昔のものを読んでいるときに思うこと

 いつかまとまった形で書きたいと思っているけれどまとまりそうもないのでここに書いておくことにします。

 戦前期、殊に満洲事変以降のさまざまな日本の出版物には、「愛国」的な言辞が溢れております。企業関連のもの、例えば小生専門の電鉄関係でも、電車で神社参拝に行くのは天皇関係の「聖地巡礼」であると宣伝しているような。これは大阪電気軌道(今の近鉄)の例ですね。
 こういうのを取り上げて、原武史氏は天皇中心の大日本帝国の論理が関西の私鉄王国を飲み込んだのだと評されていたかと思いますが、小生思うにこれはただ単に時局に乗ずることで消費者がそれを口実として消費活動(この場合は電車に乗る)をしてくれればいいというだけのことで、「帝国の論理が浸透」などという大げさなものではないのではないか、そう思います。これは他のさまざまな「愛国」的要因を強調したかに見える企業宣伝類も同様だと思いますし、また宣伝にとどまらず自分の主張をもっともらしく見せるときの適当なツールとして使っていただけという面はかなりあるでしょう。だから敗戦後、ツールをあっさり取り替えられたわけで。
 つまり何がいいたいかというと、最近万事につけ、とりわけCMなどでよく使われている「エコ」という言葉、その社会的役割は当時の「愛国」と大体似たようなもんじゃないか、ということであります。

 ということは今の論文の趣旨に関係ないので、今はこれ以上突っ込んでいる暇なし。機会があればまた考えて見ます。あとこのブログで悪口ばっかり書いてる原武史氏については、近著『滝山コミューン一九七四』は新刊紹介を読んで激しく食指が動いており、論文が終わったら是非読みたいと思っています。鉄道以外のことを書いた本なら面白く読めそう?

 与太はともかく、今日も作業はそこそこ進んだものの、引っ張りすぎて他の所用も重なっており、しっちゃかめっちゃかです。ついでに、パソコンはまったくネットに繋がらなくなりました。メール環境は当分復旧の目処が立っておりません。申し訳ありませんがこれも論文後に対策します。
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by bokukoui | 2007-07-26 23:59 | 歴史雑談