秋葉原通り魔事件 加藤容疑者起訴へ

 表題の件につきまして、そろそろ留置の期限も迫ってきていることから、動きがあるのではないかと思っておりましたが、いよいよ起訴の運びのようです。

秋葉原事件の加藤容疑者を起訴へ 完全責任能力を認定
<秋葉原殺傷>「責任能力あり」精神鑑定、遺族らに通知


 これまでの報道から鑑みるには、精神鑑定がそれほどこの事件においては重要とは思われませんでしたが(例えば宮崎勤の事件のような例と比べて)、何かしら裁判員制度に向けた対応などから、時間短縮のため先に済ませておいたということもあるのでしょうか。
 いずれにせよ、今後しばらくは裁判関係の報道がそれ相応に出てくるものと思われます。しかし争点自体は、それほど多くはないかもしれません。
 小生としては、事件当日警官の背中越しに見た人間が加藤容疑者だったのか確認のために、可能であるならば傍聴に行きたいところですが・・・。もうしばらく、裁判関係の情報は注視して行くつもりです。

 このニュースに関して、mixiその他ブログなどで見る意見に、少なからず「さっさと死刑にしてしまえ」的な乱暴なものが見いだされるのは、それは当然予期されるものとはいえ、やはりあまり見いだして楽しくなるようなものではありません。あまりこのことについて長々と述べる気は今のところありませんが、そもそもややこしいこの世界の出来事をあまりに単純に割り切ってしまうことが解決だと思う風潮が瀰漫することは、好ましいとは思えません。
 以下は小生のさる畏友の意見で、小生もまた深く同意するところですが、「建前」というのは大事なんだよということです。ネットの普及は、それまで言論を公にするような立場も経験もなかった多くの人々に、世界に向かって意見を発信することを可能にしましたが、それによって「建前」と相互に支え合う関係に本来あるはずの「本音」の暴走が起きているのではないか、という趣旨のことでした。
 しかし、「建前」というのは、社会のシステムを維持する上でかなり重要な役割を果たしているものです。
 法律的な問題解決のシステムというものも、内実と同じように形式的な手続きを積み重ねるということが大事なわけで、そのことを無視した言説ばかりまかり通る世の中になってしまうことは(特に裁判員制度開始も近い昨今)、そういったシステムの維持発展に好ましいこととは考えにくいところです。あまり形式一点張りなことにも問題はありますが、手続きの正統性を無視した単純な解決を求める声が増えすぎることも「盥の水ごと赤ん坊を流す」ようなことと言えるでしょう。

 やや話が逸れるかもしれませんが、最近の中国が行った宇宙遊泳に関して、「水中撮影による捏造だ」という批難をする徒輩に対し、宇宙開発の専門家・松浦晋也氏が、ご自身のブログで「このっ、バカ共がっ!」という記事を書いたところ、コメント欄がえらいことになったということがありました。そのコメント欄たるや、専門家に対し自分の無知を棚に上げて説明を要求し続け、説明を読んでも理解できないとループを繰り返し、旗色が悪くなると「説明が偉そう」などと言い出す、そんな状況になっておりました。
 これもまた、「単純、明快、分かりやすく」あるべきであって、専門家はそのように一般人に対し説明することが当然である、そのような考えが存在するという点で、一脈通じるのではないかと、ふと思いました。物事をやたらと「単純、明快」に求めることは、誰か悪いやつを求める陰謀論的な視野狭窄に陥りやすくなるでしょうし、犯罪の場合でいえば「さっさと吊せ」的言説に通じるのではないかと思います。
 小生のごとき者がかようなことを述べるのも僭越ではありますが、ある分野に詳しくなればなるほど、「単純、明快」には言いにくくなるのではないかと思います。

 例によってまとまらぬので適当にこの辺で締め括りますが、ややこしさを嫌ったり排除したりはすべきではない、なんとなればこの世は結構ややこしく複雑なものなのだから、そしてそのややこしい中になにがしか道筋をつけるには、本音を押し通すのではない、手続きを積み上げることが大事なのだろう、そのように思う次第です。
 秋葉原の事件のような凶悪犯罪の弁護に対し、「あんな犯人を弁護するとは何事だ」という声が、「本音」的座談の席、そしてネットではまま見られます(今回もそうなることでしょう)。しかし、裁判という制度そのものを健全なものに維持するためには、弁護士が被告人の利益を最大化するために全力を尽くすことは当然であります。弁護という手続きを弁護士がきちんと積み上げなければ、制度の意義に関わります。「積み上げ方がおかしい、下手くそだ」という批判を弁護士にすることはかまいませんが、「悪い奴のために手続きなんか積み上げるんじゃない」という批難は全く理不尽です。今回の裁判についても、そのあたりを取り違える声が余り出ないように祈る次第です。
 まあ、松浦氏の記事も、コメント欄が大いに荒れたものの、論点の整理と資料の収集といった着実な手続きを積み重ねることで収束の方向に向かっており、あんまり最初から悲観的になることも賢明ではないですね。

 秋葉原の事件から話がだいぶ逸れましたが、今回はこの辺で。
 裁判についてはまた新しい話題が出れば、追いかけたいと思います。
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by bokukoui | 2008-10-06 23:59 | 時事漫言