M.レビンソン『コンテナ物語』感想 及び同書の感想に対する感想


 今日は最近読んだ大変面白かった本に関して一筆。その本とは、

マルク・レビンソン(村井章子訳)
『コンテナ物語

 世界を変えたのは「箱」の発明だった
                日経BP社
 であります。

 本書はコンテナを使った物流システムがどのように形成され、世界各国の様々な産業がどのように形を変えていったかを述べたものです。コンテナ導入のストーリーにおいて中心となるのが、トラック輸送業者だったマルコム・マクリーンで、のちシーランドの経営者になります。コンテナにすれば面倒な船への荷役(ものすごく人手がかかり、従って時間もコストも要する)が簡単に機械化できるし、途中で荷物をかっぱらわれる心配もなくなるし、といった目論見ではじめるのですが、これが思いがけず世界を変えて行くことになります。
 導入に当たっては、海運業や荷役の当たる労働者の組合の抵抗(何せ輸送業の労組は強力なので)であるとか、規格を巡るゴタゴタだとか、様々なすったもんだがありますが、コンテナはやがて否応なしに世界へ普及します。コンテナの導入によって輸送のコストは下がり、トラックはトラック、船は船と分かれていた物流が一体の(シームレス)ものとなって行きました。輸送コストの低減は製造業の立地を変え、新たな都市や国が台頭するきっかけとなります。一方でついていけなかった港町は、その伝統に関らず没落していくことになります。労働者もまたその大きな変化を被ったわけで、本書では労働組合との関係に相当の紙数を割いています。

 本書の帯には「日本経済の奇跡も、中国経済の急成長も、20世紀最大の発明の『箱』から生まれた!」とありますが、確かに日本に関する箇所は非常に興味深いことが分かります。
 アメリカ軍は世界中に展開しているため、アメリカ軍は輸送業にとっての巨大な荷主でもあります。折りしもヴェトナム戦争。交通インフラが貧弱なヴェトナムへの物資輸送はおおごとで、これをマクリーンが売り込んだコンテナ導入によって解決することに成功します。ところで米軍は基本的にヴェトナムへ物資を送るばかりで、帰りの貨物はあまりありません。ですから軍は海運会社に、アメリカ→ヴェトナムの片道で採算が取れる運賃を払っていました。しかし空っぽのコンテナばかり船に積んで帰るのも馬鹿らしいと考えたマクリーンの目に留まったのが、高度経済成長中の日本でした。既に米軍から運賃を貰っているので、日本の対米輸出貨物は積めば積むだけ丸儲け。かくて日本の対米輸出も伸びましたとさ。

 とまあ、他にも興味深いトピックが多く、一つの発明が様々な波及をもたらす、つまりコンテナが船や港や鉄道やトラックのあり方を変え、荷主の力が強くなって産業の構造を変え、つまりは世界を変えて今日我々が生きているような消費社会が形成されていく過程を描いており、大変興味深く読めました。お勧めです。
 更に本書は、日経BPという所謂ビジネス書の出版社から出ているにもかかわらず、巻末に索引と出典注、参考文献リストをきちんと載せており(全部で450ページ程の本の、約90ページも使って!)、この点を高く評価したいですね。出典注は省略しちゃう場合が翻訳書の場合は多いですし、ましてビジネス書の場合はほとんどそうですが、これを載せたことで学術書としての利用にも充分使えるものとなっており、素晴らしいことと思います。
 もっともよく見ると、どうも出典注と参考文献リストのページは、打ち込んだのではなくて原書のページをスキャナで取り込んで貼り付けたんじゃないかと思いますが、しかし低コストで注とリストをつけられる手段があるのならば、これからも広がっていけばいいなと思います。

 もっとも褒めるばかりなのも何なので苦情も一つ二つ。
 まず本書の恐らく最大の欠点は、地図や図面や写真がほとんど出てこない(ニューヨーク附近の地図が一枚あるがごく簡単なものに過ぎない)ということです。原書がどうなのか分かりませんが、アメリカを中心とした地名が矢鱈いっぱい出てくるのに、地図もないと意味が分かりませんし、輸送のシステムがどう変わったかも理解できません(小生は『Railroad Tycoon 2』で鍛えていたからアメリカの地名は分かったけど)。
 地理的な話でいえば、252ページに「・・・西海岸の港は自分たちの可能性に気づいた。海岸沿いにはデンバーがある、ソルトレークシティーがある。港からのトラック輸送体制を整えれば、さびれた港を立て直すのも不可能ではない・・・・・・。」という不可解な一節があります。デンバーもソルトレークシティーも、海岸沿いどころか海から千キロは離れてますがな。どちらも大陸横断鉄道の要衝ですので、コンテナに対応すれば内陸の物流拠点にはなれるかもしれませんが(最近デンバーは結構発展しているそうで)。訳者の方の勘違いでしょうか。
 更にコンテナの規格だとか、トラックや貨車に積む話なども多く出てくるのに、コンテナや積む船・貨車・トレーラーの写真も図も一枚もなく、これもコンテナが輸送をどのように変えたかを理解する上で大きな問題といわねばなりません。そこらへんがなんとも残念です。
 あと、苦情ではありませんが一つ読んでいて感じた疑問があって、この本はコンテナが世界に広まる過程を、アメリカを中心にしつつもヨーロッパ、アジア、アフリカ、オセアニア各地を扱っています。ところがソ連が出てこないんですね。実は2ヶ所だけ、ソ連のコンテナ船が、欧米を中心とした海運のカルテル破りを行うという話が出てくるのですが、ちょっと待て。いつの間に社会主義国のソ連がコンテナ船を作ったのだ? しかもロシア独自規格ではないようですし(社会主義専門規格だったら、欧米の海運会社のカルテルを破れない)、これがちょっと不思議。もしもコンテナが、鉄のカーテンまでも突き破って世界の物流を変えていたのであるとすれば、或いはソ連崩壊の経済的遠因の一つなのかも知れず、とても興味深いことなのですが・・・。

 とまれ、とても面白い本でした。同じ様に感じた読者の方も多いと見え、アマゾンでも4つ感想がついて4つとも5つ星と高い評価を受けています。小生もさもありなんと思いますが、ただそれら感想を読んでいくうちにある疑問がふつふつと湧いてきたのでした。
 アマゾンの感想の一つが典型的です。短いので以下に全文引用しましょう。
レビュアー:企業人事関係者
一気に読みました。正直面白いです。企画系ビジネスマンは読んだ方がいいです。ビジネスモデルを作り、成功させていくプロセスは応用がききそうです!
 小生はこの感想に強い違和感を覚えます。
 コンテナの発明と普及は世界を変えました。その変化はあまりにも広汎かつ劇的なものであったために、この革命の意義や方向を同時代的に把握していた人はいなかったのではないでしょうか。実際本書の末尾で、レビンソンはこのように述べています。
 コンテナの歴史が始まった1956年春を思い出してほしい。・・・あのとき(引用注:最初のコンテナ船だった)アイデアルX号を見送った誰一人として、貨物輸送がこれほど劇的に変わるとは夢にも思わなかったにちがいない。この「箱」の歩んできた道をなぞってみて何とも驚かされるのは、専門家や先駆者でさえ繰り返し道を誤ったということではないだろうか。コンテナは、触れるものすべてを変えるという点でも、その変わり方が誰にも予測できなかったという点でも、まことに一筋縄ではいかない存在だった。(p.350)
 補足しておけば、コンテナ導入の先駆者であり優れた起業家であったマクリーンも、最後は読み誤って破産しています。「ビジネスモデルを作り、成功させていくプロセスは応用がききそうです!」なんて能天気なものではありません。その発明が革命的で社会に及ぼす影響が大きければ大きいほど、それは「企画系ビジネスマン」が作り上げた「ビジネスモデル」をあざ笑うが如く、時代の流れは進んでいくのではないでしょうか。
 これと似たような傾向として、本書はコンサルタントの方々からもケーススタディーとして高い評価を受けているようです(こちらとかこちらの(1)(2)とか)。それは勿論、これらの記事を書かれている方々の立場からすれば当然なのでしょうが、しかしこの話の面白さはそのような範囲を超えたところにこそあるのではないかとも思うのです。

 最後に。
 本書の謝辞で著者のレビンソンは、この本を書くのに資料収集が難航した、それは初期のコンテナ導入に大きな役割を果たしたニューヨーク港湾局(現ニューヨーク・ニュージャージー港湾局)が、世界貿易センタービルに入居していたため、2001年9月11日の同時多発テロで資料が失われてしまったのが原因であると述べています。コンテナの導入が世界の経済をより一体化する、いわゆるグローバリゼーションに多大なる貢献をしたのであるとするならば、或いはアルカイダのような存在はその負の面であるといえるかもしれません。まこと、先のことは分からぬものです。
 しかしだからこそ、人は生きていけるのである、と「パンドラの箱」の話を思い出してみたりもするのであります。
[PR]

by bokukoui | 2007-05-01 23:57 | 書物