妄想の対象としての「メイド」について思うことなど(2)

 十日も前に書いた記事の続き、のようなものです。
 といっても(1)はなんだか纏まらぬまま横道に逸れてしまったので、今日の記事はそうならぬようにしたいと思います。

 というわけで本日の記事は、だいぶ時間が経ってのんびりした話で恐縮ですが、酒井シズエ翁と北庭さんと小生との間の「新春メイドさん放談2007」へお寄せいただいた様々なご意見の一つである、鏡塵さまのブログ「アルクトゥルスの25度下」の以下の記事、

 「『これがWNF(ワールドネコミミフェデレーション)のやり方か――!?』」

 の中で提示されたご意見に関して、小生の思うところを述べたいと思います。
 ここでの論点となる箇所を、少々長くなりますが、上掲リンク先の記事より引用させていただきますと、
「創作のメイドさんが妄想に陥ってしまうのは何故か」という点について若干・・・このことはおそらく、いわゆる「言語論的転回」後に展開された、「歴史叙述」と「フィクション」との関係性を問う問題系へと結びつく(ゲオルク・イッガース『20世紀の歴史学』)。
まず、テクストの紡ぎ手としての「作者」、とりわけ、「歴史」を素材として利用する場合の「作者」側の問題であるが、「物凄く調べてる人でも、創作では妄想の「メイドさん」を書」いてしまうことが、「読者」に何がしかの「ショック」を引き起こすのであるならば、その「読者」が暗黙のうちに前提する価値の一つには、「創作」を行う「歴史小説家」(この場合「メイドさんもの」を創作する創作者)は、その「創作」にあたって可能な限り資史料を蒐集し、「歴史考証」を行う中から何がしかの価値ある<物語>を塑成するべきである、という公準が存在するように思われる。
もしそうだとするならば、ある局面では、その「創作」の価値は、そこで素材とされる「歴史考証」の妥当性、言い換えれば、「歴史叙述」としての価値(「メイド」研究としての価値)へと転換されてしまうことにはならないだろうか・・・
 というところであります。
 これは新春メイドさん放談の中の、以下の箇所を指しているものと思われます。
酒井■SPQRで思い出しましたけど、久我さんの本を読んでて一番ショックだったのは、あんだけ物凄く調べてる人でも、創作では妄想の「メイドさん」を書いちゃうんだなっていう。

墨東■それは私もそう思います。あれだけの考証を必ずしも活かしてないですよね。細部では活かしていても、社会構造的なところには案外そうでもないような。

酒井■で、あれだけ調べて実態がわかってる筈の人でもメイドさんっていう妄想からは逃れられないんだなってちょっと思ったんですよ。

墨東■いやそうだと思います。まったくその通り。
 この頃にはいい感じに酒が廻っていたので(笑)、実はここでの問題意識において酒井翁と小生の間でずれがあったのではないかと今読み返して思わなくもないのですが、ひとまずそれは棚に上げて、ここでの「ショック」の何たるかについて小生が思うところを書いて見たいと思います。

 この「ショック」について鏡塵さまは、ここでショックを受けるということは、歴史に関する創作については「『歴史考証』を行う中から何がしかの価値ある<物語>を塑成するべきである、という公準が存在するように思われる」とご指摘になっておりますが、小生はここの論理的な繫がりが正直なところうまく読み取れません。物語の創作を志す方にとっては、「創作」という営為を行う手段として「考証」が存在するのであり、逆でないことは理解しているつもりです。この鏡塵さまの文章の一節を拝読した折に、小生がまず思い浮かべたのは、最近愛読していた子母澤寛『味覚極楽』(中公文庫BIBLIO版)の、尾崎英樹による解説に書かれていた、子母澤の言葉です。
「『父子鷹』で勝小吉が、割箸をびしっと割いて蕎麦を喰う箇所がある。あれが人にいわせると、どうも歴史的にそぐわないというんですね。むかしはよく蕎麦屋でも、一度使った箸をざるかなんかに入れて乾してあった。夜鷹蕎麦が割箸を使うなんざちと御上品すぎやしないかというんでしょう」
 たしかに『父子鷹』にそんなくだりがある。「お寒いですから一つ如何です」と新しい割箸を添えて鼻先に出された蕎麦を、小吉が黙って受取り、前歯でびしっと箸を割って無言で喰う場面だ。
「あそこはびしっと割箸を割る音がはいらないことにはいけません。静かな夜寒の感じが、その音一つでひき立ってきます。小説では事実の考証は、離れてまずく、いきすぎても具合の悪いものですね」
(p.255)
 というわけで、創作の価値を考証に求めたり、歴史家たらんことを同時に求めるようなことをしているつもりはないので、「新春メイドさん放談」のこの箇所から、鏡塵さまにかようなご指摘をされたことに関しては、些か困惑の感を受けた次第です。(一般論としてのご指摘なのかもしれないけれど、「その『読者』」の支持する先は「ショック」を受けた読者のことで、そのような読者を想定する前提が「新春メイドさん放談」なのだから、以上の抗弁も無意味なものではないと考えます)

 ではここでの「ショック」とは何なのか、といえば、ここで子母澤の言葉を借りれば「考証は、離れてまずく、いきすぎても具合の悪い」というバランスを、メイドさん周辺では失している場合があるように感じられたからです。
 考証家の喜びと創作家の喜びはまた別でありましょうが、先の「新春メイドさん放談」における小生のショックというか違和感というのは、maid に関する考証の部分と創作の部分とが、なんだかうまく噛み合っていないように感じられたことに起因します。
 上に述べたとおり、小生は決して「歴史小説」の価値を考証や歴史研究としての水準と同一視するようなことはしていないつもりですが、仮にその作家が歴史の考証に膨大な精力を投じているのであれば、「『歴史考証』を行う中から何がしかの価値ある<物語>を塑成するべきである」公準をある程度想定せざるを得ません(ですが、出来た作品の評価は、考証の妥当性や歴史叙述としての出来如何とはまた別なのは勿論です)。で、ここの場合は、小生の感想ではどうもあれだけ歴史考証をしても、創作は歴史的考証をあまりしないような多くの「メイド」ものとの差異をそれほど大きくは見出せないように感じており、それが小生をして些か「ショック」だったのでありました。もっとも小生は、その理由を創作物そのものよりも自身の創作物に対する鑑賞能力の低さに帰していました。そらもう酷いもんで(当ブログをある程度お読みの方でしたらお分かりいただけるかと思いますが)。
 ところが「新春メイドさん放談」で、図らずも酒井翁の口からあのようなご指摘があったもので、酔った勢いで思わす激しく同意したのでした。今冷静に思い返せば、ここでの両者の「ショック」の内実は結構違っているのではないかと思わなくもないのですが、ともあれ小生の場合、ここでの「ショック」とは、歴史的なアプローチが「妄想」に対して働きかける力が如何に限られたものに過ぎないか、ということです。

 考証家は細かい事実をどこまでも追及していくことそれ自体に喜びを見出すわけで、それこそ鉄道趣味者や軍事マニアはその代表的なものですから、それはそれで一つの趣味のあり方だと思います。考証家と歴史家の違いは、小生が思うには、考証家は考証する理由は「面白いから」「好きだから」の一言でよく、考証した意義を説明する責任もありませんが、歴史家は理由と意義に関する説明責任があるということではないかと思います。個別の事実の追求を普遍の文脈に載せるとでも申しましょうか。他の事実との繫がりが重要であって、だから場合によっては細かい考証による新事実発掘だけでなく、よく知られているような事実を再評価することでも、歴史としては意義あることになるのではないかと思います。また一方逆に、考証家が優れた考証をした結果、そこで意義を発見するという場合もあろうかと思います(過去のこちらの記事参照)。
 話が逸れましたが、このような考証家の立場と創作者の立場とは、別段矛盾するものでもないし両立可能であると思いますが、創作のために考証を追い求めているのであるとすれば、そのような「歴史作家」の立ち位置の方は考証家よりも歴史家の方がむしろ近いのかな? なんて思います。
 ここで『エマ』の森薫先生を考えるに、既にMaIDERiA出版局の「墨耽キ譚」で縷々述べた如く、『エマ』のストーリー展開がグダグダであって、ただ森先生が魅力的だと感じたヴィクトリア朝の一角の絵が描きだされるところに本作の魅力があるのではないかと思惟されるのでありまして、森先生はかなり「考証家」寄りの立場なのだろうと思います。
 「新春メイドさん放談」中で出てきた久我さまの場合については、むしろ逆に意識的に「創作家」たらんとされていて、それが膨大かつ精緻なその考証と必ずしもうまく接合されていないのではないか、僭越ながらそのように感じたところが、「ショック」の意味であると思っています。そして、それだけ「メイド」というものがかき立てる「妄想」が強固であることの傍証なのであろうと思うのでした。

 そういえば以前、歴史的事実と創作の関係について、吉村昭氏が亡くなった時に一筆ものしたりしましたが、歴史的正確さと文学的面白さを両立しえた吉村氏はやはり例外というべきでしょうね。
 吉村氏の裏返しのような例として、『日露戦争の軍事史的研究』などで著名な歴史学者・大江志乃夫氏が書いた歴史小説『凩の時』があります。本書は大仏次郎賞を受賞しており、小生も大変興味深く読んだ本でしたが、一般受けするかどうかはちょっと分かりません。ただ、優れた歴史研究者が、史実の厳密な実証に注意を払いつつ、敢えてこのような形式で作品をまとめあげたということは、極めて興味深いことです。
 ついでに、この『凩の時』については、この作品が扱っている第1連隊の集団脱営事件当時の連隊長だった宇都宮太郎大佐(のち大将)の日記が最近公刊されました。朝日新聞が大きく報じたのでご存知の方も多いかと思います。で、大江先生はこの日記を早速入手されて一読され、『凩の時』改訂版を書くと意気込んでおられた由。小生も実は両方とも持っているので、照らし合わせて読んでみたいと思います。

 話が逸れまくりました。つうか既に「メイド」はどうでも良くなってるし。
 で、引き続き鏡塵さまの記事の後段についても思うところを述べたいのですが、いい加減馬鹿長いので一旦話を切ります。続きはいつか。
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by bokukoui | 2007-04-30 23:57 | 歴史雑談