海上技術安全研究所一般公開 駆け足見学記

 憑かれた大学隠棲氏の強いお勧めがあり(去年もあったけど行けなかった)、表題の三鷹市にある海上技術安全研究所が行っている施設の一般公開に行ってきました(パンフレットのpdfファイルはこちら)。海の日を期して年に一度の公開、ということでしたが、海の日当日ではなく何故か金曜日に公開なのでした。
 小生、鉄道こそ多少の知識は有するものの、その他の船舶・自動車・航空機については疎く、ことに昔のことなら多少は知らなくもないのですが、最近のことはさっぱりなので、憑かれた大学隠棲氏の強いお勧めもあって行くこととしました。



 諸事情により会場に着くのが遅れ、午後1時半頃に着いたかと思います。天気は快晴で、見学日和というにはあまりにも気温が高く、既にダウン気味。昨年の悪夢を繰り返さぬため、適宜休憩しつつ、吉祥寺駅からバスに乗って会場にたどり着きました(ので遅くなった)。
 パンフレットをいただき、足の赴くまま見て回ります。来場者は平日だけに、夏休みに入った子供とその保護者、といった人々が多く、研究所側も子供向け企画を数多く打ち出していました。うまく行けば7月中に夏休みの宿題の大物・自由研究が片付くかも?
 案内パンフに「自転車でご来場の方は会場内を走れます」とあったのですが、なるほどなかなか広い研究所で(狭かったら船の研究は出来ないでしょうが)、自転車があれば便利そうです。木立も多く、結構な研究所ですね。
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自転車で来た子供連れが大勢

 さて小生、まずはこの一般公開の中でも目玉の一つである操船リスクシミュレータを、おりよく内部公開の整理券を配っていたので、貰って早速見てきました。これは、フライトシミュレーターや鉄道博物館でやっている電車や蒸気機関車のシミュレーターの船版で、もっぱら事故はどのようにして起きるのか、そのような事故を起こさないためにはどうすればよいのか、ハードだけでなくヒューマンファクターまで含めた、様々な研究を行っているとのことです。
 シミュレータは、ホールの中にざっと180度の視界分のスクリーンを張って映像を投影し、その中に船橋を模した建物が建てられています。肝腎の船橋の外部写真がうまく撮れず残念。ホールは当然ながら暗くしてあったもので。
 船橋の内部は実物どおりの舵機や計器、レーダーなどのスクリーンが設けられています。窓越しにスクリーンの映像を眺めるのですが、流石に船のシミュレーターだけあって規模が大きく感心します。更に、双眼鏡まで用意されていて、それで特定の方向を見ると、双眼鏡の視野に向けている方向に見合った画像が写るようになっています。更に感心。
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船橋内部の様子

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船橋から船首を望む
(ぶれてて済みません)

 このシミュレーターは、東京湾、伊勢湾、大阪湾、来島海峡、備讃瀬戸・播磨灘、関門海峡という国内の海上の難所を再現できるそうです。またシミュレートする船は、500トンのタンカー・40000トン級の一般貨物船・20万トン級タンカー・8000TEUのコンテナ船・6000両搭載自動車専用船が選べるそうです(行き交う他の船はまた別にいろいろあるようです)。「必要があれば他の船のデータを入れて研究することもできます。例えば、井の頭公園でボートの事故が相次いで危ない、とあれば手漕ぎボートのデータを入れてシミュレーションできます」と解説の方が、来場者の大半を占めるであろう地元の親子連れ向けの例えを使って話して下さいました。とはおそらく、近日中にイージス艦「あたご」のデータが入れられることでありましょう。

 シミュレーターは今回、500トンのタンカーで横浜港附近を航行し、鶴見つばさ橋の下をくぐりました。双眼鏡で左手の横浜ベイブリッジを覗いたり、霧や夜のシミュレーションも見せてもらいました。大変面白かっただけに、時間が短かったのが残念。「うわ、ぶつかる!」というシーンを見せてもらえれば、もっと海上安全に関心が持てたところです。
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シミュレーターの船橋(左手の建造物)とスクリーン

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シミュレーターの操作室 スクリーンに投影する画像がモニターに

 この調子でやっていたら、例によって記事が長くなりすぎて終わりそうにないですね。なるべく手短に行きましょう。

 最初の方に行ったのが、実験用の水槽でした。
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深海水槽

 水深35メートルあって、世界一の深さの水槽なのだそうです。上部は直径が広く、深いところは井戸のように細くなっていて、波を作って実験したり(水槽の周りに並んでいる緑色の機械が波を作る装置)している由。深海の高圧を再現した水槽では、展示によれば二酸化炭素を海底に封じ込める実験をしているんだとか。3000メートル程度の改定に二酸化炭素を送り込むと、高圧のためハイドレートの膜で覆われ、安定するそうです。実用化すれば二酸化炭素削減に効果、と展示に書いてあって感心しましたが、しかしそんなことやって大丈夫かなあ、という漠たる不安を抱かなくもありません。なにせ吉祥寺から来ただけに、地中のマントルに廃棄物を流し込むという設定の楳図かずお先生の作品がふと頭をよぎったりして(苦笑)

 ここではまた、金属疲労対策の展示もやっていました。カプセル状にした染料を塗膜の中に混ぜておくことで、金属疲労で微細なひび割れができると表面の塗膜もひび割れ、すると塗膜の中のカプセルも割れて染料が染み出し、どこが疲労しているかが分かるのだそうです。
 さらにその発展系として、微細な硬い粒を含んだペーストを金属表面に塗るという技術も開発中だとか。これはひび割れが広がることも防止し、ある程度は自己修復できるようにするものだそうです。図がないと説明は難しいので細かい話は省略(図があれば文系の小生でも概念は理解できたんですが)。
 船舶の研究所のはずが、この辺の技術は船以外にも橋梁などにも応用可能で、というかそっちの方が主な用途のようです。高度成長期の橋梁など劣化が進んでいるので、そういった問題にも対応できるそうです。あと、「船の要所にちょこちょこ塗ってもらうより、高架橋にずーっと塗ってくれる方が、たくさん使ってくれますので」との由。それはそうだ。

 他には、「省エネルギー実験場」というところで、超高速の事象を撮影できるカメラを使って、ディーゼルエンジンの研究について映像を公開しているものがありました。圧力の条件を変えて、その中に燃料を噴射した際の広がり方をそのカメラで捉えて、いろいろ研究しているとの由。
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省エネルギー実験場にて

 上の写真の、右手がカメラで左手が被撮影実験設備・・・だったはず。右手前のモニターで映像が見られます。このカメラは島津製作所の製品でした。ノーベル賞級の性能?
 いろいろお話を伺います。近年、船舶用ディーゼルエンジンの効率向上は著しいと聞いていましたが、効率50%というのはすごい数字ですね。昔の蒸気機関車なんか8%だったっけか? しかし最近の研究は、効率向上より環境対策の方がメインとの由。窒素酸化物対策をすれば燃費が難しく、硫黄酸化物対策は燃料の質に左右されるため(C重油ですから)これも難しく、ということのようです。もっとも近年の燃料油高騰の状況が続けば、再び効率の方が重要課題になることもありうる、とか。素人にもいろいろ説明してくださって有難い限り。
 このカメラ、燃料噴射の他に何の研究に使ったりしているのか、と聞いたところ、「スクリューのキャビテーションの研究にも使っている」とのこと。なるほど。でも、いきなり「キャビテーション」と言われても普通の人は分からないような・・・あ、平日の昼間に研究所を見にくるような人から、子供&保護者と爺さん婆さんを除いたら、残りは同業者とマニアしかいない(笑)からそれでいいのか?

 それにしても暑い日で、ことにこの棟は暑い場所でした。「こんな場所でのご研究大変ですね」と言ったら、やはり夏はあまりやらないそうで。人よりも、さっきのカメラのような機材が持たないそうです。「今日は32度ですが、35度越えたら駄目ですね。やはりいいデータを取るには、春や秋に実験する方がいいですね」だとか。

 その他には、スターリングエンジンの研究がありました。19世紀に考案され、理論上は効率の高いエンジンですが、実用化はされていないものです。お話を伺ったところ、昔からボチボチ研究していたのが、最近の燃料高騰で脚光を浴びているとの由。すぐに使えなさそうな研究でも、やはりやっておくべきですね。
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多段式スターリングエンジンの展示

 この研究所のスターリングエンジンは、ディーゼルエンジンの貨物船(バラ積みセメント輸送船)に取り付けられて実験しているそうです。ディーゼルの廃熱を利用して、船内の照明などをまかなう実験とのこと。これまで捨てられていた熱をエネルギーとして回収するわけですね。ゆくゆくは効率を上げて補助電源的に使うようにしたいようでした。工場プラントでも使えそうなので、「エコ」イメージに使おうと話を聞きに来る企業もあるとか。ただ、当面はスターリングエンジンそのもので船を動かす、というほどのことまでは行かないようです。

 他にもいろいろ見て回りました。こんな建物も。
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木の扉が時代を感じさせる実験棟

 他には、物流の展示を見て早鞆瀬戸は最低速度制限があるなどという事実を学んだりしましたが、何分にも暑く、水を飲んで休憩時間を多めに取らざるを得ませんでした。そんな訳で、凍りつく海の研究をしている施設などは見ることが出来ず、やはりもっと早めに来るべきだったか、しかしこの気温と日射ではどっちにせよ行動時間は同じだったろうな、などと食堂でやたらと堅いアイスをかじりながら思いました。少々暑さで疲労してダウンしていたわけで。
 ただ、全部は見られないでも、この施設最大の規模を誇る400メートル実験水槽は見ておきたいと、最後に覗いてきました。模型の船を水槽で走らせて研究する施設です。
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400メートル水槽を入り口側から望む

 その名の通り長さ400メートルの水槽があり、その両岸にレールが敷かれて、水槽を跨ぐように実験装置が載っています。装置の下に船の模型を下げ、水槽に浮かべて装置で引っ張るわけです。船の模型はパラフィン製で、実験が終わったら溶かして次の船の模型に再利用するそうです。
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実験装置と船の模型(10万トン級のバラ積み船を想定)

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実験装置と水槽 上の写真の左手に当たる

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400メートル水槽の奥を望む 微かに見える緑の装置は波を作るもの

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水槽の手前側を実験装置の奥側から望む
吊り下げられた電線から電気を取っている装置に注意

 実験装置に乗せていただき、実際に動かして説明してもらいました。毎秒1メートルの速度で動かしていましたが、毎秒15メートルまで出せるそうです。この模型の場合、毎秒1メートルが13ノットくらいにあたるそうなので、最高速度だと・・・時速350キロか? 今回は波を出して船を走らせていましたが、実際には波のない状態で実験することが多いそうです。

 パンフレットには「水の上を電車が走る」と書いてあったもので、この装置の「電車」としての側面に少々関心を惹かれました。この実験装置は直流の電気を取り入れて動いており、一つ上の写真に見える電線のうち、2本がその役目を果たしているようです。残りは装置のための電気らしいです(三相交流×2かな?)。
 装置は4箇所で支えられ、それぞれ2つの車輪と1つのモーターを有しているようです。
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装置を支える車輪 二つで一組
 
 装置を支えているのは、普通の鉄道のレールだそうです。ただ、レール頭部の削れ具合が、鉄道のそれと比べると大変シャープな感じがします。実験装置として厳密な管理がされているのでしょう。
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実験装置を支えるレール

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レールの銘 1992年11月新日鉄製の60キロレール
(1メートル当たり60キロのレール、高規格路線用)

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右からレール、水平を出すための黄色い溝、ブレーキ用に立てられている鉄板

 レール周りの詳細です。レールは実は水平ではなく、地球の丸みを再現するため水槽の端と中央とで3ミリ差があるそうです。
 レールは時々、敷設具合が正しいかチェックするのですが、その際この黄色の溝に水を入れて水平を出すそうです。原始的だけどこれが一番、とのことでした。またその横に立ててある鉄板は、これをはさんでブレーキとして使うそうです。ディスクブレーキを路線側につけたみたいですね。もっとも普段はモーターの操作で止めるので、あまり使うことはないそうですが。

 大変面白い展示でしたが、暑いのには参りました。
 しかしまあ、産業史とか技術史を多少かじっていると、結構こういう分野は軽視されがちなので、「昔のことを知らなければ現在の意味も将来の展望も分からない」などと文句を言ったりするものですが、自分も現在のことを知らなければ歴史の位置づけも見えないわけですね(あと出しじゃんけんに陥る危険性もありますが)。折々はこうやって見聞を広めたいものです。
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by bokukoui | 2008-07-25 23:59 | 出来事