一つの契機とも考えられます。そして、この火事を起こしたクリスマス・ツリーが玩具売場だったように、当初は子供向けイベントの色彩が強かったのでしょう。百貨店の歴史に関する研究は最近とても多くなっていますが、こういった諸研究によると、日本の百貨店はしばしば展示会などのイベントを開催し、集客を狙ったのは勿論のこと、文化的にも様々な影響力を社会に及ぼしていたといいます。三越の「こども博覧会」はその早いものでかつ代表的な事例ですが、「子供」を看板に据えて家族連れを呼び寄せようとした経営戦略があったということは注目すべきことでしょうね。(初田享『百貨店の誕生』とかを参照)

 百貨店のような大規模小売業の主たる客層は、現在はやはり若い女性ということになるのでしょうけれど(小生は現在のことは良く知りませんが・苦笑)、19世紀中盤以降に欧米で百貨店が成立し、大規模な小売業が生まれて大々的な宣伝を行う「商業主義的」な流通業が展開されるようになった時の主たるターゲットの客層は、一家の主婦であったと思われます。そして当時の百貨店が一家の家計を切り盛りする主婦により一層の(必要以上の)消費活動をさせるために、「子供」を看板にした展示会などをやっていたということは、それが消費の口実になりうるものだと考えていたからだと考えられます。
 さてここで「恋愛資本主義」というものとは何ぞやと考えるに、これは「恋愛=男女(一般的には)の愛情」を口実に消費活動を煽るものとなるのでしょう。とすれば、これはそれ以前にあった「子供=親子の愛情」を口実に消費活動を煽るものと同じ方向性の作戦だという風に考えられます。

 で、今は「家族」というのは、「愛情」によって結ばれた「夫と妻(父と母)と子どもというトリアーデ(三者の関係)」(福井憲彦『「新しい歴史学」とは何か』p.175)と考えられていますが、これはあくまでも近代になって(19世紀以降)成立してきた家族のあり方に過ぎないことから、「近代家族」と呼ばれます。
 ここで上に挙げたような商業資本の宣伝戦略を考えれば、戦前の百貨店がやっていた子供連れ主婦向け戦略も、現在の「恋愛資本主義」的単身女性・カップル向け戦略も、拠って立つ基盤は近代家族イデオロギーということが言えるのではないかと思います。そして近代家族イデオロギーを支えるのが、「愛情」というものを高く評価しする発想です(この「愛情」は、カップルと親子とどちらにもあることに注意)。これはルソーのような啓蒙思想から広まったものだとか(前掲書pp.177-178)。

 このように小生は考えたので、『電波男』の中で本田透氏が「恋愛資本主義」を批判すると同時に「純愛」を唱えることに矛盾と違和感を感じずにいられなかったのです。それは結局、近代家族イデオロギーそのものの呪縛を認識しえていないのではないかと。あるいは、こんなのなんかもその例として挙げられるかと思います。
 しかし子供への愛も男女の愛も近代家族イデオロギーを支えたものであるという点では同じ機能を果たしてきたのであり、そして近代家族の浸透と現在の消費社会の発展とは、百貨店に関する先行研究が示したように密接な関連があります。ですから「恋愛資本主義」を批判する際に子供や家族への愛を持ち出しても、結局は壁に突き当たるのではないかと思います。
 こういった「恋愛資本主義」批判者の論の多くは、論拠に乏しい道徳論的な主張になって仕舞うように思われます(彼らが持ち出す統計はなぜ商工省経産省の商業統計ではなく内務省厚労省の医療統計なのでしょうか?)。それよりも、例えば歳末大売出しの百貨店の広告を半世紀分集めて、「おこさま資本主義」から「恋愛資本主義」への移行はいつ頃であり、それには如何なる要因(晩婚化、女性の学歴・就業率向上など)の影響が強いか、といった社会経済的分析をした方が、より広い範囲に説得力を持つと思うのです。

 で、ものすごく遠回りした話を最後に締めくくると、なぜ昨日の記事で小生が「革命的非モテ同盟」のビラを「反白色テロル大連帯」のそれと比べて「楽しみにくい」と書いたのかといえば、この「三大白色テロル」批判からは様々な議論やネタの可能性があるのに(上に小生が書いたものはそのごくいい加減な一例)、「オタク」や「非モテ」といった言葉と結びつけたことがそういった可能性を減殺してしまったように思われるからです。つまり、「ネタ」としては面白く思う客層をより限定してしまい、「マジ」な活動としては賛同者の範疇をより狭く限定してしまうのではないかと思うからです。これは「反白色テロル大連帯」を解説した拙稿で、最近の「新反白色テロル大連帯」を批判したのと基本的には同じ構図です。
 つまりもっと楽しく色々できるはずなのに、それを狭い範囲に限定するようなことはどうなのか、ってことです。

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by bokukoui | 2006-12-16 23:58 | 歴史雑談