世界遺産と防災無線補足・市長は思いつきでものを言う?

 昨日の記事の続きのような内容です。幾つか情報が入ったので。
 富岡市の富岡製糸場世界遺産指定を目指した努力と、いささかの暴走について。

 富岡製糸場が世界遺産暫定リストに入った、ということは昨日の記事の通りですが、他にも幾つもの候補があった中で近代のこの遺産が選ばれたのには、やはり現地の熱心な取り組みがあったようです。今回のリストに入ったのは単に富岡製糸場本体だけではなく、「絹産業遺産群」とあるように周辺の様々な関連した産業遺産も含まれており、やはり遺跡一個よりもそのような広がりを持っている方が世界遺産指定の際には評価されるそうです。詳細は群馬県のページなどに載っていますが、何でも地元でこういった産業について研究しておられる方が推進室を仕切っておられるため、こういった厚みのある遺産郡の捉え方が可能になったそうです。しかし碓氷峠の鉄道も入っているのか・・・。
 ところで以前富岡製糸場を見学した時のことを数度に渡って書きましたが((1)(1)の2(2)(3)(4))、その際に書き落としていたこととして、富岡製糸場は1872年の創業から1987年の創業終了まで115年間も製糸工場として稼動していたということが挙げられます。これは事実上、日本における近代的製糸業が移植されて誕生し、日本を支えるほどの輸出産業にまで成長し、やがて産業構造の変化により衰退してなくなるまで、ずっと富岡は糸を作り続けてきていたということです。そのため、富岡製糸場は一世紀以上に渡る日本製糸業(これは一時は世界最大級のものでした)そのものの歴史を積み重ねてその中に有しており、単に明治時代に最初に出来た煉瓦の建物が立派だから凄い、ということではないのです。だからこそ世界遺産の価値もあろうかというものですが、それだけに難しいところもあって、現在の遺産を修復して残すという際、ただ単に昔のスタイルに戻せば良いというものではない、ということなのです。これについては以前ある例を書きました。
 いよいよ世界遺産の候補に名乗りを上げたとなると、その遺産をどのように保存し活用するのか、という保存管理計画を立てる必要があります。その際にどのような視点で臨むのか、それは富岡製糸場の何を評価するのかという問題でもありますから、上に書いたようなことが重要になってくるのです。

 最近の歴史学、ことにヨーロッパ方面における生活史への着目の深まりからすると、単なる博物館的なものよりも、機械を動くようにして作業を実体験できるような設備にすれば良いのではないか、最近流行の「職業体験」的な教育効果もあるし、といった意見が出ているようで、確かにそれはそうだと思うのですが。ただ、東急デハ5001号の問題を追っかけている者としては、歴史的遺産と教育とがくっつく状況に対し、なんとはなしに不安をも感じてしまうわけで。
 富岡製糸場の世界遺産登録を目指すために、昨年富岡市教育委員会は『旧富岡製糸場建造物群調査報告書』という、種々の史料・写真・図面を盛り込んだ巨大な報告書を作成しました。その序文を見ると、あの防災無線を拵えた土建屋市長・今井清二郎氏は、報告書の序文の中で以下のようなことを書いています。
・・・ある高名な学者が・・・「こういう文化財に触れると非行に走る子ども達は出ない。」とも言われました。これも嬉しい指摘です。
 どうも渋谷区区長の件を思い出してしまい、何となく不安な気がしてきます。それにしてもこの「高名な学者」って誰だ。
 昨日の記事でご紹介した、富岡の防災無線の濫用振りに怒り心頭のエロマンガ編集者・塩山芳明氏に言わせれば、「こういう文化財に触れ」ても、他人を思いやる謙虚さはカケラも身に付かなかった、ということになるでしょうね。

 で、この防災無線について、昨日の記事で富岡製糸場の暫定リスト登録を放送していたらしいと書きましたが、実際には更に手の込んだことをやっていた(やろうと計画していた)ようです。
 それはどうするかというと、市の数箇所に花火を打ち上げる準備をしておき、暫定リスト登録の報が入ると同時に花火を打ち上げてその音響で市民を驚かせ、そこで市民の注意力が上がった(?)ところで防災無線で暫定リスト登録を告げる、というものだったそうです(これは計画で、実施されたかどうかは知りません)。
 防災無線の使い方としてあまりにも本末転倒な気がしますが・・・。しかも花火を打ち上げる時に万が一事故があってはということで、消防車を発射地点各所に配備しておくつもりだったんだとか。ますます何のための防災無線なのか分かりません。塩山氏ならずともカラオケやってんじゃねーぞと言いたくもなるでしょうね(実際、苦情は来ているとか)。

 塩山氏の日記(本日付)を拝読するに、
富岡製糸場が、単に世界遺産コーホになっただけで、バルチック艦隊センメツしたり、南京陥落時のように、チョ-チン行列まで税金使ってかました・・・
とありますが、何でもこの提灯行列の提灯、お祭りの時の町に飾るものを転用したそうです。というのも富岡市はお金がないそうなので(群馬で一番財政が良くないとか)。で、提灯はそうやって調達しても、もともと街の飾付用ですから、行列に使うには柄がない。というわけで市の職員が動員されて、山から竹を切ってきて自分で作ったんだとか(笑)
 で、市長は興に乗ってか、富岡製糸場の「活用」方策として、市役所を富岡製糸場の煉瓦造りの倉庫に移転するなどというヨタを飛ばしたそうです。いくらなんでもヨタと思いますが、ここら辺の振舞を見ていると、ますます渋谷区長的な事態が予測されてげんなりします。
 あと市長の思いつき、といえば、何でも今年は正月三が日に富岡製糸場を一般公開したそうです。で、誰も来ないのではないかと思ったら予想外に来場者が殺到し、自動車が多すぎて渋滞になったほどだったとか。こっちは市長の思惑が当たったということで、来場者の多さに市当局も感激していたそうですが、実も蓋もないことを言えば群馬の田舎で他に行くところがなかっただけではないかという気もします。お金かからないしね。

 以前も書きましたが、富岡製糸場の世界的な意義を説けば世界遺産登録は不可能ではないと思います。富岡に始まった日本製糸業は日本の近代化に大いに貢献したわけで、その点で途上国から好感を得ることは出来そうですし、その糸で作られた製品を大量に消費して消費社会を形作っていったアメリカ人にも無視できないだろうし、勿論フランスはミーの国の機械がヤポンを近代国家にしたザマス、ということで賛同してくれそうだし、とまあ公算はあるとのことです。
 ですが首尾よく世界遺産になったとして、この市長が土建屋のノリで(岩井現市長の本業は土建屋)変なことをしてユネスコにお目玉くらって認定取り消しとかになったら・・・ま、その頃まで今の市長とは限らないか。

 だいぶ阿呆なことを書きましたが、例の巨大な報告書の出来栄えを見ても、文化財関係者の熱意は疑うべくもなく、全国的・世界的な知名度を上げてより来るべき人が来れるような体制を整えて欲しいと思います。そして過去の記事で多くの写真を掲げましたが、一見以上の価値ある遺産であることは間違いありませんので、興味のある方は是非一度見に行かれることをお勧めします。

 で、ここ両日散々ネタにさせていただいたので、ここはひとつ塩山氏に御礼をせねばと思って『出版業界最底辺日記 エロ漫画編集者「嫌われ者の記」』を、今日大学生協書籍部で買ってきました。アマゾンにもなかなか好意的な書評が出ていますね。ふむふむ、
編輯を担当した南陀楼綾繁にあえて注文を出せば、ブックガイドとして利用するために、人名索引などつけてほしかった
 ・・・。
 もうやりませんよ、あんなこと。ええもう。
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by bokukoui | 2007-01-24 23:55 | 歴史雑談 | Trackback | Comments(4)

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Commented by ほそだ at 2007-01-25 09:19 x
おはようございます。
妙な時間の書き込みですが、今日はひょんなことから休日です。

>市長は思いつきでものを言う?
ハシモトさんですか。署名に惹かれてついふらふらと買いました、それw

>富岡製糸場
女工哀史、みたいな扱われ方が多い気がしますが
(最近はそうでもないのかな?
自分が義務教育を受けていたころは、
まるで強制収容所のような言われようでした)
最近富岡日記を目にする機会がありまして、
なかなか興味深く読ませて頂きました。

富岡日記
http://cruel.org/books/tomioka/tomioka.html

>「嫌われ者の記」
ミもフタもない書きっぷりがある意味愉快な本でした……
て、筑摩で文庫入りしてたんですか。すげえ。
Commented by 東雲 at 2007-01-27 01:18 x
前から疑問に思っていたのですが、日本はなぜ90年代まで世界遺産条約を批准しなかったんでしょうか?そのおかげで多くの候補たるべき文化財、土地が埋もれているように思います。はっきりいってヨーロッパの世界遺産なんて、日本で既登録の所に比べれば玉石混交もいいところでしょう。
Commented by bokukoui at 2007-01-27 03:21
>ほそだ様

>女工哀史、みたいな扱われ方が多い気がしますが
>(最近はそうでもないのかな?
>自分が義務教育を受けていたころは、
>まるで強制収容所のような言われようでした)
>最近富岡日記を目にする機会がありまして

富岡日記なんかの研究も進んで、官営だった頃の富岡製糸場は模範工場として比較的状況は良かったと言えるようです。全般に昔ほど『女工哀史』的な語りはされなくなっていると思います。
ただこれがある意味問題でもあって、富岡を世界遺産に指定してしまうと、富岡の状況が日本の製糸業の標準のように理解されるのはやはり問題があるのではないか・・・という懸念もあるそうです。

塩山氏の本は・・・ま、『レモンクラブ』で蒙を啓かれた身としてはやはり買わずばと思いまして。
Commented by bokukoui at 2007-01-27 03:21
>東雲さま
ご指摘の通りと思いますが、正直小生も良く分かりません。開発との兼ね合いなのか、文化庁側の問題なのか。古代の方が遺跡保存との関連で情報が多いのではないかと思いますが・・・。
「世界遺産」といっても、世界史的な意義をどこまでちゃんと評価しているのは結構微妙と思います。まあ、ヨーロッパ偏重というのも、こういった保存活動の歴史を考えてみれば過渡的現象としてはやむを得ざるところがあるのかもしれません。
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