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よりぬき「筆不精者の雑彙」
このブログの過去の主要な記事の一覧です。初めてご来訪の方は、是非ご覧ください。 MaIDERiA出版局 このブログの元サイトです。 MaIDERiA さらに大元のサイトです。 管理者 墨東公安委員会 (墨公委=bokukoui) 連絡先:rshima*nk.rim.or.jp (*にアットマークを入れて下さい) カテゴリ
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台湾新幹線開業に寄せて我が思い出などを語る
回顧と展望よりも先に書いておきたい時事ネタができたので、予定を変更して一筆。まあいつものことですが(苦笑)。
というわけで、遅れに遅れたすったもんだの末、日本の新幹線の技術も導入された(車輌が新幹線ベース)という台湾新幹線が本日開業したそうです。それも部分開業だそうで、残った区間は2月開業といいますが・・・これは大丈夫なのかな・・・。 参考までに幾つかリンク。 ・“ぶっつけ本番”台湾新幹線開業 運賃半額で係員訓練 ・[台湾新幹線]システム混在でトラブル…開業後も不安の声 ・台湾新幹線が開業 日本の技術初輸出、欧式と混合 ・台湾新幹線が始動、日本のシステム採用で ・台湾新幹線 トラブル続出 波乱含みの開業 ・陳総統が走り初め「新幹線輸出は成功ですよ」 小生は台湾新幹線についてそれほど詳しいわけではありませんので、以上のようなマスコミ報道から読み取れる範囲で、かつ自分の経験と勝手に結びつけて、一筆記したいと思います。 もう20年も前になりますか、小生は当時横浜市の南区に住んでおりました。最寄り駅は京浜急行の弘明寺(ぐみょうじ)という駅で、今では改装されて橋上駅舎になっていますが、当時は駅舎は地平にあり、小生が住んでいた方向から電車に乗るには一旦踏切を渡る必要がありました。そんなわけで、小さい頃から京急の踏切には慣れ親しんでいました。 一方、休日となりますと一家で自動車に乗って買物に出かけたりしましたが、その時よく行ったのが相模鉄道星川駅附近にあるニチイでした(現在もサティ天王町店として盛業中)。自動車で行く場合、家から北上して国道一号線と東海道本線を横切り(東海道線はガードをくぐる)、そして相鉄の踏切を渡ってニチイに行くことになります。 というわけで、ニチイに行く際、相鉄の踏切で待たされることが間々あったのですが、幼き日の小生はあることに気が付きました。相鉄の踏切は開け閉めが遅いのです。京急の踏切なら遮断機が下りたらすぐ電車が来て、電車が通ったらすぐ開くのに、相鉄の踏切は下りても電車が来るまで時間がかかり、かつ通り過ぎた後も開くのが遅いのです。子供心に、相鉄はなんとトロい電車なのかと思ったものでした。京急の踏切ならこんなに待たされないのに・・・。 しかしやがて小生も自分の間違いに気が付きました。相鉄が遅かったのではありません。京急の踏切がやけにスピーディーだったのです。一体なぜなんだろう。京急は電車の加減速もドアの開け閉めも それから時流れ十年余。京急と比べ万事お上品な東急沿線に移り住んで随分経ったある日、小生は『鉄道ピクトリアル』臨時増刊号(1998年7月・通刊656号)「<特集>京浜急行電鉄」を入手しました。そして丸山信昭「京浜急行の先頭電動車編成について」という記事を読んで、漸くどうして京浜急行の踏切の開け閉めが早かったのかという理由を知ることが出来ました。 ではそれはなぜか、というと、・・・一言で強引に説明すれば「京急では脱線時の安全性及び軌道回路短絡の確実化のために先頭車は必ず電動車としており、その結果安全性と同時に迅速なポイント切替(による列車退避時間の短縮)を可能にしている」ということで、その結果、 踏切保安装置の場合は制御回路に10秒の時素リレーを挿入するのが常識になっている(当社では先頭車すべてM車であるため、時素リレーは使用していない)。ということなのですが・・・鉄道マニアじゃないとこの説明の意味分からないですよね。かといってこれを事細かに説明するのはあまりに面倒なことなので、多少なりとも関心のある方は、以前にも紹介したかと思いますが、原田勝正『日本鉄道史 ―技術と人間―』(刀水書房)の第7章を読まれると、この丸山氏の記事の意味がよく分かるかと思います。 大雑把にまとめれば、鉄道というのは極めて膨大で様々な要素が絡み合ったシステムであり、線路を作る土木関係の技術、車輌に関する技術、運行をコントロールする信号の技術、そしてこれに経費と営業の都合とが絡み合って構成されているわけです。そしてこれらの要素は複雑に関係しあっており、踏切で待たせる時間を短くするためには地上設備だけではなく車輌の構成に工夫をするといった工夫も必要になってきます。丸山氏の論文の末尾を引用しておきましょう。 ・・・短絡不良の問題、先頭Mc車の問題、複線・複々線の安全問題等は、今日まで鉄道全体の問題になったことはない。現在でもこの種の問題は鉄道全体のなかの土木屋、運転屋、車両屋、信号屋の「no-man's-land」(第一次大戦中、独仏軍の塹壕線における両軍の中間無人地帯の意味で、危険で誰も踏み込めない領域のこと)なのである。独仏軍の間では29ヵ月で終わったが、鉄道では今も続いている。(前掲論文p.99)しかしてこのような問題は恐らく鉄道に限ったことではなく、現代の巨大なシステム全般に言えることなのではないかと思います。鉄道が、人類が造った近代的な巨大なシステムの中でももっとも早いものであろうとは思いますが。しかしまたもちろん、他の交通機関(自動車)と比べても、鉄道は線路と車輌が一体となって一つのシステムとなっている色彩は強いだろうと思います。 19世紀に鉄道が普及していくしていく中で、人々がこの初めて出会った巨大なシステムを受容していく過程を描いた興味深い書物、ヴォルフガング・シヴェルブシュ『鉄道旅行の歴史 十九世紀における空間と時間の工業化』(法政大学出版局)では、当時の人々が鉄道について線路と車輌を一体として認識していった様子を述べた章を「機械のアンサンブル」と題しています。小生の印象に残った言葉でした。 さて、漸く台湾の話に戻ってきますと。 既に報じられている通り、台湾新幹線は当初欧米の技術を導入するはずが、台湾大地震を機に地震国日本の技術も導入されることとなった結果、各国の技術が入り混じったものとなっていることが懸念されています。小生もまた同感です。「機械のアンサンブル」が不協和音を奏でる可能性を否定することはできません。 勿論、外国技術の導入から始まっていても、それを自分のものへと消化し切れれば良いのですが、お仕着せを切り張りしたようなものを導入してしまうと、それを自分に合わせるのに無駄な労力を使ってしまうことになります。こういった事態が起きる原因は、勿論受け手の側だけではなく売り込む側にも多分にあることは、先進国の技術を学ぶことで発展していった日本の歴史を振り返れば大体見当のつくところですが。 或いは、個々の技術を構成する部品そのものは、外国からの導入でも別に構わないのかもしれません(例えば、京急の新型車がジーメンスの制御器を用いていることは、マニア筋では有名です)。それをアンサンブルとして奏でる、全体のシステムの見通しを自ら立てられているのであれば、外国からどこをどう輸入すればよりシステム全体を合理化できるか判断できるでしょうから。しかし、外国のそれに限られなくとも、バラバラの技術を主体性もなく寄せ集めては、やはり駄目でしょう。 しかしまた、後発の国が先進国の技術に追いつき追い越すためには、そういった困難を乗り越えることもまた必要なのではありますが。 ところで、台湾新幹線に関しては、このような技術的側面からの懸念と同時に、「日本の技術を導入した」ということから大々的に報じられている面があります。しかし、上記のような「機械のアンサンブル」の意味合いを忘れて、「日本の技術が輸出された!」と喜ぶことは間違っているでしょう。上掲読売新聞記事の「日本のシステム採用」なる文言は、ほとんど誤報といっても差し支えないかもしれません。妙なことに、マスコミ報道には台湾新幹線の技術的懸念と、「日本の新幹線輸出」という文言とが両立しているのです。もっともこれはマスコミに限らず、その報道を求めている消費者も同様でしょうけど。 本件に関連して、こんな記事もありました。 ・世界駆けた「新幹線3代」の夢 小生が思うに、島安次郎・秀雄父子を軸に日本の鉄道史を語ってしまうことにはかなり大きな問題があると思いますが、それは今は措いておきます。ただ、この記事を読んでただ「日本の新幹線の技術は素晴らしい」などと思っていては、やはりあまりに単純すぎるものの見方といえるでしょう。大体、「世界に誇る技術」といって、どこがどのように「誇る」べき点なのでしょうか? この記事におけるおそらく最大のポイントは、次の島秀雄の発言にあります。 「新幹線に目新しい技術はない」 個々には目新しくなかった技術を、目的に応じて自在に組み合わせて独自のシステムを創造したことこそが重要なのです。ついでに言えば島秀雄は十河信二と連袂辞職したので、システムを使いこなして自分のものにするという仕事は後任の手に残されました。独自のシステムを身につけるまでの苦闘は齋藤雅男『驀進』(鉄道ジャーナル社)に詳しいので是非。 ということは、です。「新幹線の技術を輸出」ということは、実は原理的にきわめて困難な、ほとんど語義矛盾のようなことであるとも考えられるのです。 日本の鉄道技術を構成する様々な技術とシステムの源流を辿っていくと、そのかなり多くの部分は戦前のアメリカの電鉄に行き着くのではないか、小生はそう考えています。そのアメリカのインフラについて、くしくも今日の日本経済新聞に興味深い記事が載っていました。アメリカの道路インフラが老朽化し、渋滞によるアメリカの損失は一年間に円換算で20兆円にも昇るというのです。 アメリカで自動車ばかりがのさばり電鉄の技術が滅びてしまったからこんなことになったんだ、と電車大好き人間の小生は戯言の一つも言いたくはなりますが、ではなぜアメリカの社会の中で電車が滅びてしまったのか、それには技術的解決だけで済まない様々な要因や偶然(ある技術の発展段階と、その社会の経済的状況のマッチング)があったことと考えられます。アメリカの渋滞を解決するために、それ自体はきわめて優れて効率的であることは間違いない日本の電鉄システムを丸ごと持っていったからといって、アメリカのインフラ問題が解決するわけではありません。 多くの技術が絡まった巨大なシステムは、それ自体複雑なだけではなく、その巨大さ故に人々の生活と様々な形で関係してきます。ですから、技術について考えるために、更なる広い歴史的・文化的文脈を視野に入れる必要があるでしょう。新幹線技術移転の場合、「台湾=親日、韓国=反日」などという図式にのっかって理解しようとするのは愚の骨頂です。もし日本との関係を考えるのであるならば、日本の植民地統治時代に如何なる鉄道と現地とのかかわりが生じたか、日本が去った後どのような技術が移植されたのか、そういったことを検討しなくては普遍的な意味ある答えを出すことは出来ないでしょう(もちろん、そういった単純な図式で何でも割り切る連中が、意味のある答えを出そうなどとは考えてもいないのでしょうけど)。 ※ついでに言えば、「日本の技術を受け入れた台湾は素晴らしい」と台湾=親日の構図で礼賛する人々は、二つの点で間違っていると小生は考えます。一つはここまで延々と述べたように技術のシステムを軽視しているということ。もう一つは、最終的には台湾人が自立して自らの技術システムを築くということを無視し、いわば植民地的立場に置き続けようとしていること。彼らは台湾に対し友好的なつもりなのでしょうが、これは侮辱以外の何者でもないと思います。 もっとも、そういった文化的背景にまで話が及ぶとなると、研究や理解も相当に困難になってくることも確かではありますが。 先日話題にした、『鉄道忌避伝説の謎』の著者・青木栄一先生の「交通地理学を考える」にこんな一節があります。 ・・・(空港アクセス鉄道について)地理学の研究会でも発表したが、空港アクセス鉄道導入の要因を、道路交通渋滞の激化、空港アクセスの長距離化、空港利用者の巨大化などに求め、さらにそれぞれの国における鉄道利用の哲学(鉄道を日常的にどのように利用しているか、鉄道に対する考え方など)が大きく影響していると述べたところ、若手の研究者からアクセス距離や空港利用者数との関連で定量的に立地要因を求めなければ意味がないという批判を受けた。距離や利用者数では説明できないといってもなかなか納得してくれず、鉄道利用の哲学などというものに言及したのは科学的ではないと思われたようだ。その後、一九八〇年代に入ると、西ヨーロッパの大型空港では空港アクセス鉄道が広く導入されたのに対し、アメリカでは距離、利用者数ともに大きい空港が多数あるにもかかわらず普及はそれほどでもないという結果があって、両地域の鉄道利用の哲学の違いをはっきりと表していた。(「交通地理(2)pp75-76)定量化できる=「科学的」ではない、とでもしておきましょうか。とまれ、これは難しいけれど、等閑に付していいわけではないでしょう。そうでないと人文系研究者の出番も減るし(笑) どえらく長くなりました。 まとめると、技術を考える上では何か一点を切り出して云々するのではなく、全体としてのシステムがどう築かれるのかということが重要で、さらにそれは文化的・歴史的要因とも関係してくるということです。 台湾新幹線が、やがて台湾の人々――技術者も乗客も――の間に、由来がどこだったか忘れてしまうほど「自分達のもの」として根付いたシステムとなりますように。 英国直輸入の紅茶を使っていることを謳い文句にしてバカヤロな淹れ方をしてにせメイドがぞんざいに提供する店より、日東紅茶をていねいに淹れている品の良い店の方が美味しいと言うことでしょうか。 (システムと言うのすら情けない例でした) 京浜急行については労務政策でも頑張っていますね。 順法闘争盛んな時代も含めて、この50年程で京浜急行は1回しかストライキをしていなかったと記憶しています。正式な記録をあたった訳ではないのですが。 動く、着くことが大事。 あ、私は弘明寺から3駅南下した杉田に住んでます。(笑) ヨーロッパの空港アクセス鉄道ブームは箱モノブームのような気もしますが。そもそも首都クラスならともかく、スペインのマラガとかシチリアのパレルモとかドイツのライプチッヒとかのアクセス鉄道は、日本の常識ではありえないような気がします。だいいち利用者の目で見ると、30分間隔とか1時間間隔とかの空港アクセス手段は意味がないのです。 だいいちアメリカに比べて欧州の空港アクセス鉄道はそんなに利用されているとはいえないですよ。 アメリカでもフィラデルフィア・ボストン・サンフランシスコ・JFK・ニューアークあたりは立派に利用されていますよ。さすがにダラスとかミネアポリスあたりは、物好き用という感じですが、もともとLRTだし、客が殺到したら困ります。 この辺りは鉄道文化というより、長い目で公共交通に費用を配分することに対する社会的許容度が高いとするべきですね。アメリカはLRTや市内バスについては湯水のように金をつぎこんでいますけど。 交通経済学が数字偏重で隘路に入りつつあるのは同意です。 そもそも鉄道の定時性と飛行機の接続の取り方が難しいのです。日本の地方空港ではそうですが、バスのように航空便の出発・到着に完璧に連絡ということができませんから。 逆に輸送量の効用で、利用客が馬鹿ほど多ければ、5分間隔で運行できますから、接続の問題は解消します。さすがにこのクラスの本数は東京モノレール、ロンドンヒースローの地下鉄くらいしか運行されていませんけど。許容範囲は新千歳のように15分間隔でしょうね。 お腹がいっぱいで何を言おうとしていたのかを忘れました。 ので急遽本文に即してコメントすると、哲学ではなく定性分析と言えばよかったんじゃないのかと思いますね。哲学という単語は響きがよろしくありません。 あくまで印象ですが、メカニックをシステムとして総合的にとらえようとする態度と、「オラが国の機械は世界一」な技術国粋主義(?)的認識とは反比例するのではないかと思います。 (まあ結局は「日本が負けても零戦と大和は世界一」とか「日本は半導体技術に優れているんだからFSXの完全自主開発なんてチョチョイのチョイ」とか言っている人々に突っ込みを入れたいだけなのですが) じゃあどうぞどうぞ突っ込みを入れてみてよ。 みなさまコメントありがとうございます。 >檸檬児様 6日付け記事でくしくも食文化について書いたりしたわけですが、文化と技術と生活の実践とがぶつかり合う場こそ、家の中ではどこよりもまず台所であると思われます。ので、食を題材にこういったことを考えてみるのも面白いと思いますし、メイドさんについてもこういった観点から研究するだけの価値はあるかと。 京急については、その車体のアカさにもかかわらず、平行している国家独占資本(笑)との闘争に忙しいため、社内で階級闘争やっている暇がないものと察せられます。・・・はともかく、京急沿線にお住まいでしたか。正直、ちょっと羨ましいです。 >東雲氏 長文のコメントありがとうございます。本文中に書くのを忘れましたが、引用中の青木先生の研究は30年前の話なので、今日の情勢とはいろいろ違っているかと思います。不勉強で申し訳ありません。 ただ、「長い目で公共交通に費用を配分することに対する社会的許容度」の比較を行う際には、やはり文化的要素を入れて検討する必要がある化と思います。「日本の常識ではありえない」にしても、その常識が国ごとにどう形成されてきたか、調べてみたら面白そうです(が、大変そうです)。 交通と文化に関しては、鉄道以上に自動車こそ研究すべきではないかと思います。『自動車への愛―二十世紀の願望の歴史』って本を読んだけど、うーんもうちょっと、という感じでした。 確かに、鉄道の定時制は空港に行くのにはいいにしても、着いた飛行機に合わせて発車させることは出来ないので、空港から都市へ移動する際にはあまり有効ではなさそうですね。 汽船をサザンプトンやプリマスに迎えに行ってた昔の鉄道なら、船の到着に合わせて列車を出すということも出来そうな気がしますけど、どうだったんでしょう。 >ラーゲリ緒方氏 実際、計量的手法ばかり扱っている人に「哲学」といきなり持ちかけたら、要らぬ反発を買ってしまいそうですね。勘繰れば、敢えて計量的手法ばかりの人々を挑発したのかもしれませんが。 >n-dprj氏 まあご指摘の通りなんだろうと思います。もっとも流石に最近の軍事マニアに、そのような単純な日本についてのエスノセントリズム的な見方をする人はいないのではないかと思いますが。むしろ鉄道趣味方面の方が多いと思います。 台所の技術と文化の相克といえば調理家電の他に食器洗い機がありますかね。以前日記に書いたんですが http://lm700j.at.webry.info/200510/article_27.html http://lm700j.at.webry.info/200604/article_26.html こんな調子で困るんですよね 据え付けるのが大変とかいう理由もいろいろあるんでしょうけど、食器洗い機が普及してもしなくても問題あるよなあと >憑かれた大学隠棲氏
日本の家電で食器洗い機の普及が遅れた理由というのは、食器をどんな種類・どれだけ使うか、料理に落ちにくい油脂をどれだけ使うか、いろんな要素がありそうで、それだけ興味深い問題ですね。 あと日記で書かれていることから思うに、「システムキッチン」の「システム」ってどのように構築されているのかということは再検討すべきだけのことかもしれないと感じます。我が家もこの「システム」の更新でいろいろ問題がありまして。
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