[資料メモ]元祖・泡沫候補?宮武外骨(と外山恒一)

 今日は統一地方選でした。
 ネット上では話題をもっぱら外山恒一候補が占めていたような印象すらあり(ネットで見ている場所が偏っているだけとの説もあり)、またこのブログにここ数日アクセス解析をつけてみたところ「三井理峯」で検索してくる人が何人もいることが分かり、とまあそんな折だけに、最近読んでいた本から関連しそうな一節を。
 最近読んでいた本というのは、吉野孝雄『宮武外骨 民権へのこだわり』(吉川弘文館歴史文化ライブラリー)です。吉野氏にはずっと以前に『宮武外骨』(河出書房新社)があり、小生も以前ネタにした覚えがありますが、本書は外骨の出版などの活動側面に的を絞り、プライベートな側面は思い切って省いて、また前作に新たな資料を加えて書き直されています。前作の『宮武外骨』がちょっと小説っぽいところもあったのに比し、本作はもっと客観的な調子で書かれていて、個人的には読みやすくよかったです(・・・前作の内容をあらかた忘れていただけかもしれませんが)。まあ、古本屋で安く売ってたから買い込んだというのが正直なところ。

 で、反骨のジャーナリストにして東大の明治新聞雑誌文庫の事実上の創設者である宮武外骨(1867-1955)は、2回選挙に出たことがあります。1915年の第12回総選挙と、1917年の第13回総選挙です。言うまでもありませんが、当時はまだ普通選挙ではありません。
 で、そんな中で外骨はどんな選挙戦を戦ったのでしょうか。本書から引用してみましょう。まず第12回総選挙から。
 第12回総選挙は、・・・少数与党の大隈重信内閣が、議会を解散し議席増加をはかった選挙で、必勝を期した政府は内務大臣大浦兼武を陣頭指揮に立て激しい選挙干渉を行った選挙であった。・・・
 一方この選挙は、与謝野鉄幹、馬場孤蝶、長田秋濤などの文士が立候補した選挙としても話題を呼んだ。その選挙に外骨も「政界廓清 選挙違反告発候補者」と名のって立候補したのである。当選を目的とせず、各地を遊説して歩き、候補者の不正や違反を暴露してまわることが目的という、前代未聞の候補者であった。・・・
 「われは金比羅大権現の再来、大天狗の荒神様なるぞ。刃向う者は八つ裂きにして杉の枝にぶら下げてやる」といって、次々と候補者の違反を告発してまわる外骨に、聴衆は大喜びだったが、選挙権のない聴衆の方が多くて、結果は予定通り、見事落選した。
 当時の議員選挙権は、25歳以上で直接国税10円以上納入の男子に限られていた。庶民の味方の外骨が当選するはずはなかった。「与謝野鉄幹は1400円の運動費を使って99票。馬場孤蝶は500円使って23票。長田秋濤は1500円も使ってわずかに10票。そこへいくとワシなどは1300円の運動費で259票も入ったのだから文句はない」。選挙について、人から聞かれると、外骨は決まってこう答えたという。(pp.112-113)
 引用に際しては、数字を横書きで読みやすいように算用数字に改めています。
 引き続いて第13回総選挙の箇所を。
 ・・・外骨は、大正6年の第13回総選挙に、再度「選挙違反告発候補者」を名のって立候補した。今回も、前回同様、当選は最初から考えていない。外骨のようなふざけた候補者が存在すること自体が、表面では理想を説き、陰では自分の私利私欲にはしる偽善的候補者に対する諷刺となるのだ。彼らが外見上まじめであればあるだけ、外骨のからかいのおもしろさは生きてくる。選挙の投票日は4月20日だったが、当時外骨が発行していた雑誌『スコブル』誌上には、はやくも投票日前から、4月23日に“落選報告演説会”を開くという、次のような予告記事が掲載されている。

 憲政政治の根本たる選挙の意義を解せず、投票は頼まれてすべきこと、買う人に売るべきものと心得居るが如き、盲目的没理的の選挙民が多く、又其愚民に迎合する戸別訪問の叩頭手段を執る醜劣な候補者、及び候補者を喰い物にする悪辣な運動者の多い現代では、我々の如き依頼状を発せず、戸別訪問せず、一人の運動員を使用せざる理想的立脚の正義硬骨な候補者は、到底当選し得る見込みはない、因つて前例の如く、来る4月23日午後6時より神田青年会館に於て「落選報告演説会」を開催し、主として選挙民に罵詈痛撃を加え、併せて当局並に被選挙者に痛棒を下すべき大気焔を吐きたいと思つて居る。

 時代は進んだけれど、現代にもそのままあてはまる相変わらずのこの国の選挙の実態だが、外骨の怒りは、政治や選挙の腐敗を許してしまっている選挙民を「愚民」とののしるにいたる。選挙の結果外骨の得票は、東京選挙区で3票、大阪選挙区で3票の計6票であった。「如何なる人が投票したのか、其御方の御姓名を知りたい感も起る」と、落選報告演説会の内容を詳しく報じた『スコブル』七号の誌上に書きそえている。・・・
 予告どおり23日に開かれた落選報告演説会には、警察の妨害もあったが、600人近い聴衆が集まった。2票の得票しか得られず落選した、活版所三秀舎の職工厚田正二と、1295票で惜しくも落選した講釈師の伊藤痴遊も弁士として出席して盛会だった。外骨もその席で、金を使った候補者ばかり当選させる選挙民の愚劣を罵倒し、政府の堕落、政党の不完全を暴いて大いに気勢を上げ、三銭の入場料を払って集まった聴衆の喝采を浴びた。(pp.120-122)
 今回の統一地方選挙でネットの一部層の話題を攫った(そしてその動画がネット上にアップされたことで一般のニュースでも取り上げられた)外山恒一候補、「私は諸君を軽蔑している!」と政見放送で雄叫びを上げ、最後は視聴者に向かって中指を突き立てて見せたそのパフォーマンスが話題になったわけですが、しかし選挙で罵倒芸というのは90年も前に宮武外骨がやってたんですね。
 しかし、2票しか得票できなかった活版職工がどういう人なのか、気になる・・・。

 この宮武外骨の出馬について、松岡正剛氏は「ひとつ気にいらないこともある。ついつい議員に立候補したことだ。これは与謝野鉄幹・馬場孤蝶・長田秋濤にもあてはまることであるが、これで男が廃った。少なくともぼくはそう断じている」などと書かれておりますが、しかし果たして外骨の出馬を与謝野晶子の駄目亭主なんぞと同列に並べて良いのかとちょっと疑問に思います。まあそこら辺を論じるためには、泡沫候補が世相に応じてどんな風に出現し、どんな選挙戦を戦ったかを調べなければならないでしょうね。もっともこれは絶対に政治学の仕事ではなく、文学部担当でしょう(笑)。
 外骨の立候補は、その多様な活動の一環としてどれだけ生きてるか、という点で評価すべきでしょう(その点では、確かにあまり効果的ではなかったのかもしれません)。一方、では外山候補の場合は、この出馬を自分の活動の一環に取り込んでどう後世に評価を残せるのか、これからが本番でしょう。
 というわけで、泡沫候補研究の基礎文献の一つとして、引き続き三井理峯『我は平民』を探す所存です。

 最後に一つ余談。
 今回の外山候補は、選挙活動とインターネット、特に youtube やニコニコ動画のような動画サイトととの関係に一石を投じたという点では、日本の選挙史上に記録されるものと思います。
 で、外骨が最初に出馬した第12回総選挙も、メディアの革新が起った選挙だったという点では奇しくも共通しています。それまでの選挙は、直接演説会を行うか、新聞などの活字メディアで政見を述べる以外の手段がなかったのですが、この選挙では大隈重信が演説をレコードに吹き込んで配布するという作戦が登場したのでした。これで大隈は大勝したわけですが、一方で選挙にかかる金がますます増えることにもなったとも言われたそうで。
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by bokukoui | 2007-04-08 23:56 | 歴史雑談