[資料メモ]戦前期における「恋愛」という用語の使用例

 どうもまた無線LANの調子が悪いので、今日は手短に小ネタ一つで済ませます。

 ある言葉の登場と用例の変遷をもっとも手軽に追っかけようと思ったら、読売新聞の全文検索可能の電子記録があるのでそれで検索して年代順に用例を並べるのがいいなと思ったのですが、借りに行くのも面倒だし、正力松太郎の新聞なんかアレだし、と思ったときには神戸大新聞切り抜きデータベースの検索が便利です。1911年から1970年までの関西主要紙の記事を切り抜いてコレクションしており、まあ切り抜きなのでそこら辺に限界はありますが、色々検索しているとなかなかに楽しめます。いや調べたいことをほったらかして関係ない記事をつい読んでしまうのですが。
 というわけで前にもネタにした覚えがありますが、今日も古新聞からネタを一つ。最近「恋愛資本主義」の話を書いたので、「恋愛」で検索してみました。
 ・・・あれ、21件しかない。案外少ないな。まあ商業経済中心の切り抜きコレクションですので、三面記事や連載小説は切り抜いていないだろうからこんなものでしょうか。

 で、幾つか読んでみて、個人的に面白かったのを一つご紹介。

 ヤンキーガールの古靴下日本の錦紗となる
   勿驚一年三億五千万円
     無税のボロが舶来の上等帽子


 大阪朝日新聞の1930(昭和)年1月4日付です。リンク先はちょっと重いかもしれないので要注意。
 記事の内容は、アメリカに日本の生糸が輸出されて主にストッキングになっているけれど、そのストッキングの穿き古しで破れたボロなどを安く集めて日本に再度輸入、それを再加工して日本で織物の材料にしている、それは安くて品質も悪くないので評判が良い、というお話です。鉄のスクラップなんかも戦前の日本はアメリカから大量に輸入していたものですが、繊維製品でもやってたんですね。
 で、そんな経済記事に「恋愛」というワードがどのように登場していたのでしょうか。
 それは冒頭のこの一節です。
このごろ神戸港へ足の先に穴のあいたのやら、底のぬけた靴下が大貨物となってどんどん入って来る「一たい何になるのだろう」と話題になった、殊にその靴下の大半はこってりとお化粧をしたヤンキー・ガールの長脛の匂いのぬけぬものが多いのだからますます興味が深くなった、脚に恋愛を感じるとつくにの人々にはあらねど試みにその匂いをたどって見ると驚いたことにはそれが機業地に廻って艶美わしい錦紗、お召、羽二重、節ものなどに化けて出て来ることがわかった(以下略)
 原文の傍点強調は太字にかえてあります。下線は小生が付したもの。なお神戸大のデータベースの文章起しには一部脱漏と誤りが見られたので、そこは訂正してあります。
 で、・・・なんだかなあこの用法は(笑)。「脚に恋愛を感じる」って、今なら「脚フェチ」のひとことで済むところですが、当時はまだ「フェチ」「フェティシズム」という用語が一般に浸透しておらなんだために、こういう言葉も全部「恋愛」ですませちゃったんでしょうかね。今とは「恋愛」という言葉の持つ妖しさが強かった、そんな時代だったということなのかもしれません。

 何となく当時の日本人の対米観、つうか「ヤンキー・ガール」への偏見のような思いも垣間見えそうなところが面白いですが、脚フェチを「とつくに」つまり外国のこととしているのはいただけません。
 この記事が書かれたのは昭和5年、この頃には日本文学史上燦然と輝く脚フェチ・谷崎潤一郎先生が、既に関西は神戸に居を移されていた筈。大朝の記者がそのことを知らぬはずがありますまい。
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by bokukoui | 2007-02-02 23:59 | 歴史雑談