鉄道関係ほか雑纂~ポスト宮脇時代の鉄道文化状況について

 アメリカ旅行記は書くのがなかなか大変なので今日は一休み。

 海外旅行といえば、今日の日経新聞に、イギリスの旅行会社がヨーロッパのホテルなどに問い合わせてまとめた、評判の良い/悪い観光客の出身国というのが記されていました。評判の良いのが1位日本、以下アメリカ・スイスと続き、悪い方が1位フランス、以下インド・中国・ロシアだとか。日本人観光客の評判がいい理由として、整然として静かだとかもっともらしい理由が書いてありましたが、問い合わせた先が観光業者なのですから、これはおそらくは「おみやげ支出高」の順番に並べただけ、ではないかという気がします。要するに旅先でどれだけ気前よくカネを放出するかということで。
 だとすれば日本人に次ぐのがアメリカ人にスイス人、というのも理解しやすいですね。ドルを放出してくれるアメリカ人、またスイスも一人当たりGDPなどを考えれば豊かな国ですし。
 逆に最悪がフランス人の理由もそこら辺にあるのかも。新聞には外国に行ってもその国の言葉を使おうとしないなど我流、みたいなことが書いてありましたが、先進国民の割りに金払いが悪い、ってことなんではないかと。あと旅行業者に対しクレームが多いとかかな?
 まあそんな風に考えると日本人が最も評判がいいといっても喜んでいいのかは怪しい気もします。

 最近目についた鉄道関連の話題、というと今日はN700系の話題がもっとも世間の耳目を集めていたと思われますが、個人的に気になったニュース二題。

 「鉄子の旅」TVアニメ化 テツブームの予感

 アニメになるという話は聞いていたけどCSでは小生は見られません。ついでに言えば原作の漫画も読んではいないのだな。まあ機会があれば見て/読んでみたいとは思いますが、しかし「テツブーム」って何よ。
 もう一つ。

 「鉄道アイドル」木村裕子さんに迫る

 朝日新聞のこのコーナーの関係者に鉄道趣味者がいるのかな? えらい充実振りですね。
 旅行の一つの形としての鉄道ではなく、車輌などに関心を持つ所謂「鉄道マニア」のパターンの女性がいるということは時代も変わったのだなあと思いますが、ただそれがグラビアアイドルとしての「売り」になるのだとすれば、それもなんとなく引っ掛かるのでして(「鉄道オタク」に対するある種の偏見――女性と縁がないという――を前提とし利用してるような)。もっと自然体であればいいなあと思うのです。

 以前鉄道趣味指南本?の『テツはこう乗る』の批評だとか、酒井順子氏の本の感想だとかをこのブログで書いてきましたが、鉄道と社会の関係、その文化的役割についても色々検討されるだけの時期になったということなのかもしれません。もっとも、以前原武史氏の著作について批評を試み(てそのまま途中で放置し)た際に述べたように、経営や技術や労働の裏づけなしでは、ただの思いつきの空論になってしまう恐れもあります。もし「テツ」が「ブーム」になったのであるとするならば、その懸念はより一層大きくなります。
 そんな時に出た、ごっつい鉄道史の研究書があるのでご紹介しておきます。

宇田正『鉄道日本文化史考』思文閣出版

 鉄道史の研究者として、斯界では長老の一人として知られた宇田正先生の最新刊(2007年3月)です。表題の通り「わが国の鉄道が社会生活や国民の意識の近代化のために有形無形に果たしてきた文化的役割(p.6)」についての文化史的な評価を試みた、様々な論文を一冊にまとめたものです。
 小生は本書を先日買ってきて一読した(アメリカに行った飛行機の帰りで)だけなので、大雑把な感想しか述べられませんが、文化史的なアプローチを種々試みられた本書はなかなかに示唆的なところがあったのは確かです。特に面白かったのは、小学校の国語の教科書の中にどのように鉄道が出てくるかという分析で、近代化のイメージを鉄道を介して如何に刷り込んでいったかが察せられて興味深いところです。
 ただ、どうしても、「文化史」といっても"正統的"というか、例えば柳田国男の民俗学と鉄道とか、和辻哲郎の自伝に見る鉄道観とか、そういった「硬い」方面の話中心なのは、「文化史」という大上段な括りが話の広がりを制約してしまっているような気もします。その中にあって流石に長谷川如是閑と近郊開発の話はすこぶる面白かったのでありますが。
 もちろん、宇田氏ご自身序章で指摘されるが如く、鉄道と文化の研究はまだ緒に就いたばかりですので、これはないものねだりというべき評だとは自覚しているつもりです。しかし方法論として例えば、小池滋先生の『「坊っちゃん」はなぜ市電の技術者になったか』のような作品が既にあるだけに、もそっといろいろ切り口がないかなと読後思わざるを得ませんでした。もっともそれは、宇田先生と小生の半世紀に近い年齢の差が、そういった鉄道と文化への見方の違いを産んでいるだけなのかもしれません。
 いろいろ適当なことを書きましたが、鉄道史に関心のある向きは押さえておいていい一冊だと思います。

 さて、では小生がここんとこ研究課題として位置づけている、近郊住宅地的な中流階層的=近代家族的価値観と結びついた電鉄業の展開、という文脈で文化史の研究をするとすると・・・『金曜日の妻たちへ』の分析はやはり必要なのかな?
 小池先生の文学作品を通じての鉄道研究のように、いろんなメディアを通じて鉄道と文化の研究は出来るだろうし、うまく切り取ればそれはけっこう世界の中での日本近代の特質を表してくれると思うんですよね。それこそ、日本製『A列車で行こう』シリーズとアメリカ製『Railroad Tycoon』シリーズが、それぞれどのように鉄道を切り取っているのか、というのは、日米の鉄道観の違いをある面よく表しているわけで。
 更に極論すれば、痴漢の歴史というのも鉄道と文化の一つの表れかもしれません(そういえば美少女系エロマンガに痴漢モノってあんまり見ないような)。小生が学部生であった昔、ジェンダー論の専門家・瀬地山角氏は痴漢の研究に意欲を示され、その成果を世に問う折には『痴の技法』と題する旨を講義の中で述べておられましたが、未だ上梓の声を聞かぬは残念でなりません。ことに最近東大の教官(独立行政法人化後の今は不適当な呼称らしいですが)が「痴の技法」を実践してしまったとの報を耳にするにつけ。

 話が例によって無茶苦茶になってきました。
 最後に無茶苦茶ついでに思い付きを一つ書けば、このところの「テツブーム」などとマスコミが名づけたりするような、鉄道を巡る商業文化の活性化状況というのは、出版業界を中心に一定の市場が見込める鉄道趣味分野において、大御所・宮脇俊三氏亡き後の主導権争いなのではないか、ということです。本命・原武史、対抗・酒井順子、大穴・関口知宏、なんてね。
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by bokukoui | 2007-05-23 23:58 | 鉄道(その他)