極私的オタク論その2

 そろそろ表題の件「その1」の続きを書こうと思うのですが、当初自分が考えていたことよりも、スペード16氏のコメントが面白いので、そこから辿って書いて見ることにします。
 さておき、経済出身の割には経済を理解せず、そのわりにこの野村総研のコメントには発表当時から疑問を抱かざるを得ないものでして。
言ってしまえば、オタク市場は確かに高額かもしれないが作り手と買い手が近く、狭い市場で循環している点、また、オタクは「他のことに使う金を趣味に回している」という点。この2点を総合すれば「広く浅く循環するべきものを狭く深く循環させている」オタクは経済にとってマイナス以外の何者でもないんじゃいないかと思われるのですがどうでしょう。
 この問いに、経済理論をまるで解さぬ自称経済史学徒が挑もうというのですから無謀もいいところですが、きっと数学に強い緒方氏がフォローしてくれることを期待して一筆。

 結局経済を活性化するには、経済活動のパイ全体を大きくして、お金の循環を良くすることが基本原則なのでしょうが、この点ではオタク的消費は不適切なものといって間違いないと思います。購入されたオタク的財は極めて限られた換金性しか持たず、一見実用品を装っていてもそれが実用されることによって使用価値を生み出すという事態もあまり考えられません。要するに大部分は箪笥の肥やしとして塩漬けにされてしまうわけです。
 だから、オタク産業が経済を引っ張れるかというと、疑問といわざるを得ません。設備投資みたいに、消費が消費を呼ぶような循環にならない、むしろ社会全体で見れば循環にブレーキをかけてしまう可能性の方が高い、のではないでしょうか。他の娯楽への消費と比べても、塩漬け不良資産(ガラクタ)化してしまう可能性が高い、つまり消費を誘う効果に乏しいといえるのではないか、そういうことです。

 オタク産業がなにやら云々されるのは、上手く成功すれば比較的高利潤が相対的に安定して得られるというところにあるのだろうと思います。が、それは経済の牽引車として他の業種にも影響を及ぼすという公算は低く、むしろ他の業種とは(比較的)縁が薄いまま、自分の業界だけ消費者を囲い込んでそこから安定的に売上を獲得する、いわばブロック経済みたいな形のように思われます。 
 一旦ある層を囲い込むのに成功してしまえば、あとは忠誠心と執着心の強いオタク層は安定して消費をしてくれます。他の業界のようにすぐ飽きられて去られてしまう、ということが起きにくいわけです。
 ですが、そのような「ブロック経済」の成立は、必ずしも提供されるコンテンツの質の向上に繋がるとはいえません。良し悪しを判断する以前にまず消費してしまうので、むしろ粗製濫造や焼き直しの多発を招く可能性すらあるように思われます。しかも「囲い込み」の世界ができてしまっていると、その世界にいるものは「この世界はこんなもんなんだ」と観念して、向上心を失ってしまうのではないかと。かくて「らいむいろ」にも懲りず「たくろあ」も出てくる訳でさあ(笑)
 もちろん、ある日夢が覚めてその業界が弾けて消える、そんなことも間々あったりしますが。

 ネコ・パブリッシングはそういった「囲い込み」に長けている企業といえるのではないかと、個人的に思います。勿論ネコP社が提供するコンテンツ自体がよくないとか、魅力的でないというつもりは全然ありません(いわゆるアキハバラ系オタク業界のそれと比べたら極めて高度にして良心的である、と言い切ってしまうくらいには筆者もアキハバラ的なそれへ偏見を持っています)が、少なくともかの企業をして「オタクに鍛えられた」と称するのは、些か腑に落ちません。

 最後に。別に筆者は経済的有用性を以ってオタク趣味を有害無益な存在であるとかいうつもりは毛頭ありません。むしろ社会全体が資本主義の論理に覆われることに抵抗する、文化的橋頭堡として高く評価したいくらいです。
 だからこそ、日経新聞のような財界御用メディアのこのような提灯記事に乗っかって、まるで自分たちが何か偉大でファッショナブルな存在であるかのように思い上がることの愚かさを戒めたい、それだけです。そうなってしまったら、そこにいるのは畸形的に資本主義に取り込まれた消費者がいるだけで、オタクの持っていた良さは、もうそこにはないでしょう。

 まだ雑駁ですが、とりあえず時間もないのでここでアップ。
 まだいろいろ考える予定。オタクから「カリスマ的リーダー」が登場して「一般消費者」を引っ張る、という辺りが突っ込みどころになりそうな。
[PR]

by bokukoui | 2006-01-20 23:55 | 思い付き