「アキハバラ解放デモ」関連の現況雑感

 まだ今週一杯は忙しいので大したことは書けませんが、旬を逸する前に。
 当ブログの本件関連記事は以下の通り。
「6・30アキハバラ解放デモ」関連雑感
今日の秋葉原界隈~「6・30アキハバラ解放デモ」見学記
「6・30アキハバラ解放デモ」極私的総括 或いは「井ノ原春陽の憂鬱」
続「アキバ解放デモ」極私的総括 或いは「やらないか(ベルギーを)」

 で、例の「秋葉原解放デモ」、だいぶ話題としては沈静化したようですが、やはり余燼がくすぶっているという感じですかね。
 デモが叩かれている主たる理由は、主催者らしい「革命的非モテ同盟」の古澤書記長は中核派の関係者だ=オタクを政治に利用しおってケシカラン、というものがやはり大きいように思われます。この中核派問題については、既に上掲の拙記事で触れましたが、過剰反応にすぎないとこれまで半年に渡り「革非同」を観察してきた小生は断じます。
 ただまあ、「奴らはオタクなのか? 勝手にオタクの代表者ぶりやがって」という批判もありまして、まあ確かに共産趣味者というのはオタク界隈でもマイナー趣味ですし、そして古澤書記長も軍事の渋いところの濃いマニアだとは思いますが、これも「普通のオタク」からは分かりにくいですから、変に思われても無理からぬところだとは思います。
 「普通のオタク」って語義矛盾のような気もしますが(笑)、オタクの勢力分布図というのはコミケのサークル配置図がおおむね目安と思えばいいでしょう。共産趣味を含む評論系サークルは、個人的にはコミケの華と思いますが、まあ少数派なことは確かです。そこがいいんですけど。

 で、そんな中で、以前もご紹介した「世界の中心で左右をヲチするノケモノ」さんのその後の記事は、流石に単純な古澤書記長=中核派説にはまることなく、「デモ執行部」内の諸構造に目を向けておられました。ただ、plummet 氏もややこしさに若干戸惑われていたくらいで、確かに更なる誤解を呼ぶところもあったと思われます。
 plummet 氏の記事とそのコメント欄での指摘は小生もある程度同意するものです。今回のデモでは、要するにオーナー(古澤書記長)と支配人(Syuu-Chanさん)のごとく役割が分かれていて、しかもその中で統一をしっかり図ろうという考えはあまり無かったのだろうと考えます。当初小生が、それまでの「革非同」のイベントと今回のデモとの間にセンスの違いを感じ、些かの批判を述べたのもそこに起因すると今にして思います。

 ここでその「センスの違い」を考えるに当たっては、政治的なスタンスの違い以上に、「オタク」としての趣味嗜好が異なっていることが重要ではないかと小生は考えます。例えばSyuu-Chan氏がご自身ブログの記事で述べられているエロゲー論の世界と、以前の記事で小生が詳述した古澤書記長のプロイセン偏愛とは、結構実は「オタク」といえど齟齬はあるのではないかと思います。小生がデモ後書記長やSyuu-Chanさん他の方々と呑んでいた折、さる方が近代的組織(近世欧州の軍隊を発祥とし、官僚制・学校・企業など階層構造と責務の分担からなる今日の大規模な組織一般。ちなみに企業で最初にこのような近代的組織に発展したのは鉄道業で、鉄道発祥の地・19世紀英国の大規模鉄道の経営者は元軍人が少なからず見られました。そして鉄道業で経験を積んだ経営者が他の企業の組織の高度化に当たって活躍した事例もあります。例:米シアーズ社)にとことんこだわる書記長を「近代の子」と呼んだのが印象に残っておりますが、これはSyuu-Chanさんの説かれる「幸せな世界」とは違っているように感じられるのです。
 飲み会の時にSyuu-Chanさんとも色々話したのですが、どうも廻っていてしっかり覚えていません。申し訳ない。

 閑話休題、もちろん、齟齬があるが故に共同する価値があるのですが。
 そして、今回のデモにこれだけ尽力されたSyuu-Chanさんが、ご自分が前面に出ないで書記長を担ぐ側に廻った、ということは注目すべきことだろうと思います。やはり向き不向きといいますか、そういうのがあったのでしょう。
 ただ今回は、イベントが当初の予想を大きく上回って大規模になってしまったため、この事態にどう対応するのかというところで「執行部」でも結局まとまりがつかず、対策が後手後手に回って、非常にネット上での評判を落とすことになったと考えられます。

 話があっちこっちに飛んでしまって申し訳ないのですが、中核派だの政治がどうこうだののの陰で、今回のデモの最大の問題にして謎、政治云々も結局はこの事態さえ起きなければあんまり言われなかったんじゃないかと思う問題点があります。これが一番大事だと思うので、やはり蒸し返して(笑)おきます。
 それは、一体どこから450人もデモに集まったのか、ということです。これまでの「革非同」のデモは20人プラスマイナス数人の範囲でした。多少ネットで話題になったり、或いはmixiで『涼宮ハルヒ』ファンの方々が集まったところで、到底それだけで450人になるとも思えません。勿論中核派は一人も送り込んでおりません(苦笑)。大体女性陣はどこから来たのでしょう。レイヤーばかりではなかったと思います。
 空よりや降りけん、土よりや湧きけん。

 結局のところ問題はそこに行き着くと思われます。参加人数が少なければ騒動はここまで大きくはならなかったでしょう。
 主催者の予測を大きく上回った参加者のために、主催者側では混雑整理に手一杯で、どういった人々が参加してきたのか充分に把握できていなかったように思われます。このことがデモの性格をより一層混沌としたものに見せてしまい、爾後のネットの騒ぎをより一層煽ること担ったようにも思われます。
 このデモが政治的に利用されたのだ云々という意見もありますが、これだけ予想外の人数が集まってしまうと、もはやそんなことは何も出来ていませんでした。仮に何がしかの政治的アッピールを考えていた者がいたとしても、その政治的なものがむしろこの人並みに飲み込まれた、乗っ取られたという方が妥当と考えます。
 もっとも、その「乗っ取った」主体が存在しないのが厄介にも面白いところですが。

 この参加者の多さを、「今時デモでこんなに人が集まった! 成功だ」と捉えるのはあまりに楽天的であります。といって「政治的陰謀に乗せられた」とみるのも到底妥当ではありません。騒ぎたいだけの祭りというのは外れてはいないでしょうが、なぜ他の機会や手段ではなく今回の「デモ」に参加した人がこれだけ多かったという理由を全部説明できる訳ではありません。
 ただ一つ、おそらく参加者(含ネット上の発言者)の共通点は、自分がなんらかの形で「オタク」と通称される存在に関連がある、ということでしょう。で、その中でも様々な位相があったわけですしょうが、それはいろいろ参加者の意見を募って検討してみるだけの価値のあることだったと思います。といって、今更この騒ぎの後ではもはや調べようもないでしょうが。
 まあ、結局前に書いたことと同じですが、オタクといっても色々で、「オタク」がこれほど「一般的」になってしまった以上、その中での「中心-周縁」の構造が出来ているのもむべなるかな、という気もします。それに文句を言うつもりは別にないです。自分のやることを変えなければいいだけのこと。今回の教訓は、「共産趣味者はとことん少数派だった」ということで。「アキバ解放」って、「オタクからオタクを解放する」だったりして、なんて、最初に秋葉原に来た時の目的が「マハポ見学」だった者は、やくたいもないことを思うのでした。

 まとまらんついでに苦言を一つ。
 今次のデモの実務をSyuu-Chanさんが大部分されていても、看板が結局古澤書記長であったように、デモの事後の混乱収集が最終的に可能なのは書記長の力だろうと思います。であるのに、デモ公式サイトではご本人による総括はなされず、書記長ご自身のブログでも中核は疑惑について釈明されただけで(コメント欄に対しても現時点で特にレスポンスなし)、言論で後手に廻られてしまったのは宜しくないことだと思います。
 もちろん、通例からすれば古澤書記長はきちんとコメントをされる方だけに、ご多忙の折充分な時間も取れないのかとも思いますが、巧緻よりも拙速を尊ぶべき局面もあるかと。ただそれを言えば、mixi上の個人の記事のコメント欄で明らかに通じていないような議論に無駄な精力を費やしたり、「烏蛇ノート」さん掲示板にまぜっかえしのコメントをつけている暇があるなら、もっと他に古澤書記長の言葉に耳を傾けてくれる可能性の多そうな場所で、より通じる可能性の高い言論活動をなすべきであったと思います。
 まあ、この点に関しては、ヲチャ系ブログ記事の一つ「怒頭流のオッスオッス日記」さんの記事のコメント欄ではきちんとした対応を古澤書記長がされており、漸次改善されていくものと信じたいと思います。なお、上掲リンクの記事は、デモ批判ブログ記事へのリンクが充実していて便利です。またコメント欄にSyuu-Chanさんも登場されており、古澤書記長の対応とあわせ事態の展開を察する上で価値多かろうと思います。ここでかえって古澤書記長の一つの「芸」を見た気がします。

 ダラダラ長いばかりで内容が無いですね。
 でもまだ思うところはいろいろあって、次回に続きそうな気配。「デモ」との直接の関係は薄れますが。
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by bokukoui | 2007-07-09 23:58 | 思い付き | Trackback | Comments(2)

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Commented by 労働収容所組合 at 2007-07-10 15:03 x
しかし共産趣味者にももっと派閥があっても良い気もするのですが。派閥争い、分裂、「分裂主義」批判、こんなに面白いことはありません。
ソ連も中国も第三世界も第四インターも一緒くたではあまりに「西側」的世界観に対して物わかりが良すぎます。所詮趣味だと保身を図っているようにさえ思えます。趣味の対象と心中するぐらいの気持ちがあってこそではないでしょうか。
Commented by bokukoui at 2007-07-14 21:51
共産趣味者は一人一派の世界ですからねえ。「二人集まると派閥が三派できる」と言われるギリシャ人に学ぶべきでしょうか。ああでもマーシャル・プランは偉大なり。

>趣味の対象と心中するぐらいの気持ちがあってこそ
全くですが、趣味の対象に進駐するぐらいの気概も欲しいですね。マッカーサー万歳(by徳田球一)
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