『空間のイギリス史』より・お屋敷とメイドとナショナルトラスト

 引き続き頗る忙しいのですが、なんだかむしろそっちの方が何か書きたくてたまらないような、そんな妙な意欲が突発的に沸いてきて、何かトランス状態的な今日この頃です。しかし実際忙しくて時間がないのもまた事実なので、昨日同様引用を多めにすることで内容に代えさせていただきます。
 今日は久々にメイド方面に関係した話題です。

 という口上で紹介するのは、ずっと前から積んでおいて、暫く前に読んだこの本です。

川北稔・藤川隆男編
  『空間のイギリス史』
(山川出版社)

 歴史上の「メイド」に関心のある向きでしたら、川北稔先生のお名前は皆さんご存知のことと思います。『路地裏の大英帝国』の編者として名を連ねておられる方ですね・・・って、同じことを前にも書いた覚えがありますね。川北稔編・綾部恒雄監修『結社の世界史4 結社のイギリス史 クラブから帝国まで』についてこのブログで以前取り上げました時のことでした。で、この書物もやはり川北稔先生の名前に釣られて買ったようなものでした。
 本書は川北教授退官記念で出されたものらしく、『結社のイギリス史』と似て、300ページ足らずの本に20本の論文がひしめいています。それだけ一本一本は短いもので、実証というより問題提起の性格の強いものとなっています。そういう点で読み手を選びそうというのは『結社~』と類似してます。ただ、本書の場合は一応「空間」というテーマが設定されているものの、「結社」ほどその性格が決めやすいものではないですから、バラバラ感がより一層強くなってしまっているのは否めず、従ってやや印象が薄くなってしまいました。

 そんな中で、以下にご紹介する内容は、これまた『結社のイギリス史』の時に触れた、ナショナルトラスト運動についての箇所です。お屋敷、つまりカントリー・ハウスと、メイドさん、つまりサーヴァントが話の中に出てきますので、以下に引用しておきます。
 国民の遺産となるべき空間を保存するというトラストの目的は、創設以来変わっていないが、何を遺産として定義するかは時代によって変化してきた。第一次大戦後、三人のトラスト創設者や彼らを支えてきた中心メンバーが亡くなると、トラストの体質は保守化し、広く国民の参加を呼びかけるアピールは希薄となった。1930年代から50年代にかけて、トラストの主たる関心は、カントリー・ハウスというイギリスの伝統的支配階級の富と権力を表象する建物の保存に向けられた。もはや維持できなくなった地主貴族の邸宅を相続税の免除など優遇措置をとってトラストの資産とし、地主は一定期間、邸宅を一般公開することを条件にそのまま住むことを許された。こうした地主貴族の遺産を国民の遺産とするトラストの価値観は、近代以前の地主が支配した伝統的な農村社会を理想化する反動的なものという批判を受けた。また、同じ時期に労働者階級に広がったハイキングの流行など、大衆のルーラリズムとは乖離していた。
 しかし、トラストは、1965年にネプチューン計画と名づけられた海岸線の保護活動を皮切りに、一般への積極的なアピールを再開し、活発な国民の取込みを始めた。会員数は1970年頃からかつてないペースで急激に伸びはじめた。これは、自然環境保護への関心とリテッジ・ツーリズムの人気に支えられた結果だといえるだろう。国民の遺産は拡大され、ふたたび自然景観や、カントリー・ハウス以外の歴史的建築物の保存に積極的に乗り出した。カントリー・ハウスの獲得数は1960年代から次第に減少していき、逆に民衆の社会や文化を表象する建物の獲得や、既に取得していた資産の一般公開に努めるようになった。こうした資産のなかには、救貧院や農業労働者の住まい、セミ・ディタッチド・ハウス(大戦間期に中産階級や労働者階級上層部に普及した二世帯の共有住宅)などがあるが、それ以外にも、カントリー・ハウスで働いたサーヴァントの居住空間を再現し、カントリー・ハウスの所有者ばかりでなく、そこで働いた人びとの生活にも焦点をあてるという試みが始められている。
 こうした方向転換がなされたのは、時代遅れのエリート主義というトラスト内外からの批判が、「国民」の遺産を守るというトラストの存在意義を揺るがしはじめたからである。たしかにトラストは、遺産を定義することにより、特定の対象を国民の意識に刻み込むのに貢献してきたが、国民の側も、自分自身の興味や価値観をフィードバックし、トラストに影響を与えている。なぜなら、トラストは、国民の遺産を保存する団体としての正当性を維持するために国民全体のニーズに応える必要があり、さらに、会員数や訪問者の数が急激に増加するにつれ、会費や募金による収入が、財源の大きな割合を占めるようになってきたからである。トラストにとって、国民が信じたいと願う過去のあり方を創出することは、自己の存続にとって必要な条件であった。(pp.171-173)
 この後に、トラストによる過去へのまなざしは進歩の栄光という性格のものであったこと、こういった過去への嗜好が「イギリス病」の元凶と批判する声もあったが、イギリスの景気が良くなるとむしろこういった過去への嗜好が広く受け入れられるようになったこと、それがいわばイギリス自体をテーマパークにしているようなものではないかという批判もあること、などなど、なかなか興味深い話題があります。
 「国民が信じたいと願う過去のあり方を創出する」というのは、歴史の遺産を受け継ぐということの難しさを感じます。まあ日本はそれ以前の問題が大きいとは思いますが。また以前の記事でも書いたことですが、このように創られた「イギリス人の信じたい過去」に対し、日本人がどのような反応を示したのかという例として、メイドさんをめぐる話題は興味深いものであろうかと思います。
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by bokukoui | 2007-08-03 23:57 | 制服・メイド | Trackback | Comments(0)

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