「硫黄島」の読みの件続き・その他サイト更新など

 以前、「硫黄島」の読みが「いおうとう」なのか「いおうじま」なのか、という話をこのブログで書いたことがありました。で、最近の報道によると、この問題に一応の決着がついたようで。
 「いおうとう」に呼称変更 国土地理院
 国土地理院は18日、東京都小笠原村に所属する硫黄島の呼称を「いおうじま」から「いおうとう」に変更したと発表した。これに伴い「北硫黄島」「南硫黄島」も、「きたいおうとう」「みなみいおうとう」にそれぞれ変更された。

 地元で旧島民が、「いおうとう」と呼んでいたことから、小笠原村が国土地理院に地名修正を要望していた。同日開かれた国土地理院と海上保安庁海洋部で構成する「地名等の統一に関する連絡協議会」で変更を決めた。国土地理院では、2万5000分の1地形図「硫黄島」のふりがなを変更し、9月1日に発行する予定。
 皮肉にも映画『硫黄島(いおうじま)からの手紙』のヒットが、この島の名前を正式に「いおうとう」にしてしまったようなものでしょうか。
 さて、この件に関し以前拙ブログで触れた際にご登場いただいたの指導教官も、先日このことを話題にのぼせておりました。昭和初期、硫黄島が戦場となる前に住んでいた方々は「いおうとう」と読んでいたし、日本軍も「いおうとう」だった、そして今回正式名称が「いおうとう」と決まった。これでやっと、ある問題をおおっぴらに議論することが出来る、と。
 それは、日本が硫黄島を最初に領有した時の読みは一体どっちだった? という謎。
 こちらに小笠原諸島の歴史年表がありますが、これによると小笠原の領有宣言は1861年で、硫黄島(を含む火山列島)が正式に日本領になったのは1891年とあります。戦前居住されていた島民の方々からみても、半世紀以上昔のことになりますね。
 で、この時代はもしかしたら「いおうじま」って読んでたんじゃないか? と疑われる節もあるのだとか。しかしこの島を「いおうとう」と呼びたいという旧島民の意向や、戦中から戦後に至る小笠原の波乱万丈の歴史が、なかなかこの問題に関する議論を難しくしてきた面があるそうです。
 島の名前としてどっちが「正しい」ということよりも、島の呼び方を巡る変遷や名前に込められたイメージ、思いの歴史自体の方が、興味深い現象といえるかもしれません。そして今回の「いおうとう」正式名称化はその流れに一つの大きな区切りをつけたわけですが、これからどうなっていくのか、まだまだ関心を惹かれるところです。

 以上の話とは全く関係なく業務連絡的内容。
 本日MaIDERiA出版局サイトを久しぶりに更新しました。といっても「よりぬき『筆不精者の雑彙』」に内容を追加・その他色々修正を施し、トップでコミケ落選を告知した程度です。

 ここ数日、部屋の大掃除と模様替え、たまりに溜まった本や書類、史料コピー類の整理をしています。というか、今準備している論文の作業に色々と必要なのでコピー整理を始め、そのためには前に買ってあった本棚を設置して書物などの整理をする必要があり、本棚を置くには部屋の大掃除と模様替えが必須だったという因果関係ですが。
 まずまず順調にこの作業は進んでおりますが、その整理ついでにブログも整理、というわけでは特にないつもりですが、昨日完結した「お気楽アメリカ紀行」の記事が、従来のカテゴリ分類では「鉄道」だったり「歴史」だったり色々に亙ってしまってどうもすっきりしないので、「タグ」なる機能を使って「旅行記」という分類を別に作ってみました。
 で、一つだけなのもなんなので、これまた「歴史」ネタだったり「漫画」だったりいろいろな、イベントを見に行ってレポした記事のためのタグ「イベント・展示会等見学記」というのも拵えてみました(「イベント」といっても同人誌即売会は含みません)。何か他に、こんなタグがあれば閲覧しやすいというご要望があれば、コメント欄にでもお寄せいただければ幸いです。もっとも「タグ」は20種類しか作れないらしいですが。
 しかし早くも問題発生。群馬の富岡製糸場を見に行ったのは「旅行記」か「イベント・展示会等見学記」か、どっちなんだろう(笑)? 泊りがけではないから「旅行」というほど大袈裟ではないし、あれは某学会の見学会だったし。しかし、気分的に北関東に出かけるのは「旅行」に相当する、という主観に基づいた厳正な判断により、「旅行」にしておきました。早くもタグに蹉跌の予感。
[PR]

by bokukoui | 2007-06-20 23:59 | 時事漫言 | Trackback | Comments(0)

トラックバックURL : http://bokukoui.exblog.jp/tb/5673711
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
名前
URL
削除用パスワード